【ホラー系、気持ち悪い系】おすすめ芥川賞作品 5選 ―中級編②―

芥川賞
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「暗い・怖い」作品を5つに厳選

芥川賞は毎年、夏1回冬1回、受賞作品が決定される、日本で1番有名な文学賞だ。

読みやすく面白い作品、テーマが深く哲学的な作品、洗練された文章が魅力な作品、その性格は様々である。

前回は主に中級者の方向けに【ハートウォーミング・日常系】おすすめ芥川賞作品 5選 ―中級編①―で、親しみやすいオススメ作品を紹介した。

今回はあえて、決して万人受けしないような「ネガティブな作品」をピックアップしてみた。

暗くて、怖くて、鬱々と、じめじめドロドロした作品……

読み終えて、あーすっきり、とか間違いなくないが、だからこその読みごたえはある。

「怖いもの見たさ」感覚で、ぜひどうぞ。

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第5位『夜と霧の隅で』(北杜夫)

人間が持つ“暗部”を描く

1960年の受賞作。

いきなり、やや古めの作品を紹介したい。

知らない人も多いと思うので、まずは作者の紹介を簡単に。

父は、歌人で精神科医の斎藤茂吉。

そんな父の背中を追うように、北杜夫もまた文学と医学の道を歩んだ。

学生時代の北はトーマス・マンという作家と出会い心酔。

文学への思いを強めていった。

東北大学医学部を卒業した北は、慶応大学病院などで精神科医として勤務する。

医師として働く傍らで、処女作『幽霊』を執筆し自費出版する。(ちなみに、売れ行きはたったの13部だったという)

やがて作家として注目されるきっかけが訪れる。

彼は水産庁の漁業調査船の船医となって各国をめぐり、その時の経験を軽妙な筆致で作品に描いた。

それが有名な『どくとるマンボウ航海記』で、出版するや瞬く間にベストセラーとなる。

そして同年、33歳のころ『夜と霧の隅で』で第43回芥川賞を受賞選考委員から絶大な賛辞が送られた。

  • 中村光夫「確かな才能を感じる力作」
  • 丹羽文雄「候補作の中で一際すぐれていた」
  • 井伏鱒二「大きく伸びつつある作家だ」

さて、いよいよ作品の紹介をするが、この作品はある古典的名著を下敷きにしている。

『夜と霧』という作品だ。

これは、フランクルという精神科医による作品で、第二次世界大戦中のアウシュビッツの現実を克明に描いたものだ。

北の『夜と霧の隅で』は、同じ時代、同じドイツで起きた事件を題材にしている

舞台はとある精神病院。

そこに1人の日本人の男が入院していた。

彼の名前は「高島」

彼は妻がナチスに拘束されたことがきっかけで、精神が錯乱。

妄想めいたことを口走るようになったため、1年ほど前から、この精神病院に入院していた。

そんなある日、精神病院に対して、ナチスから命令が下る。

その内容は「精神病患者を安楽死させろ」というものだった。

医師たちは、なんとか患者を治癒しようとあらゆる治療をほどこすが成果はでない。

そしてついに、絶望的な脳手術を行うにいたる。

こんな風に『夜と霧の隅で』で扱われるテーマは、あまりに暗くて重い。

人間の残酷さ、尊厳を奪う行為、極限下での人間の心理、そして自己矛盾・・・・・・

それらはあの『夜と霧』でも描かれていた「人間の真実の姿」であるが、北杜夫は『夜と霧の隅で』において、それを透明感のある端正な文体で印象深く描いている。

救いのない暗澹とした物語ではあるが、読む者の心をつかんで離さない。

精神科医による、本格的な「心理小説」と言えるだろう。

第4位『爪と目』(藤野可織)

選考会も戦慄“純文学ホラー”

