解説「国策文学(戦争文学)とは何か」―その特徴、代表作家、作品をまとめる―

作家
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はじめに「日本文学の黒歴史?」

1931年~1945年に日本が参加した戦争は、一般的に「十五年戦争」と呼ばれている。

そして、この時期に生まれた文学は、一般的に「戦争文学」とか「国策文学」と呼ばれている。

こうした文学は、たぶん、多くの人にとって馴染みのないものだろう。

たとえば、「石川達三」とか「火野葦平」とか「尾崎士郎」とか、国策文学の代表作家の名前を挙げてみたとしても、多くの人にとっては「え、誰それ?」って感じだと思う。

この記事では、そんな「戦争文学」や「国策文学」について詳しく解説をしていきたい。

「日本文学」や「文学史」に興味のある方には、参考にできる内容となっているので、お時間のある方はぜひお付き合いください。

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国策文学とは何か

改めて「十五年戦争」(1931年~1945年)の間に生まれた戦争に関連する文学は、「戦争文学」とか「国策文学」と呼ばれている。

戦時中に生まれた文学だから「戦争文学」というのは、まぁ、分かると思うのだが、では「国策文学」とは何なのだろう。

それをまとめると以下のようになる。

【 国策文学とは 】

「十五年戦争」の間に、戦場に派遣された作家たちの手によって書かれた文学の総称。「国威誇示」や「戦意高揚」のため、国家や軍部の方針に従って創作された。(なお“国策”とは「国家が決定する政策」の意)

戦中の日本にあっては、「言論」、「思想」、「芸術」、「出版」への統制が激しかった。

特に、戦前に現れ始めた「社会主義者」や「自由主義者」は、例外なく「売国奴」と見なされ、特高警察によって逮捕監禁され、拷問を受けることも珍しくなかった。

こうした風潮は、日本が戦争に突入するや、どんどん強まっていくことになる。

そんな言論弾圧下にあって、多くの作家は沈黙を強いられることになったわけだが、中には、こんなことを思う文学者も現れた

「国家存亡の危機だっていうのに、好き勝手に文学をやっていていいものか・・・・・・」

中には、「特派員」として軍部に推薦され、あるいは自ら志願して戦地に赴く者もおり、彼らはそこでの見聞を「小説」や「詩」といった文学にしていった。

これが「国策文学」である。

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文学が死に絶えた時代?

「国策文学」の目的は、大きく次の2つ。

・国威を誇示すること(俺たちはこんなに強いんだ、を国民に知らしめる)

・戦意を高める(俺たちの戦いは正しいんだ、を国民に知らしめる)

こうしてみれば一目瞭然だが、つまり、この頃の文学は「戦争」に利用されていたのである。

しかも、「特派員」には、軍部から次のような命令が下っていた。

【 軍部から特派員への命令 】

・日本が負けていることを書くな

・日本の犯罪行為を書くな

・敵を憎らしく嫌らしくかけ

・作戦の全貌は書くな

・部隊編成と軍部名は伏せろ

・軍人の人間らしさを書くな

こんな命令の下で書かれた文学が面白いわけがない。

ということで、文学史的に戦時中というのは、

「文学が死に絶えた、日本文学における“黒歴史”」

とされている。

とはいえ、日本文学に詳しい方なら分かると思うのだが、この時期には戦争とは無関係な作品も少なくなく、なんなら傑作や良作も生まれている。

たとえば、谷崎潤一郎の『細雪』や、太宰治の『お伽草子』、三島由紀夫の初期の作品、中島敦の作品のほとんどは戦時中に書かれた作品である。

また、「国策文学」といっても、文学史において価値のある作品も(まれに)あったりするので、この時代を「日本文学の黒歴史」と一蹴するのは、いささか乱暴だと僕は思う。

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代表作家・作品を紹介

ここからは、国策文学における代表作家を3名紹介する。

その3名とは、冒頭でも軽く触れた「石川達三」と「火野葦平」と「尾崎士郎」である。

石川達三

石川達三は第一回の芥川賞を受賞したことで有名だが、彼は「従軍特派員」として最も早い作家でもあった。

ただし、石川の文学は、一般的な「国策文学」とは、やや毛色が異なっている

さきほど「国策文学は、軍部の方針にのっとって書かれた文学である」という旨を説明したが、石川の作品は、その軍部の方針をほとんど無視していると言って良い。

というのも、石川の作品には、日本軍による非人道的行為など、戦争の惨状がありありと描かれているからだ。

石川は根っからの「文学者」であり、彼は、日本の戦争を賞揚することもなければ、軍部に迎合することもなかった。

彼が書きたかったのは、あくまでも「戦争の真実の姿」だったのである。

ということで、1937年に発表した『生きている兵隊』は、軍部からの反感を買い、発禁処分となり、あげくの果てに石川は起訴され、禁錮4か月、執行猶予3年の有罪判決を受けることになった。

