考察・感想『火花』(又吉直樹)ーお笑いとは何か、人間とは何かー

文学

作者 又吉直樹について

改めて紹介不要だと思うが、作者の又吉直樹は人気お笑い芸人である。

そして、彼の代表作にして、芥川賞受賞作がこちら。

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もっとも有名な芥川賞作品だと言っていい。

その理由は作者がお笑い芸人であることと、芥川賞受賞作では歴代発行部数 第2位を誇ることだ。

本に興味がわかない人々を、読書の世界に引き込んだ又吉の功績はとても大きいと思う。

一部、ネットで「芸人が書いた小説だから芥川賞とれたんでしょ?」

といった声を目にするが、とんでもない。

「又吉の文学力なめんな」である。

ぼくは、いろんな番組で「文学」を語る又吉を見てきたが、彼が文学と誠実に向き合ってきた人であることがわかるし、彼が愛好する作家や本も、とても信頼できるものばかりだ。

「優れた書き手は、優れた読み手でもある」

太宰治や芥川龍之介がまさしくそうだったように、これこそ文学にまつわる真理だと思う。

また、彼のインタビューを読むと分かるように、又吉はお笑い芸人として「言葉」と背実に向き合っている。【 又吉直樹が受賞前に語った『火花』創作秘話「小説もお笑いも共通する部分がある」

そういう意味でも、又吉は作家としての資質が十分備わっていると言える。

今回は、そんな彼の作品『火花』について、思うところを書いてみようと思う。

登場人物・あらすじ

まず主要な登場人物を以下にまとめる。

【 徳永 】 
20歳の主人公。売れない若手芸人。お笑いコンビ「スパークス」のボケ。熱海の花火大会で 先輩芸人神谷と出会い 弟子入り。
【 神谷 】 
24歳の売れない若手芸人。お笑いコンビ「あほんだら」のボケ。お笑いに対する独自の哲学を持っていて、徳永に影響を与える。プライベートでは真樹という女性のヒモ状態。
【 真樹 】 
神谷を住ませ養っている。一見、恋人かと思いきや、神谷とは付き合っていない。
【 山下 】 
お笑いコンビ「スパークス」のツッコミ。徳永にコンビ解散を持ちかける。
【 大林 】 
お笑いコンビ「あほんだら」のツッコミ。

次にあらすじを簡単にまとめる。

徳永は熱海の花火大会で、先輩芸人神谷と出会う。独自の哲学を持つ神谷に引かれた徳永は、神谷に弟子入りをする。徳永の「スパークス」は少しずつ結果を出すものの、売れない苦しい日々が続く。ある日、相方の山下から「スパークス」解散を持ちかけられる。「スパークス」は解散が決まり、徳永と山下は最後のライブに立つ。