2013年の受賞作。

この本が発売されたとき、帯には「純文学ホラー」とデカデカと書かれていた。

ホラー要素の濃い文学作品は世の中にたくさん出回っているが、純文学、しかも芥川賞となると、その数はかなり限られてくる。

ということで、今回、紹介する『爪と目』は、過去いちばん新しい「ホラー系純文学」ということになる。

では、何がホラーなのか。

まずその設定だ。

  • 語り手は3歳の女の子「わたし」
  • 語りかける相手は父親の不倫相手で、実母の死後やってきた後妻「あなた」

どうだろう。

確かに、不穏な空気がただよっている感じはする。

とはいえ、実は、「女の子による語り」も「父親の不倫」も、文学的にはとくに珍しいものではない。

じゃあ、いったい何が他の作品と違ったのか。

それは実際に読んで見ると分かるだろう。

この語り手の「わたし」何かが変なのだ

なんだろう、この語り手。

どこか信用できない。

言葉にできない不気味さがある。

そう思いながら読み進めていくと、次第にその理由が分かってくる。

この「わたし」、3歳とは思えないほど、論理的で、理路整然と、「あなた」について分析しているのだ

しかも、「あなた」について、絶対に見聞きできないことまで、すべて「わたし」は知っている

どうやら、「わたし」は、時空を越えた、超越的な目の持ち主なのだ。

いったい「わたし」は何者なのだろうか。

じつは、この『爪と目』、もっとも注目されたのが、この語り手の設定と、その文体だった

選考委員らはこの小説を「2人称小説」と呼び、その新しい文体と設定とを高く評価した。

選考委員の島田俊彦は、

「成功例の少ない二人称小説としては、例外的にうまくいっている」

としてた上で「文句なく、藤野可織の最高傑作である」と大絶賛している。

ちなみに、作者の藤野自身は「ホラー好き」を公言していて、芥川賞の選考当日も編集者らとホラー映画を見て待っていたという筋金入り。

最後に、出版社のキャッチコピーを紹介しておこう。

「あなた」のわるい目が、コンタクトレンズ越しに見ている世界。

それを「わたし」の目と、ギザギザの爪で、正しいものに、変えてもいいですか?

「わたし」には「爪」をかむ癖があり、その爪は常にイビツでギザギザしている。

そしてタイトルの「目」とは、当然、継母である「あなた」の目である。

おしりの辺りがムズムズするのは僕だけじゃないはず。

第3位『共喰い』(田中慎弥)

逃れられない“血”という宿命

2011年の受賞作。

芥川賞の名物として「会見のインパクト」というものがる。

作家の受け応えは独特なものが多く、まさに十人十色である。

「作品と作家は関係ない」

と、ドヤ顔で言ってみても、なんだかんだで、「この作品を書いた人って、どんな人なんだろう」と興味を抱いてしまうもの。

ギャップがあればソレはソレで面白く、ギャップがなければ、ソレはソレで、やっぱり面白い。

さて、本作『共喰い』の作者、田中慎弥の記者会見は? というと、作品のイメージのまんま。(気になる人は、動画検索してみてほしい)

猫背気味の中年男が現れるや、ふてぶてしく不機嫌そうに、終始辺りをねめつける。

そんな彼の、最初の一言はというと、

「(芥川賞は)自分がもらってあたりまえ」

といった主旨。続いて、

「(しょうがないから、芥川賞を)もらっといてやる」

と言い放つ。

挙げ句に「(こんな会見)とっとと終わりにしましょうよ」

である。

この会見は、賛否さまざまにあるのだが、なんというか、個人的に「この作品の作者らしいなあ」とぼくは感じた。

さて、作品の話をしよう。

作者のように、この作品をまとう空気も不快感に満ちている。

  • 異臭を放つ川。
  • ゴミやガラクタ。
  • 病的な犬。
  • バケモノのような売春婦。
  • 主人公は、そんな環境に閉じ込められた17歳の少年「遠馬」。
  • 彼の父は愛人とのセックスにふけり、相手の首を絞めるなどのDVをはたらく。
  • 遠馬にも「千種」という恋人がいた。
  • 2人はセックスをするのだが、遠馬もまた彼女に暴力を振るってしまう。
  • 自分の中にも暴力的な「父」がいたのだ。
  • 遠馬はそのことに気づき、不可解な自分自身に恐怖する……