周囲の思惑など気にすることなく、作家としての「真理」を貫いた石川達三・・・・・・

第一回芥川賞作家( あの太宰治に勝った男 )はダテではない。

戦後はコンスタントに作品を発表していき、1985年に持病の胃潰瘍で吐血し病院に搬送され、その後肺炎を併発しこの世を去った。

享年79歳というのは、この時代の作家にしては長寿だったといえる。

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火野葦平

火野葦平は1937年に『糞尿譚』で第6回芥川賞を受賞した人気作家だった。

そんな人気作家が「従軍特派員」として軍部に帯同する、ということで当時としても大きな話題となった。

代表作は1938年発表『麦と兵隊』で、これが「満州事変が生み出した最大のベストセラー」といわれるほど売れに売れまくった。

しかも本作は、軍部の指示に忠実に書いた、まさに「国策文学のお手本」のような作品だった。

ここで改めて、軍部の指示を確認しておくと、

  • 日本が負けていることを書くな
  • 日本の犯罪行為を書くな
  • 敵を憎らしく嫌らしくかけ
  • 作戦の全貌は書くな
  • 部隊編成と軍部名は伏せろ
  • 軍人の人間らしさを書くな

ということになる。

『麦と兵隊』は、こうした指示を守った作品なので、小説に登場する兵隊たちは、いわば「戦争の申し子」のような趣である。

結果、火野葦平は軍部の指示に従い戦争に大きく加担した作家の一人と見なされ、戦後には「戦犯作家」として文壇から追放される。

そうして干されてしまった人気作家は、1960年、

「死にます、芥川龍之介とは違うかもしれないが、或る漠然とした不安のために。すみません。おゆるしください、さようなら」

といった遺書を残し、52歳で睡眠薬自殺を遂げている。

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尾崎士郎

尾崎士郎といえば、あの川端康成から激賞された実力派の作家である。

『人生劇場』(青春編)でベストセラー作家となった尾崎が、軍部に帯同するというニュースは、当時としても大きな話題となった。

また、尾崎は1943年から「日本文学報国会」の常務理事を務めている。

この会の目的は「国家の要請に従って、国策の施行実践に協力する」ことなので、尾崎士郎は「国策」にガッツリ加担した文学者の一人だといえる。

そんな彼が残した国策文学として悲風千里』『戦影日記』『積乱雲といった作品が上げられる。

「さぞかし“軍部の理想”を描いた作品なんだろうな」

と思われるかもしれないが、実はこれがそうではない。

先ほど紹介した火野葦平に比べれば、戦争や日本兵をかなりニュートラルに描いている

にもかかわらず、戦後、尾崎は「追放令」を受ける

要は「今後、あなたの政治的発言や政治的行動の一切と、公職に就くことを禁止にしますよ」というわけだ。

「日本文学報告会」の理事をつとめ「国策文学」を積極的に残した点では、戦後に批判されるのはやむを得ないといえるが、作品の内容を考えれば、さすがにこの仕打ちにはいささか疑問が残ってしまう

一説によれば、様々な政治的な大人の事情があって、尾崎が「生け贄」にされた言われている。

いずれにしても、「追放令」を受けていこう、尾崎は文壇から距離を置き、1964年に東京都大田区山王の自宅で、直腸癌によりこの世を去る。

66歳だった。

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終わりに「戦後文学の立役者」

改めて、日本文学史において「戦時中」というのは「文学が軍部に屈した黒歴史」といった具合に、マイナスに評価されている。

もちろん、戦争とは無関係に生まれた傑作作品だってあるものの、明治時代のような勢いはないし、上述した国策文学の多くには「史料」としての価値はあるかもしれないが、「文学」としての価値は乏しいと言わざるを得ない。

これが戦後になると、日本文学は再び息を吹き返すことになる。

第一次戦後派、第二次戦後派、第三の新人と続き、多くのすぐれた「昭和文学」が誕生していく。

あえて好意的な見方をすれば、そうした「文学の復活」の立役者となったのが、この黒歴史としての「戦争文学」なのかもしれない

石川達三も、火野葦平も、尾崎士郎も、それぞれは間違いなく優れた才能を持っていた。

だが、その才能は、軍部に、戦争に、そして当時の国家に潰されてしまった。

そうした不遇の作家の「屍」の上に、戦後文学は生まれたのであり、その先に、現代文学はある。

そう考えてみると、この時代にも意味はあったのかなと、言えなくもない。

興味を持った方は、ぜひ、上記の作品を手に取っていただければと思う。

以上、「戦争文学・国策文学」の解説を終わります。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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