1950年代「芥川賞」おすすめ9選 ―戦後文学の全盛―

芥川賞
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ノーベル賞級の作家たち
芥川賞受賞作品まとめ
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1950年代は、まさに「戦後文学」の全盛時代だった。

それは芥川賞受賞者のラインナップを見れば一目瞭然だろう。

51年安部公房の受賞を皮切りに、遠藤周作を筆頭とする「第三の新人」連続して受賞し、トリを飾るように大江健三郎が受賞して50年代は終わる。

ちなみに阿部公房、遠藤周作はノーベル賞の候補者だったといわれている。

残念ながら彼らは受賞にはいたらなかったもの、大江健三郎が受賞を果たしている。

1950年代とは、そんな連中がしのぎを削り合っていたという、とんでもない時代だったのだ。

この記事では、そんな1950年代の芥川賞作品を9つ厳選し、解説をしていこうと思う。

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『壁』(安部公房)1951年

作者について

安部公房は東京大学医学部を卒業した、正真正銘の知的エリートだった。

だが、卒業後は国家試験を受けることなく、文学の道を志す。

そんな若き安部公房を発掘したのは、戦後文学を牽引した埴谷雄高だった。

彼の主催する『近代文学』で、安部は作品を発表し始める。

そして『壁』で、第25回芥川賞受賞。

ちなみに、この時の候補者には安岡章太郎、堀田前衛など、とてつもないライバルたちがいた。

受賞後も『砂の女』『他人の顔』『箱男』など、実験的で前衛的な作品を次々発表していく。

安部の作品は、カフカなどの実存主義作家の影響が濃いと言われていて、世界的にも高く評価された。

ノーベル文学賞に近い作家だと言われたが、受賞には至らなかった。

作品について

安部公房の作品には、とにかく読み手の現実感を奪っていく不思議な力があり、その作風は「シュールレアリスム(超現実主義)」と呼ばれている。

こんなたとえは無粋かも知れないが、SF作家でショートショートの名手に「星新一」という作家がいるが、彼の作風にクセとエグみを注入し、中編・長編に膨らませたのが安部公房ってのが、ぼくの個人的な印象である。

受賞作『壁』もまた、とてつもなくシュールな作品だ。

ある朝、目が覚めると「男」には名前がなくなっていた。

周囲に自分の名前を尋ねるが、教えてくれる者はない。

しかたなく、名前がないまま会社に出勤する。

すると、自分の名札には「S・カルマ」と全く身に覚えのない名が。

しかも、自分のデスクには、すでに「自分」が出社して(?)平然と仕事をしているではないか。

ソイツをよく見てみると、それはなんと「名刺」だった。

会社から出て病院に行く「男」だったが、謎の2人組に逮捕され、裁判に掛けられてしまう。

こうあらすじを書いただけで、安部公房の独特の世界観が分かる。

ここで書かれる世界は、とんでもなく「不条理」な世界である。

たとえば、カフカの『変身』とか、中島敦の『山月記』なんかもそうだけれど、突然 自分の身に訪れた「不条理」を描く作品というのは、これまでにもあった。

安部公房の『壁』もまた「不条理」を描く点では同じなのだが、これまでの既存の枠をさらに突き抜けた奇抜さがあり、まさしく現代版の「不条理文学」といえる趣なのだ。

芥川賞の選考委員も

「意図と文体が新鮮」

「新しい小説の典型だ」

と、その新しさを高く評価した。

受賞は1951年と、今から見れば古い作品だと思うかも知れない。

ただ、安部公房の「斬新さ」は、今でも全く色あせていない。

なんなら、彼の作品を模倣したような作品は、現代にあふれてさえいるくらいだ。

「元祖」にして「唯一」のシュールレアリスム文学。

一度読めば、間違いなくその中毒性にやられるはず。

 

