最新まとめ【2020年代「芥川賞」全作品を徹底紹介】ーあらすじと考察ー

芥川賞
はじめに「最新作」を全部紹介!
芥川賞受賞作品まとめ
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2000年代「芥川賞」おすすめ10選 ―個性派ぞろいの作家たち―2010年代「芥川賞」おすすめ10選 ―バラエティ豊かな傑作たち―2020年代「芥川賞」全作品を紹介あらすじと考察

芥川賞を年代ごとに紹介するこのシリーズ。

2020年代ということで、いま最もホットな芥川賞作品を紹介していく。

これまでは「オススメの作品」ということで、年代ごとにいくつか厳選して紹介してきたが、2020年代は全作品について触れたいと思う。

そして、受賞作が決まり次第、随時更新し、書き加えていこうと思う。

この記事を読んで少しでも興味を持った方は、ぜひ“次の1冊”の参考にしていただければと思う。

それでは、最後までお付き合いください。

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2020年上半期受賞作

『首里の馬』(高山羽根子)

あらすじ

主人公は、沖縄で暮らす主人公の未名子。

彼女は、遠く世界の果てにいる孤独な人に「クイズを出題する」という怪しげな仕事をしている。

また、その仕事の傍らで、よりさんが管理する資料館の手伝いをしている。

沖縄に双子台風が上陸したある晩のこと、自宅の庭に一頭の「宮古馬」が迷い込み、未名子は困惑しつつも、その馬に「ヒコーキ」という名をつける。

その後、順さんの資料館の閉鎖と解体が決定する。

未名子は「クイズ出題」の仕事を辞める決意をし、ヴァンダ、ポーラ、ギバノそれぞれと最後の交流をし、そこで彼らの人生の真実に触れる。

最後は彼ら一人一人に、資料館に眠る「データ」を送信し、「にくじゃが、まよう、からし」の3つの言葉を伝える。

順さんが死んだのは、その後、2度目の台風が上陸した頃のことだった。

考察「知識、情報、記憶」に光を

本書『首里の馬』は、いわゆる「寓話」的な性格が強い作品だ。

「寓話」とは、要するに「たとえ話」のようなもの。

もっと言えば「象徴的」「暗示的」な物語のことだ。

物語に登場するモチーフには、一見しただけでは分からないが、それぞれ現実的なメッセージというのが込められている。

普通とは違ったアプローチなので読者に強いインパクトを与えるのだけど、ややもすると「分かりにくい」という印象も与えかねない。

ということで、本書もまた、おそらく賛否両論ある作品だといえる。

さて、本書で扱われるモチーフは次の4つ。

  • 沖縄
  • 資料館
  • 遠隔クイズ
  • 首里の馬

では、これらのモチーフに託されたメッセージとは、いったい何だろう。

結論をいえば、

「情報、知識、記憶」に、改めて光を!

ということになるだろう。

この「情報、知識、記憶」の3つは、「精神的なもの」とか「非物質的なもの」と言い換えることもできる。

と、ここまで読んだあなたの頭は、きっと沢山の「?」で満たされていると思う。

なので、もう少しイメージしやすくするために、やや小難しい話になるが、近代以降、社会は「物質的なもの」に対する信頼を深めてきたといえる。

たとえば、

「快適に過ごせるように、エアコンを開発しよう」とか、

「速く移動したいから、新幹線を開通させよう」とか、

「長生きしたいから、医学を進歩させよう」とか。

もちろん、これらは全面的に否定されるべきものではないと、僕も思う。

だけど「物質的な進歩」を求めるその一方で、社会は「非物質的なもの」、言い換えれば「精神的なもの」をすみっこに追いやってきた。

たとえば「こころ」

たとえば「死者」

たとえば「記憶」

そうした「物質に還元されないもの」を取り戻そうとする「文学」は、近年とみに増えてきている。

お金とか、モノとか、そうした「物質的な豊かさ」ばかりを求めてきたのが現代人だとすれば、僕たちはその代償としての「精神的な貧しさ」を抱えてしまっているのではないか。