と、もう、これだけでお腹いっぱいになるだろう。

とにかく、『共喰い』では暗くてジメジメして鬱々とした世界が描かれていく

では、作者は一体何を書きたかったのだろう、と考えてみる。それは、

逃れられない「血」の問題であり、親子という宿命だろう。

親子問題は、今も昔も、西も東も、とにかく人間が抱えるもっとも普遍的な問題といえる。

どんなに、嫌悪しても、呪っても、逃れようとしても、決して逃れることができない。

それが血であり、親というものだ。

『共喰い』とは、そういうことを、不快感たっぷりに突きつけてくる息苦しい作品だ。

広島弁の会話文、硬質な地の文、その二つが絡まりあい、田舎の暗鬱さや閉塞感を際立てている。

『共喰い』という動物的なタイトルも、人間のむき出しの姿を描いた、この作品にぴったりだ。

おもいっきりドロドロした文学を読んで見たい人におすすめ。

 

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第2位『土の中の子供』(中村文則)

世界が認める“不条理の文学”

2005年の受賞作。

中村文則は、2014年にアメリカの「David L.Goodis賞」を日本人で初めて受賞している。

彼は、今回紹介する中で、最も世界から評価されている作家だといっていい。

なぜ、彼の文学は世界で評価されるのか。

それは、彼の文学が普遍的なテーマを扱っているからなのだろう。

そのテーマとは「この世界の不条理」「人間の自由意志」だ。

と聞いて、「ああ、ムリムリ」と思った方も多くいるかも知れない。

だけど、この「不条理」や「自由意志」は文学の宿命ともいえるテーマなのである。

世界に目を向けてみれば、ドストエフスキーとか、カミュとか、カフカといった、ラスボス級の作家達が、このテーマと格闘してきた歴史がある。

中村文則は、これらラスボス級の文豪達の影響を強く受けた作家なのだ。

そして、彼の作品の多くが翻訳されていて、海外の有名文学賞を受賞をしてもいる。

だから「本格的な文学を読んでみたい」と、思いつつ、「でも、ドストエフスキーとか、カミュとか無理」と思う人には、中村文則はオススメの作家なのだ。

さて、作品の話をしよう。

  • 主人公は27歳のタクシードライバー。
  • 幼少期に親から捨てられ、里親から虐待を受けて育つ。
  • 深い森の土の中に埋められたという強烈なトラウマを持つ。

タイトルの『土の中の子供』は、ここに由来している。

ここで、「不条理」について、ちょっと説明させて欲しい。

ぼくたちは、生まれてくる時代も、場所も、選べない。

なぜか、この時代に、ここ日本の、この地域の、この家族のもと、この自分の身体で、この自分の意識を経験しながら、生きている。

考えてみれば、不思議だと思わないか。

「思わない」と思う人は、現状にある程度満足できている、恵まれている人なのかもしれない。

ここで、「もし自分がこの主人公のような境遇だったら」と想像してほしい。

耐えられないほど苦しくて不幸な人生……

どうして自分が? 

この人生にはどんな意味が?