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『悪い仲間』(安岡章太郎)1953年

作者について

安岡章太郎は、旧制高校受験に三度失敗して、慶應義塾大学に入学。

在学中に従軍するも、肺結核のために除隊。

帰国後には脊椎カリエスからの療養生活を送るなど、苦しみが絶えなかった。

そんな精神的・肉体的苦痛が、安岡の創作の原動力となったと言われている。

彼は「第三の新人」と呼ばれ、戦争体験を語るのではなく、あくまでも日常生活にこだわった作家だった。

彼の書く作品は「第三の新人」らしく私小説的なものが多いが、どこか奇妙で、わびしく、むなしさが漂う雰囲気がクセになる。

代表作『海辺の光景』「戦後最高の文学的達成」と絶賛されたとんでもない作品である。

僕はこの作品を読んで、身体と心が震えてしまい、しばらく他の本は、何も読めなかった。

作品について

たびたび芥川賞の候補にも上がったが、なかなか受賞に至らず、33歳『悪い仲間』と『陰気な愉しみ』で、2作同時受賞となった。

いまでこそ「1作家1作品」が常識だが、かつては「1作家2作品」でのノミネートというのも珍しくなかった。

選考委員の丹羽文雄「戦後に現れた作家の中で、彼ほど才能豊かでユニークな作家をしらない」と絶賛している。

また、村上春樹は、インタビューの中で「文体の巧い作家」として安岡章太郎をあげている。

ここでは『悪い仲間』を紹介しよう。

本作は決して難解ではないが、どこかつかみ所のない作品である。

主人公「僕」は中学を卒業し、大学の予科に通っている。

「僕」は神田のフランス学校で、「藤井」という青年に出会い、次第に心引かれていく。

その大きな理由は、藤井が女を知っていること。

そのことは「僕」にとって、ある種の羨望であり憧れなのである。

「僕」は、そんな藤井の行動を真似、彼の価値観を内面化しようとしていく。

『悪い仲間』という作品を極めてシンプルに要約すれば、

「悪い遊びを知っている友人に影響を受け、彼らの価値観に合わせて自分を変えていく物語」ということになるのだろう。

ただ、そんな要約に収まりきらない深みと広がりが、この作品にはある。

そして、どこか捉えどころのない主人公の内面には、読み手の解釈を求めるような大きい余白がある。

作者の文体も描かれる戦後の世態風俗も、そこまで理解し難いものではないのに、なぜか不思議な曖昧さがある。

ただ、その曖昧さは悪いものではなく、不思議と味わい深い読書体験になる。

この「不思議な余白」を持つ作品を、あなたならどう読むか。

『驟雨』(吉行淳之介)1954年

作者について

吉行淳之介は、東京大学を中退後、雑誌編集者を経る。

安岡章太郎同様、彼もまた「第三の新人」と呼ばれた作家だ。

彼が書くのは、主に「男女の性愛」である。

端正な顔立ちをした吉行には、恋愛沙汰も多かったのかも知れない。

たとえば吉行の作品には「元カノから大量にパンツが送られてきて、おびえる話」なんてものもある。

ただ、そのタッチは都会的に洗練されていて、時に不気味で、時に美しい

また、夢を題材にした作品も多く、現実の違和感を奪うような筆致も魅力である。

30歳のころ「『驟雨』その他」で第31回芥川賞候補にノミネート。

曾野綾子、小島信夫ら12名が候補者という激戦を勝ち抜いての受賞となった。

ちなみに「その他」となっているのは「吉行の過去の作品も含めての受賞」という意味だ。

これは、芥川賞史上において珍しい。

ここまで芥川賞を2度落選し、3度目の候補となった吉行に対して、選考委員は、

「彼は、一作書く毎に成長してきている」

「自らの偉業を遂げよという期待を込めて」