本書はそんな現状を憂えつつ、読者に向けて「精神の復権」を改めて訴えかけている。

【 参考記事 解説・考察『首里の馬』(高山羽根子)―「知識、情報、記憶」に光を!―

『破局』(遠野遥)

あらすじ

主人公「陽介」は、都内の私立大学(おそらく慶應義塾大学)に通う4年生。

高校時代からラグビーをしていて、鍛え抜かれた肉体を持っている。

強すぎる性欲を持っていて、自慰やセックスに耽る日々を送っている。

女性には事欠かず、麻衣子という交際相手がいる。

いまは就職活動中で、公務員を志している。

一見して、真っ当な社会生活を送っているように見える陽介だったが、麻衣子とぎくしゃくし、灯という女性と出会ったことで、彼の「異常性」が徐々に露呈していく

考察「絶妙な異常さ」を持つ主人公

陽介は一見して、真っ当な学生生活を送っているように見える。

友人との交流、彼女とのデート、就職活動……どれをとっても不自由なくやれているかに見える。

少なくても外面的には、間違いなくその辺の大学生か、いやむしろ「高学歴エリート」といった感じで、別段気になる点はない。

ただ、彼の内面には、言葉にするのが難しい「不穏さ」「異常さ」といったものが隠されている。

本書『破局』は、陽介の「一人称」での語りを中心に描かれていくのだが、物語の序盤からして、読者はかすかな「違和感」を感じるはず。

そして、その違和感は次第に強まっていき、そして、こう確信する。

この陽介という男、何かが変だ。

では、いったい、何が変だというのか。

いくつかあげられるのだが、最も大きいものが「不自然な論理と思考」だといえる。

たとえば、彼はセックスについて、こんな風に述懐する。

セックスをするのが好きだ。なぜなら、セックスをすると気持ちがいいからだ。セックスほど気持ちのいいことは知らない。(P68より)

どうだろう、この「あほな高校生」が書いたような文章

「セックス」に関してもっともらしく説明しているわりに、その実、なんの説明にもなっていないではないか。

陽介の思考には、こんな感じの、

「え、いります、その説明?」

といった論理が本当に多い。

こうした不自然な論理が、陽介の語りによって描かれていくのだが、それが彼の「不穏さ」とか「不気味さ」とかいった印象を徐々に強めていく。

実はこれは、作者の企みであり、1つの叙述トリックなのだけれど、案外その点に気が付かない読者は多く、ネットなんかを見てみると、

作者には文才がない

登場人物に共感ができない

とか、割と好き放題に批判している。

だけど、そもそもこの作品に「共感」とか、「面白さ」とかを求めるべきではない

むしろ、この陽介という人物の絶妙な「異常さ」にゾクゾクしながら読み進めていく

敢えて言えば、これが、本書の“正しい”読み方なのだろう。

「正常と異常の絶妙なバランス」

その妙を、ぜひ本書で味わってみてはいかがだろう。

【 参考記事 解説・考察『破局』(遠野遥)ー「つまらない」その隠された理由に迫るー

 

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2020年下半期受賞作

『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)