きっとあなたは、そう問わずにいられない。

だけど、それを背負ってしまったのには、あなたの落ち度なんて1ミリもないのだ。

「世界の不条理」や「自分の運命」が人生の主題として立ち上がってくるのは、こうした苦しみや悲しみに直面したときだ。

そして、苦しみや悲しみに直面しない人など、この世に存在しない。

いまは幸せだとしても、いつか必ず、苦しみや悲しみはやってくる。

だからこそ、「不条理」は人間にとって永遠不変のテーマなのだ

そして、中村文則のほとんどの作品は、この「不条理」や「人間の運命」をテーマにしている。

代表作の『銃』『遮光』『掏摸』『王国』も、そして受賞作の『土の中の子供』もそう。

日本の現代作家による本格的な「不条理の文学」、ぜひご一読を。

第1位『苦役列車』(西村賢太)

孤独な童貞が社会に吐き出す”ゲロ”

2010年の受賞作。

あれは忘れもしない、受賞会見。

あの日も記者たちによる、テンプレ通りの質問が飛び交っていた。

決して清潔感があるとはいえない出で立ちで登場した西村賢太は、なんとも言えないアンニュイな態度で、その質問の一つ一つに答えていた。

「受賞を聞いたとき、何をしていましたか?」

その質問に対して、西村賢太は臆面もなく、次のように言い放った。

「そろそろ、風俗に行こうかなっておもってました」

もう、なんというか、いろいろと吹っ切れている作家なのがお分かりいただけるだろう。

受賞作『苦役列車』は、昨今の受賞作の中で、ダントツといっていい、黒く怪しげな光を放っている。

  • 主人公は19歳の北町貫多。
  • 彼には暗い過去がある。
  • 幼い頃、父が性犯罪をおかし、家庭が崩壊したのだ。
  • 貧しい家庭で育った彼。
  • 最終学歴は中卒で、今は薄給の日雇い労者者だ。
  • そして、童貞の彼には友達も彼女もいない。
  • 唯一の楽しみは、少ない給料で通う激安風俗。
  • 彼は世間と社会を呪い、心のなかで悪態をつきまくっている。

と、ここまで書けば、もう十分だろう。

あとは、本書を手にして、存分に北町貫多の吐き出す「ゲロ」を味わってほしい。

ここでは、もう少し、この作家の文学史上の位置づけについて紹介したい。

じつは、西村賢太、彼自身も中卒で、日雇い労働経験者、上記の通り風俗好き、そして彼の父もまた性犯罪で逮捕されているのだ

つまり、この作品はほぼ、西村賢太の経験に基づいている。

こういうのを私小説(リアリズム小説)と呼ぶのだが、ここまで本格的な私小説は、昨今の受賞作の中で とても珍しい。

ちょっと込み入った話になるが、近代文学の一時期、この「私小説」という形式がとても流行っていた。

小説 = 私小説 = 自分自身の醜さを余すところなく暴露。

そんな風潮があった。

作家達があまりに私生活をあけすけと暴露するので、その家族や親せきに迷惑が及んでしまう、なんてことが日常茶飯事。

そんな時代があったのだ。

そして、西村賢太という作家は、まさに彼らにインスパイアされているのだ

彼は、私小説という形式を選択し、「徹底して自分自身の弱さ・醜さ」を北町貫太に投影している。

実際に彼が作家として影響を受けたのは「葛西善蔵」という破滅型私小説のドンと、「田中秀光」という繊細で弱すぎる自らの心の様を告白した作家だった。

ちなみに、田中秀光は太宰治の弟子。

太宰の死後、太宰の墓の前で自殺をした作家だ。

そんな、伝統的な破滅型私小説の流れをくむ、現代の破滅の王様

それが西村賢太なのだ。

ちなみに、文章力、表現力は抜群で、とても中卒とは思えない。

彼は、それくらい、本を読んできたのだろう。

言い換えれば、文学に救いを求めてきたということだ。

ぜひ、彼の本を手に取ってほしい。

彼に興味をもった人たちは、「西村賢太」と検索してみると思う。

すると、「クズ過ぎる作家」なんていうカンムリがくっついたページが沢山でてくる。

クズがなんぼのもんじゃい。

文学なんて「クズ」が吐き出すゲロだったのだ、もともと。

文学へのリスペクト。

間違いなく西村寛太は、他のどんな作家より、それを強く持っている。

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以下の記事で、さらに作品を紹介している。

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