といった感じで、激賞と言うよりも激励の言葉を述べている。

そんな吉行だが、まさに彼らの期待に応えるように、次々と文学賞を総ナメにしていく。

純文学・大衆文学問わず、エッセイなんかも多数書き、あらゆるシーンで活躍した。

ちなみに、父の吉行ケイスケも作家。

妹の吉行理恵も芥川賞を受賞している。

母の吉行あぐりは、まぁ、美容師だけど、吉行家は文学一家なのだ。

作品について

タイトルの『驟雨』とは「にわか雨」のこと。

主人公の「山村英夫」の心は、まるで「にわか雨」のように突然変化することになる。

独身の山村にはある趣味があった。

それは「娼婦」の街に遊びにいくこと。

彼が「娼婦街」へいくのは、女性関係をあくまで「あそび」として割り切っていたからだ。

ところが、ある日「道子」という娼婦に会ってから、にわかに変化が生まれる。

山本は道子に恋をしてしまうのだった。

そして「他の男に、道子に近づけたくない」という思いから、よりいっそう、娼婦街に足を運ぶようになる。

山村の心の変化と、風景としての「驟雨」の描き方がとてもうまい。

1人の男が恋に落ちていくプロセスを丁寧に描きつつ、嫉妬や憎しみなどのアンビバレントな感情も鋭く見抜いている。

芥川賞の名にふさわしい作品だともう。

 

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『アメリカン・スクール』(小島信夫)1954年

作者について

小島信夫は、東京帝国大学を卒業、専攻は英文学だった。

戦中は中国へ出兵し、復員後は高校教師をしながら小説を書いた。

芥川賞を受賞したのは、40歳の頃。

庄野潤三とのダブル受賞だった。

小島もまた「第三の新人」とされるが、作家としての出発が遅かったため、他の顔ぶれに比べるとやや年長である。

芥川賞受賞の年に高校教師をやめ、明治大学の助教授となり、小説意外にも評伝・文学論などと活躍のフィールドを広げていった。

シニカルでユーモアな文体が持ち味で、自身の経験をもとにした小説が多い。

代表作は、妻とアメリカ兵の姦通をきっかけに崩壊していく家族を描いた『抱擁家族』

続編の『うるわしき日々』も見所ある作品で、『抱擁家族』から30年後が描かれる。

が、これがとんでもなく深刻な小説なのだ。

  • 前妻の姦通
  • 家庭の崩壊、
  • 前妻の急逝と再婚、
  • アル中長男の介護、
  • 健忘症の後妻との生活

ざっと羅列して分かる通り、ここには八十歳の老作家の孤独と苦悩が描かれている。

主人公の老作家がコンビニの帰り道で慟哭するシーンがあるのだが、老いのために彼の目からは涙がこぼれなない。

ぼくはこの場面で胸が詰まった。

「第三の新人」の中では、小島信夫の人生がもっとも悲惨だったといっていい。

作品について

何度も候補にのぼって、ようやくの受賞となった『アメリカン・スクール』

選考委員の井上靖は、

「人間の劣等意識を執拗に追及した作品だ」

「一時期の日本人を風刺している」

と作品を概括し、

「この作品を選ぶしかなかった」

と、賛辞を送っている。

舞台は敗戦後まもない日本。

30人ほどの英語教師達が、アメリカン・スクールを視察するという物語。

彼らは共通して、アメリカ人たちに激しコンプレックスを抱いている。

アメリカ人を見れば見るほど、自らが英語をしゃべればしゃべるほど、彼らの劣等感は強まっていく。

「これが同じ人間だろうか」

「なぜこんな恥ずかしい目にあうのか」

度の越えた劣等感は確かに戯画的で、どこかユーモラスなのだが、実際、日本人は今でも欧米への劣等感を捨てきれないわけで、そういう意味でも、この作品を敗戦後まもなくに発表した小島信夫の洞察力と分析眼は鋭い。