あらすじ

主人公は女子高生の「あかり」

彼女はその存在をかけて、「上野真幸」というアイドルを推している

ある日、真幸がファンを殴って炎上する

炎上後のファン投票で、真幸は最下位に転落。

現実を受け入れられないあかりに追い打ちをかけるように、「グループの解散」、「真幸の芸能界引退」が報道されてしまう。

そして、記者会見に臨む真幸の指には、婚約指輪が光っていた。

ある日あかりは、ネットで拡散された情報を頼りに、真幸の自宅へと向かう。

すると、真幸の洗濯物を干す、ショートボブの女性を目にするのだった。

考察「推し」に見られる宗教性

本書が発表されたとき、作者の宇佐見りんは現役の大学生。

ということで、SNSを通じた若者たちの交流や「推しごと」に励む若者の心理とが、作家の実感に基づいて、よりリアルに描かれている。

しかも、宇佐見りんの「文学的感性」は天才的で、それは多くの作家や選考委員たちが認めるところ。

特に、作家の高橋源一郎氏は、宇佐見りんを非常に高く評価してるのだが、彼は宇佐見りんを評して、

文学的な絶対音感がある

と言っている。

彼女の才能は「天賦のもの」だということだろう。

さらに高橋源一郎が称賛するのは、作品の冒頭2行。

推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。

いわく、「ここを読んだ瞬間、芥川賞受賞を確信した」だそうだ。

文章力だけでなく、世界を切り取る「感性」も、瞠目すべき彼女の才能の1つだろう。

本書はとかく、

「推しを推す人の心理を描いた作品」

と、浅く表層的に解釈されがちだけれど、実はもっと人々に開かれた普遍性があると僕は思う。

つまり、本書は「推し」という特定の文脈で語られるだけの作品ではなく、「生きづらさ」を感じるすべての人に突き刺さる作品なのだ。

主人公のあかりもまた「生きづらさ」を抱えた女性なのだが、その生きづらさはとても切実で、真幸を求めざるをえない彼女の姿には、ある種の「宗教的なもの」さえ見て取れる。

本書『推し、燃ゆ』を読むと、推しを推す「切実さ」や「尊さ」について考えさせられる。

僕は読後、大げさではなく、次のような結論にいたった。

畢竟、生きるとは「何かを推すこと」なのだ。

【 参考記事 考察・解説『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)ー推しに見られる宗教性-

2021年上半期受賞作

『貝に続く場所にて』(石沢麻依)

あらすじ

舞台は、震災から9年後「コロナ禍」のドイツ。

ある日、主人公「私」のもとに知人からメールが届く。

メールによれば、「野宮がゲッティンゲンにくる」という。

実際に「私」がゲッティンゲン駅にいくと、そこには野宮がいた。

ただ、野宮は9年前の東日本大震災に遭い、そのまま「行方不明」になっていたはず

目の前の野宮は「死者」なのか「生者」なのか「幽霊」なのか

野宮の突然の登場により、「私」は9年前の震災の光景や死者について想う。

考察「死者」の声を聴く

まずは、あえて言っておきたいことがある。

この作品は、芥川賞の中でも指折りの“難解”な作品だ。

その理由として、次の4点が挙げられる。

  • 文章がギュウギュウに詰まっている点
  • 比喩的・暗示的な文体が採用されている点
  • 西洋美術の教養がふんだんに盛り込まれている点
  • 「テーマ」がシンボリックに語られる点

たぶん、この羅列で「あぁ、じゃ読むのやめっか」となると思う。

だけど、この作品には、とても大切なメッセージが込められている。

それは、

「死者を風化させてはいけない」

というものであり、

「死者の声に耳を傾けなければならない」

というものだ。

この作品の舞台は、東日本大震災から9年後の世界で、しかも世界はパンデミックにさらされている。

もちろん、これは僕たちが生きる、この現実世界をモデルにしている。

「死」とは、決して他人ごとではなく、現実問題として僕たちの日常にあふれている。

だけど、僕たちは、そこにしっかりと目を据えることができているのだろうか。

死者を見つめ、死者の声を聴き、死者に思いを馳せることが、果たしてできているだろうか。

これはなにも災害やパンデミックなど、非常時だけに限らない。

いつだって僕たちは、死者とともに生き、死者と対話をしなければならないのだ。

だけど、そんなことが果たして可能なのだろうか。

多くの人が、きっとそう思うかもしれないが、本書にはそのヒントが描かれている。

実際に僕は本書を読んで

「悲しみから目を背けるな、死者の声を聴け」

そう言われたような気がした。

【 参考記事 考察・解説『貝に続く場所にて』(石沢麻依) ―死者の声を聴くこと―

『彼岸花が咲く島』(李琴美)

あらすじ

舞台は彼岸花が咲き乱れる、とある〈島〉

その浜辺に、記憶を無くしたある少女(宇実)が漂着する。

自分がどこから来たのかも覚えていない宇実は、そのまま〈島〉で生活することになる。

そして、宇実は〈島〉の実態について知っていく。

  • 〈島〉では、男女が異なる言葉を学ばされるらしい
  • 〈島〉では、「ニライカナイ」という楽園を信仰しているらしい
  • 〈島〉では、「ノロ」と呼ばれる女たちが、共同体を統率しているらしい

宇実は「大ノロ」という最高権力者に会う。

大ノロは宇実に対して、「ノロとなって〈島〉の歴史を担うこと」を命令する。

宇実はノロになるために、「女語」と呼ばれる言葉の習得をめざす。

ただ、〈島〉の実態を知れば知るほど、宇実の疑問は膨らんでいく。

なぜ〈島〉では、男女が違う言葉を学ぶのか。

なぜノロは、女性だけしかなれないのか。

その答えは驚くべきものだった。

考察「美しい日本語」を強烈に風刺

なんといってもこの作品の魅力は、「言語にとって自覚的」な点だ。

物語には3つの言語が登場する。

  • ニホン語
  • ひのもとご
  • 女語

物語では、それぞれの言語や島の歴史が明かされるわけだが、それらは間違いなく「日本語」の歴史を風刺している

ご存じの通り、日本語は「漢字」や「外来語」や「やまとことば」のハイブリット言語である。

そんな日本語だが、実はその歴史に「漢字を排除しよう」という運動があったことを、あなたは知っているだろうか。

根っこには、「美しい日本語」とか「純粋な日本語」を求める思い(とか、韓〇や中〇といった国にマウントを取りたいという思い)があるのだが、果たして「漢字の排除」で、本当に「美しい日本語」が実現できるだろうか

本書『彼岸花が咲く島』は、ストーリーとしてもとても面白く、芥川賞らしからぬ「エンタメチック」な小説である。

だけど、内包するテーマはとても深く、とても興味深い。

とりわけ、言語とか日本語に興味関心が強い読者には、とってもオススメできる作品となっている。

【 参考記事 考察・解説『彼岸花が咲く島』(李琴峰) —美しい日本語を問うー

 

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2021年下半期受賞作

『ブラックボックス』(砂川文次)

あらすじ

主人公は28歳の男性“サクマ”