人間がだれしも持っている劣等意識と、敗戦後まもなくの日米関係・・・・・・

それらを絶妙に風刺した、戦後文学を代表する作品だといえるだろう。

『プールサイド小景』(庄野潤三)1954年

作者について

庄野潤三は、九州帝国大学を卒業している。

1個上の学年に『死の棘』で有名な島尾敏雄がいた。

文学を志したのも、島尾敏雄の影響が大きい。

34歳のころ、第32回芥川賞で小島信夫とのダブル受賞を果たす。

庄野潤三もまた「第三の新人」なのだが、彼こそ「ザ・第三の新人」と呼べるほどに徹底して日常に拘った作家だった。

ぼくは庄野文学を「2日前の晩飯文学」と勝手に呼んでいる。

いま「2日前の晩飯」をぱっと思い出せる読者がどれだけいるだろうか。

庄野潤三のまなざしは、そういう、人々が普段意識しないような些細な出来事に向けられる。

つまり、彼が描く日常とは「意識しなければ簡単に忘れ去られてしまう類いの日常」なのである。

特に彼は家族の日常にこだわった。

当たり前に過ぎていく日常は、実は決して繰り返されることのない尊いものであり、それでいてちょっとしたことで簡単に崩れ去ってしまう脆いものなのである。

庄野潤三は、日常についてこう述べている。

「いま、あったかと思うと、もうみえなくなるものであり、いくらでも取りかえがきくようで、決して取りかえのきかないもの」

だけど人々は、そのことに対してあまりに無自覚だ。

庄野潤三は、日常の尊さや不安定さを誠実に見つめ、決して大風呂敷を広げることなく、大切に大切に描いていく。

まちがいなく、信頼できる作家である。

作品について

『プールサイド小景』もまた家族を丁寧に描いた作品だ。

「小景」という言葉が表すとおり、ここに書かれているのは、家族の「小さな日常」である。

主人公「青木弘男」は、妻と小学生の息子2人、合計4人家族で暮らしている。

この家族には日課がある。

まず、息子達がプール教室にいく。

夕方に、青木がプール教室へ行き、自分も一泳ぎする。

最後に、妻が迎えに来て、家族はみんなで家に帰っていく。

そんな「小景」を見たコーチはこう思う。

「あれこそ理想的な生活だな」

一見して取るに足らない日常の一コマだが、確かにそれは尊い家族の生活なのだろう。

だが、実は、彼らには特殊な事情があった。

一家の大黒柱である青木は、実はリストラにあっている。

しかも、その理由は会社の金を使い込んだこと。

彼は仕事の鬱憤から、妻に内緒で女のいるバーに通っていたのだ。

青木の妻は言う。

「人間の生活って、こんなものなんだわ」

そう、悲劇はある日とつぜんやってきて、平凡な日常は、ある日とつぜんに終わりを告げる。

庄野潤三作品の中では、事件と展開があって、ストーリーラインもしっかりしているので、とてもおもしろい。

それでいて、庄野文学のエッセンスが色濃い、オススメの1冊である。

 

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『白い人』(遠藤周作)1955年

作者について

遠藤周作も「第三の新人」と呼ばれる作家だ。

だけど、他の「第三の新人」に比べて、遠藤の扱うテーマは明確である。

彼は、幼少期を大連で過ごし、帰国後、母のすすめでキリスト教の洗礼を受けた。

遠藤周作は後に、母から与えられたキリスト信仰について、

「母から着せられた、タブタブの洋服」

と表現している。

そして、それを「自分ぴったりの和服」に仕立て上げることこそ、遠藤周作にとって創作の動機であった。

だから彼の作品のテーマは、

  • 日本人とは何か
  • キリスト教とは何か

といった問が底流している。

慶應義塾大学在学時は、小説ではなく、評論を書いていた遠藤だったが、そんな彼を発掘したのは『近代文学』を主催する埴谷雄高だった。(彼は同時期に阿部公房も発掘している)