コミュ力に乏しく、癇癪かんしゃく持ち

感情のコントロールが効かない彼は、これまで数多くの対人トラブルを巻き起こし、職を転々としてきた。

現在は「メッセンジャー(自転車便)」をして生活をしのいでいる。

そんな中、同棲している円佳が妊娠。

サクマは改めて「ちゃんとしなきゃ」と思い始める。

ある日、自宅アパートに税務官がやってきて、サクマは脱税を指摘される。

癇癪を起こしたサクマは、税務官らに暴行を加え、駆けつけた警察に現行犯逮捕される。

刑務所の中でも、相変わらずトラブルが絶えないサクマ。

同房の男に暴行を加えたことで、50日間も独房に閉じ込められる罰を受ける。

だが、このとき初めてサクマは自分自身と向き合うことが出来た。

「自分の半生」とは、「これからの人生」とは、「自分はいったいどう生きていくべきか」

そんな内省の果てに、彼がたどり着いた「答え」とは……

考察「ゴール」の見えない現代社会

本作『ブラックボックス』は、選考会で多くの選者から高い評価を得た。

その中でも「飾り気がない」という言葉は、この作品の本質をよく表していると思う。

たしかに、この作品には「優れたテクニック」とか「高い芸術性」とか「斬新なテーマ」といったものはないかもしれない。

ただ、その一方で、人間を真正面から捉えようとする「ストレートさ」があって、読む者の心に刺さる作品だといえるだろう。

「本作には、書かれねばならなかった切実さがある」

という選者の言葉は、その点を言い当てたものだ。

日々、自転車をこいで金を稼ぎ続けるサクマの生活は、文字通り「自転車操業」さながら。

そんな彼を捉えて離さないのは、次の問いだ。

――幸福な人生とは、いったい何なのだろう——

――おれは何を目指して生きていけばいいのだろう――

彼は自分自身が目指すべき「ゴール」が分からない。

ゴールが分からないのに、生活に追われるように、走り続けているのだ。

だけど、僕たちもよく考えてみたい。

じゃあ、幸福な人生って、一体なんだ?

万人に通用する「幸せ」なんて、果たしてあるのだろうか?

実際に僕たちだって、何が幸福で、何が正解で、何がゴールか分からないでいる。

この世界に生まれた瞬間から、よーいドンと、なぜか走らされているのが僕たちだ。

だけど、そのゴールがどこなのか、僕たちには分からない。

僕たちとサクマと、いったい何が違うのだろうか。

きっと、本質的には変わらない。

この世界はまるで「ブラックボックス」のように謎に包まれていて、それを生きているのは僕たちだって同じなのだ。

本書は、そんな現代人の姿を「サクマ」という男に投影させて、見事に描き切った佳作だ。

選考会では、本書は次のように評された。

「現代における、プロレタリア文学」

まさに、この一言が、本書の本質を鋭く言いえている。

【 参考記事 解説・考察『ブラックボックス』(砂川文次)―誰もが“サクマ”である現代―

2022年上半期受賞作

『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子)

あらすじ

舞台は「食品パッケージ」を請け負う会社

主人公の「二谷」は、そこで働く29歳の男性。

仕事でミスをした「芦川」という女性同僚を慰めたことで、周囲には内緒の「職場恋愛」が始まる。

いつも喜怒哀楽が豊かで、手の込んだ料理をふるまってくれる芦川

だけど、「食事なんてカップ麺で十分」といった価値観を持つ二谷は、そんな彼女の振る舞いに困惑と嫌悪を抱く。

なにかと会社を早退しがちな芦川は、そのお詫びとして職場に「手作りお菓子」を持参するようになる。

「おいしい、おいしい」と好意的に受け入れる職場の人たち。

それとは裏腹に、二谷は芦川の振る舞いに困惑と嫌悪を強めていく。

その後も、早退を繰り返す芦川

「お詫びのお菓子」は、その都度、手間とクオリティを高めていく。

「んーっ」「うまあっ」「すごっ」と、感動を表す職場の人たち

二谷もそれに合わせて「すげえ、おいしそう!」とお菓子を受け取る。

だけどその深夜。

残業で会社に残った二谷。

彼は、誰もいなくなった会社でお菓子をグチャグチャに踏みつぶす……

考察「おいしい」の社会通念を解体

もしも“純文学”に「意義」があるとすれば、その1つに「当たり前」を解体することが挙げられると思う。

「人と仲良くしなくちゃいけません」

「人に優しくしなくちゃいけません」

「人を傷つけちゃいけません」

例えば、そうした生活における“常識”に対して、

「本当にそうなの?」

「いつ、誰が、そう決めたの?」

「常識で割り切れない価値があるんじゃないの?」

と、強烈に問題提起をしてくるのが、純文学だといっていい。

では、この作品が問うているものは何か。

それは「ゆたかな食事」である。

「ご飯は味わって食べましょう」

「ご飯は感謝して食べましょう」

「ご飯は大勢で楽しく食べましょう」

そうした、“食”にまつわる世間の常識に対して、作者は

「それって、本当なの?」

「それって、正しい価値観なの?」

と、読者にクエスチョンを投げかけ、多くの人たちが価値を置いている「おいしい」をジワジワと解体していく

『おいしいご飯が食べられますように』は、「おいしい」を問う文学なのである。

さて、本書で解体される「食」に関する常識とは以下のようなものだ。

・ごはんは大勢で食べるのが良い

・ごはんは感謝して食べるのが良い

・ごはんは「おいしく」食べるのが良い

・ごはんは残さず食べるのが良い

・ごはんは健康的なものを食べるのが良い

これらは全て「やさしい言葉」であり「心地よい言葉」であり、だからこそ「否定しがたい言葉」である。

だけど、いやだからこそ 食に対する常識的な価値観を持つ人たちは、そこになじめない人間を非難し、蔑み、そして排除しようとする暴力性を持っている。

本書における主人公「二谷」の言葉は、それを端的に言い表している。

「ごはん面倒くさいって言うと、なんか幼稚だと思われるような気がしない? おいしいって言ってなんでも食べる人の方が、大人として、人間として成熟しているってみなされるように思う」(本書より)

食にまつわる常識を共有しない人は幼稚で未熟な人間として非難される。

こうした社会の暴力性を、よく言い当てた言葉だと思う。

主人公の二谷は、まさにそうした「暴力性」に生きづらさを感じる1人である。

本書ではそうした「生きづらさ」を感じる個人の姿も印象的に描かれる。

『おいしいごはんが食べられますように』は「生きづらさ」を抱える人間の内面や生活を「食」という身近なモチーフを採用して描いた佳作だといえる。

【 参考記事 解説・考察「おいしいごはんが食べられますように」―”おいしい”を解体する文学―

 

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2022年下半期受賞作

『この世の喜びよ』(井戸川射子)

あらすじ

「あなた」はショッピングセンターの喪服売り場で働いている。

ひょんなことから、フードコートを出入りする少女と知り合った「あなた」は、その少女とひんぱんに話しをするようになる。

少女は小さな弟の世話を両親から任されており、その姿から、「あなた」はかつての子育ての記憶を思い出していく。

自分の経験から少女にアドバイスをする「あなた」だったが、ある日、少女とちょっとした言い合いをしてしまう。

少女との間に距離が生まれてしまったものの、それでも少女に近づき話しをしようとする「あなた」。

そして、少女に「何かを伝えられる喜び」を感じるのだった。

考察「私」に寄り添う二人称の語り

『この世の喜びよ』のテーマは、ずばり「子育て」である。

ただ、本作が他の作品と一味違う点は、子育てを現在の視点からリアルタイムで描くのではなく、子育てを終えた母の視点から、かつての「子育ての記憶」を描く点だ。

主人公はショッピングセンターの喪服店で働く女性。

ひょんなことから知り合った少女と交流する中で、かつての子育ての記憶を思い出していく。

その記憶の中には、子育ての辛さに関するものもある。

「娘が訳も分からず泣き出した」であるとか

「娘を昼寝させるためにとにかく出歩いた」であるとか

「娘が頭を打ったので脳神経科へ連れて行った」であるとか。

こうしたエピソードは、当時の「主人公」がいかに必死で、いかに気を張り詰めていたかを物語るものだ。

ここで僕があえて言うまでもないが、子育てに苦労はつきものだ。

「どんなに自分ががんばったとしても、それを見てくれている人は誰もいない」

「どんなに子どもに尽くしたとしても、子どもから感謝されることはない」

子育てというのは喜ばしいことではあるものの、こうした孤独があるのもまた事実だ。

だけど、もしも、そんな孤独を見守ってくれている存在がいたら。

人知れぬ努力を、ちゃんと認めてくれている存在がいたら。

本書『この世の喜びよ』が、芥川賞にふさわしいのは、そうした存在を「二人称」という文体を使って暗示し、そしてその企みを見事に成功させていることなのだ。

作中で、主人公は「あなた」と表現されている

主人公の努力や孤独を、何者かが「あなた」と呼んで見守っているのだ。

この作品の静かな感動は、間違いなくこの「二人称」という体裁がもたらすものだ。

二人称小説という一風変わった作品を楽しみたい方や、子育て真っ最中の方、あるいは子育てが終わった方などは、本書を一読してみることをオススメしたい。

【 参考記事 解説・考察『この世の喜びよ』(井戸川射子)—二人称小説がもたらす静かな感動—

『荒地の家族』(佐藤厚志)