遠藤は、その『近代文学』に発表したデビュー作『白い人』で、第33回芥川賞を受賞する。

選考委員の石川達三は、

「遠藤周作は未知だが、この作品は信用できる」

と述べた。

その後、遠藤が発表していった作品の多くは、日本を代表する宗教文学として世界的に評価されている。

彼の代表作にして問題作『沈黙』では「母なるキリスト像」を描くことで、

  • 日本人にとって神とは何か
  • 日本人にとって信仰とは何か
  • 日本人にとって救済とは何か

という彼自身の問いに、一定の解答を示した。

彼の「キリスト観」が西洋世界に与えた影響は大きかったが、『沈黙』は数多くの国で翻訳されるに至る。

そして遠藤周作もまた、ノーベル文学賞の候補だったと言われている。

作品について

選考会では、

「神学生と異常性欲の主人公を描いた野心的な作品だ」

と評された。

舞台は、1944年、終戦直後のフランス。

フランス人の父、ドイツ人の母のもとに生まれた「私」が主人公。

厳格なプロテスタントである母は、「私」が性に目覚めることを極度に警戒していた。

しかし、ある日「私」は、女中が野良犬を縛って殴っているところを目撃し、自分が興奮していることに気がつく。

それが「私」が性に目覚めた瞬間だった。

彼の性癖というのは「サディズム」だったのである。

ナチスによるフランス占領が激化した頃のこと、「私」はドイツ側の拷問の通訳者になる。

そして、ドイツ軍がフランス人を拷問するところを、間近で見ることになる。

ある時、「私」は中尉から、

「こいつを知ってるか?」

と写真を見せられた。

それは学生時代に出会った神学生のジャックだった。

ジャックはレジスタンス運動に参加していて、目をつけられてしまったのだ。

そして「私」は、そのジャックの拷問に加担する。

拷問の末、ジャックは舌を噛み切って自殺してしまう。

『白い人』で書かれる大きなテーマは、

「キリスト教と罪悪」である。

遠藤は、『海と毒薬』で、「日本人にとっての罪悪」を描いているし、『沈黙』では「罪を犯した者が救われる世界」を描いている。

そういう意味でも『白い人』では、「遠藤文学」の根幹となるテーマがすでに描かれている。

遠藤周作は、自らを「テーマ型の作家」と読んでいる。

もったいつけた表現とか、難解な修辞とか、そういうテクニカルな文章をあえて使わない作家なのだが、『白い人』の文体は、遠藤らしからぬゴツゴツして重厚なもの。

「作家としてのスタートを切ろう」という、若き遠藤周作の気概のようなものが伝わる作品である。

『太陽の季節』(石原慎太郎)1955年

作者について

「元東京都知事」のイメージが強すぎるのだが、彼は芥川賞の選考で井上靖・川端康成に評価された、実力派の作家である。

井上「力量と新鮮なみずみずしさにおいて抜群」

川端「私は石原氏のような若い才能を推奨することが大好きだ」

第34回芥川賞を受賞した石原は、まだ一橋大学の学生。

そのデビューは鮮烈だった。

まず、出版されるや30万部の大ヒットを記録。

「太陽族」という流行語が生まれ、「慎太郎刈り」なるヘアスタイルが流行。

『太陽の季節』は映画化され、弟の石原裕次郎はそこで映画デビュー。

芥川賞史上において、ここまでセンセーショナルなデビューを飾った作家はいなかった。

そして、ここまで世間に「芥川賞」を知らしめた作家もいなかった

そういう意味で、現代の「芥川賞」の知名度の高さには、間違いなく石原の功績がある。

その後の石原は、小説を書いたり、戯曲を書いたり、映画を撮ったり、日生劇場立ち上げに加わったりと、その活動の幅を広げていった。

そして、35歳で衆議院議員に当選。

政治家と小説家という2足のわらじをはき、1999年に東京都知事となる。

1996年1月 ~ 2012年1月まで、芥川賞の選考委員もつとめた。

作品について

『太陽の季節』を一言で言えば、「とにかくアンモラルな作品」である。

ここまで多くの賛否を呼んだ問題作は、当時の芥川史上で珍しかった。

実際に、選考委員の佐藤春夫は作品の「反倫理的」な点を上げて、

「作者の美的節度の欠如に、嫌悪感を禁じ得なかった」

と痛烈に批判している。

主人公の「竜哉」は享楽的な日々を愉しむ高校生。

街で女性をナンパしたり、クラブで遊んだりする日々。

そんなある日、いつものようにナンパして出会った女性が「英子」だった。

初めは彼女に肉体だけを求めていた竜哉だったが、恋愛感情が芽生える。

それは、英子が他の男といるところを見ると、激しく嫉妬するほどだった。

ところが、英子が竜哉につきまとうようになると、今度は逆に嫌気がさし始める。

そして、英子に関心をもつ兄・道久に、彼女を5000円で売りつけるのだった。

その他にも妊娠、中絶、死などセンセーショナルな内容が、作品には盛り込まれている。

竜哉たちが壊そうとしているのは、「大人達の世界」であり、「既存のモラル」である。

たしかに『太陽の季節』は、これまでの文学と異質だ。

ここまでの芥川賞は「第三の新人」と呼ばれた連中の受賞が続いていたが、彼らの私小説的作品と『太陽の季節』は明らかな一線を画していた

そして、その反倫理的な内容に嫌悪感を抱く読者も多かった

とはいえ、1970年代になると、村上龍『限りなく透明に近いブルー』が登場し、そのむき出しの暴力と性描写によって、文学シーンに再び衝撃を与えることになる。

そういう意味でも、石原慎太郎はポスト「第三の新人」ともいえる作家であり、『太陽の季節』は新たな文学の幕開けを予感させる作品だったと言えるだろう。

 