あらすじ

東日本大震災から10年以上が経った、ある年の4月~7月の出来事が物語の中心。

被災地の「亘理町」は今も更地が残り、そこに臨む広大な海は、人間の生死の狭間を象徴するように不気味に沈んでいる。

造園業を営む祐治は、母と息子の3人暮らし。

40歳を迎えた祐治は身体の衰えを感じつつも、生活を支えるため日々仕事に追われている

その胸の内には様々な屈託を抱えていた。

若くして死んだ晴海の存在、自分を拒絶する知加子との関係、知加子との間にできた胎児の死、最近よそよそしい啓太の態度、仕事を軽視する京介の怠慢、ガンを患っている明夫の容態、そして、まるで出口の見えない自らの生活……

ある日、祐治は、明夫が密漁をしている現場に遭遇する。

病床にある明夫の悪行にいら立ち、明夫をたしなめる祐治。

しかし、自棄を起こした明夫は「お前に何がわかるんだよ」と言い捨てる。

明夫が逮捕されたのはその数日後のことで、さらにその数日後に……

考察「数」に表せない”個人”の尊厳

たくさんの人が亡くなる事件が起きると、必ず「文学」が生まれてきた。

関東大震災を扱った文学

原爆を扱った文学

そして、戦後文学

だけど、東日本大震災の後では、長らく本格的な文学は登場してこなかった。

本書『荒地の家族』は、震災後10年以上経って現れた本格的な「震災文学」だといっていい。

というのも、作者の佐藤厚志は仙台出身で震災を経験しているからだ。

主人公の「祐治」は造園業を営む40歳の「ひとり親方」。

28歳で震災を経験し、30歳の頃に妻「晴海」を亡くしている。

そんな彼の生活は震災以降ずっと苦しいまま。

苦しいのは祐治だけではなく、生活苦にさいなまれる人物たちは少なくなく、物語全体をまとう空気は暗く重苦しい。

『荒地の家族』の特徴として、多くの登場人物たちに「個有名」が与えられている点があげられる。

おそらく、ここにも作者の意図があり、それは「被災した“個人”の尊厳を回復させるため」だといえる。

たとえば「死者〇〇名」という語り方だけでは、震災の実態というものを捉えることはできない。

震災で被害に遭った人というのは、誰かの親であり、誰かの子であり、誰かの友人であり、誰かの恋人であり、つまり誰かにとって唯一無二の尊い「個人」である。

「一度の震災で2万人の人が亡くなった」という報道は、そうした事実を覆い隠してしまう危険がある。

本当の震災の姿とは、

「たった1人の尊い個人がなくなった出来事が2万回あった」

ということなのだ。

そして、本書が書こうとしたのもまた、「たった1人の尊い個人の死」なのだといえる。

だからこそ、作中の個人には1人1人には「個有名」が与えられているのだろう。

この物語にはドラマチックな展開も、手に汗握るようなヒューマンドラマもない。

ただ、人々の死と、悲しみと、生き残った者たちの営みが、淡々と、ある種の諦観をもって語られていくだけだ。

ただ、ラストシーンには微かな光明があり、読者にささやかな希望を感じさせてくれる。

【 参考記事 解説・考察・あらすじ『荒地の家族』—生き残った者の悲しみを描く”震災文学”—

すき間時間で”芥川賞”を聴く

 

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以下の記事で、さらに作品を紹介している。

「受賞作品をもっと読みたい」と思う人は、ぜひ参考にどうぞ。

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