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『裸の王様』(開高健)1957年

作者について

開高健は、大阪市立大学に在学中に小説の執筆や翻訳をしていた。

卒業後は「サントリー」に入社しコピーライターをしつつ、小説家としても活躍。

『裸の王様』は第38回の芥川賞の候補に上がったが、大江健三郎の『死者の奢り』も同じく候補として上がった。

「開高健か、大江健三郎か」

この頃すでに2人の評価は高く、石原慎太郎以来の注目を集めた。

選考委員の中村光夫は、

「予期通り、開高か大江かどうかになったが、決定に骨が折れた」

といい、井上靖は、

「開高と大江の2作が際立っていたので、他の候補作はみな影が薄く感じられた」

といっている。

軍配は開高健に上げられた。

そして芥川賞受賞後、開高健はまたたく間に売れっ子作家となり、サントリーを退社。

その後は行動派の作家として、中国、イスラエル、ソ連、フランス、多数の国々へ赴き、「事件」の渦中に飛びこんでは、ルポや小説を執筆していった。

作品について

言うまでもないが「裸の大様」は、もともとアンデルセンのお話で

  • 「想像力の欠如した大人たち」
  • 「権力に媚びへつらう大人たち」
  • 「同調圧力に屈した大人たち」

を風刺した童話である。

開高健の作品も、そんな大人達を風刺・批判しており、まさしく現代版の『裸の王様』といえる趣だ。

主人公は画塾を営む「ぼく」

そこに「太田太郎」という少年が絵をならいにやって来る。

だけど、少年は絵に関心がないらしい。

書く絵も、明らかに面白みのない類型的なものだった。

そこで「ぼく」はあえて太郎に絵を描かせずに、創造力を養わせようとする。

こんな風に、「ぼく」は子ども達の「自由な創造力」を育てようとするわけだ。

だけど、周囲の俗物たちがそれを妨げる。

実は、太郎の父は絵の具会社の社長だった。

しかも「ぼく」は、その会社から絵の具を仕入れている。

あるとき「ぼく」と協力して、全国的な絵のコンクールを開催する。

「ぼく」は、

「決して会社の宣伝事業にしないでくれ」

と、子どもたちの自由な創作を尊重することを社長らに約束させた。

しかし、ふたを開けてみれば、その約束は見事に裏切られていた。

失望する「ぼく」は、コンクールの審査員らに、ある絵を見せた。

それは社長の息子「太郎」の絵だった。

名前は伏せて「ある応募作品」として見せたのである。

子どもらしい自由な創造のもと描かれた、太郎の作品・・・・・・

しかし、審査員らはその絵に対して非難をし始める。

その態度に反感を抱いた「ぼく」は、その絵の真実を――つまり、その絵が「社長の息子」の絵であることを伝えるのだった。

まさに審査員たちは「裸の大様」に媚びへつらう召使さながらなのである。

こんな風に開高健は、「権力」にへつらう俗物らを批判している。

世俗的な社会や不条理の中でも、人間の尊厳を失ってはいけない、そんなメッセージがこの作品にあるのだ。

『飼育』(大江健三郎)1958年

作者について

大江健三郎は、東京大学ではフランス文学を学び、サルトルに傾倒。

卒論もまた「サルトルの小説のイメージについて」であった。

在学中に発表した『奇妙な仕事』で注目され、『死者の奢り』で芥川賞候補となる。

選考委員の川端康成が大江をプッシュしたものの、この時は開高健の『裸の王様』が受賞した。

だが、これをきっかけとして、大江は一挙に注目され、流行作家へとのし上がる。

そして、翌年に『飼育』で再び芥川賞の候補になる。

しかし、選考委員たちは『飼育』を推すことにためらうのだった。

彼らが口をそろえて言うのは、

「大江健三郎は、すでに新人ではないんじゃないか」

ということだった。

改めていうまでもないが、芥川賞とは「新人賞」である。

中村光夫は、

「候補作の中では、抜群の出来だ」 

と前置きをした上で、

「大江氏のようにすでに流行児といって良い作家に、この賞を改めて受賞するのは適切なのか」

という逡巡を述べている。

このことは、作家としての大江が異次元レベルの早熟であったことを意味している。

しかし結局、その圧倒的な作品によって、ほぼ満場一致での受賞となった。

23歳の受賞は当時としての最年少記録であり、石原慎太郎、開高健らに次ぐ新世代の作家として注目を集めた。

大江の作品は、やはりサルトルの「実存主義」の影響が強い。

特に、初期の作品には、閉塞した環境で生きる人間の姿を描いたものが多い。

『死者の奢り』や『飼育』は、まさしくその好例だろう。

作風に変化が訪れるのは、大江に長男「光」が誕生してからだと言われている。

長男は知的障害をもっていた。

一度は息子の死を願いながらも、大江は息子を受け入れていく。

そして、そんな光との共生について、たびたび小説に書いた。

その代表作といえるのが『新しい人よ眼ざめよ』である。

その一方では『ヒロシマ・ノート』など、戦争の悲惨さを訴える作品も残している。

さらに、代表作『万延元年のフットボール』は、戦後文学の最高傑作としての呼び声が高い。

1994年、大江59歳の時にノーベル文学賞を受賞。

日本人の受賞は川端康成に次ぐ2人目。

芥川賞の選考を思い返せば川端が大江を強く推していたわけだが、おそらくそれも偶然ではないのだろう。

なお、ノーベル賞受賞の理由はこうだった。

「詩的な力によって人生と神話が混ざり合った創造の世界を作り上げ、そおに見るものを混乱させるように苦境に立つ現代人の姿を描いている」

作品について

後期の大江の作品は、政治的な色が強かったり観念的だったりと、正直とっつきにくい作品が多い。

ただ、初期の『死者の奢り』と『飼育』はまったくそんなことはない。

というより、率直に言ってメチャクチャ面白い

そして、圧倒的、すさまじい。

文体にも力があって、洗練された比喩表現なんかも多用され、若き大江の熱情と気概がよく現れていると思う。

しかも、その力強い文体が実存主義的なテーマと絶妙にマッチしているのだ。

『飼育』は一言で言えば、少年「僕」が一人の黒人兵を「飼う」話だ。

「僕」はとある村で父と弟と3人で暮らしている。

ある日、アメリカ軍の飛行機が墜落するのだが、生き延びた黒人兵を見つける。

「僕」はその黒人兵を捕虜として倉庫に置き、まるで「獣のように飼う」ことに決める。

そして、次第に「僕」と黒人兵との間に人間的な触れ合いが生まれていく。

だが、そんなある日、県の指令で黒人兵の移送が決まる。

黒人兵は「僕」を人質にして暴れ始める……

と、いった話なのだが、この作品の熱量は言葉では到底説明することはできない。

ぜひ、実際に手に取って読んでみることをオススメしたい。

芥川賞史上、間違いなくトップレベルの作品だと思う

『飼育』を読むらな併せて『死者の驕り』も読むべきだろう。

( というよりも、ぼくは断然『死者の奢り』の方を推す )

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