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又吉の力量

又吉の力量についても簡単に紹介したい。

目を引くのは作品の冒頭

大地を震わす和太鼓の律動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた。

この一文から、ぼくは又吉の、文章と誠実に向き合おうとする姿勢を感じた。

この後、数行に渡り、うだつの上がらない主人公の姿が見事に表現されており、読者は作品の世界に一気に引き込まれる。

その後の、壮大で華やかな花火とのコントラストを通して、主人公の悲哀を強調させる、又吉の筆致も見事

又吉の非凡な才能は評判通りだ。

ただし、ページを繰るごとに文体が砕けていくのは、賛否の分かれる所かも知れない。

たしかに読みやすくはなるのだが、ぼく個人として、冒頭の緊張感のある文体がずっと続いて欲しかった。

ちなみに、序盤の「徳永と神谷の出会い」のシーン。

ここは、夏目漱石著『こころ』における「先生」と「私」の出会いを彷彿とさせる

純文学に傾倒してきた又吉が『こころ』のこのシーンを知らないはずはない。

舞台が海岸沿いであることからも、又吉は『こころ』から構想を得たのかもしれない。

実際、徳永が神谷の哲学を聞くにつれて彼に惹かれていく様は『こころ』のそれと同様だ。

以上のように、作品の冒頭からして、作家又吉の力量がほとばしっているといっていい。

それから、印象的なフレーズも紹介しておきたい。

「東京には、全員他人の夜がある。」

「おもしろいもの」をひたすら追及する神谷の自然体な姿こそ、徳永の理想であり憧れである。

しかし、徳永は社会規範を気にするため、あるいは生活を守るため自身の理想を追いきれずに葛藤していく。

そして、その苦悩を、誰とも分かち合うことができない。

それは どの芸人であっても同じなのだろう。

芸人それぞれが、癒えない苦しみと孤独を抱えている。

そんな現実を「全員他人の夜」と表現した又吉のことば選びにうならされる。

又吉は、日の当たらない若手芸人達の舞台裏にスポットを当てることで、理想と現実の狭間で苦悩する人間の姿を見事に描いている。

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タイトル『火花』の意味とは

さて、タイトル「火花」とは、おそらく徳永のコンビ名「スパーク」を表している。

だけど、きっとそれだけではない。

「火花」が本当に意味しているもの、それは、

はかなくも、力強く生きようとする芸人「個人」なのだと思う。

作品の冒頭で、徳永はこう言っている。

矮小な自分に落胆していたのだけど、僕が絶望するまで追い詰められなかったのは、自然や花火に圧倒的な敬意を抱いていたからという、なんとも平凡な理由によるものだった。」

徳永は壮大な花火の前では無力で小さな存在である。

また、一方で、花火に対して圧倒的な敬意も抱いている。

そもそも「花火」とは一つ一つの「火花」によって成り立っている。

遠目に壮大で華やかな「花火」を近づいてみれば、一つ一つの小さな「火花」の集合なのだと気づく

この火花が「芸人個人」の比喩であるとすれば、それにより成り立つ花火とはなんだろう。

それは、「漫才」という世界観とその歴史である。

徳永にとって、「花火」は敬意の対象であるのと同様に、「漫才」そのものも敬意の対象なのである。

ちなみに、徳永の師である神谷もこういっている。

「一組だけしかおらんかったら、(漫才は)絶対にそんなに面白くなってないと思うで。だから一回でも舞台に立った奴は絶対に必要やってん。」

作者、又吉の「お笑い」や「漫才」、そしてそれを形作ってきた「芸人1人1人」に対する敬意は、徳永と神谷の口を借りて語られていると言って良い。

そして、小説のクライマックスも、とても感動的だ。

思っていることと反対のことを全力でいう、「逆説漫才」の場面である。

ここで徳永は、自らの「芸人としての尊厳」を取り戻すかのように何度も何度も叫ぶ。

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」

連呼する徳永の、どうにもならない屈折した感情が妙に胸に迫り、ぼくはここで涙が出た。

この時、徳永は、自身の存在と苦悩に満ちた日々が、「漫才」という歴史に寄与していたことに気付いている。

徳永が「死ね!」に込めた感情とは、いったい何なのだろうか。

ここは、いろんな解釈もできる箇所で、「うまいなあ」と感心させられる。

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個人的に「ウーン」な部分

さて、「この作品がすばらしいこと」を前提に、ぼくの個人的なウーンについて書こうと思う。

それは、神谷が豊胸する結末だ。

結末がウーンということで、ぼくのトータルの満足度もやや下がり気味になってしまった。

深遠な哲学を持っていたのに、純粋すぎるほど笑いを追求してきたのに、神谷の威厳はここにおいて一気に失われ、なんというか俗物に成り下がっている(もっとも物語が進むにつれて彼の威厳は徐々に失われてきたのだけど)。

徳永が当初感じていた神谷に対する畏敬の念など、もはやここでは微塵もない。

神谷を豊胸手術させてまで又吉が表現したかったものは一体何だったのだろう

「生きている限りバッドエンドはない。僕たちはまだ途中だ。これから続きをやるのだ。」

じつは、最後のこの記述も性急だなあと感じてしまう。

それを言わないで表現するのが、文学じゃないのかなと思う。

せっかく、それを言わずにここまできて、「死ね! 死ね!」漫才でクライマックスを迎えたのに、最後にこれかよーと、ちょっと残念に思った。

とはいえ、ぼくのこの残念な気持ちを友人に語ったところ、

「そう? おれは、豊胸のシーン良かったけど。アレでしょ? 神谷は両性具有になったってことでしょ?」

みたいに、評価しているヤツもいたし。

1番よかったのは、『生きてる限り、バッドエンドはない』のところだなあ

というヤツもいた。

この辺はみんな感じるところは様々だと思うので、ぜひ実際に原作を呼んで判断してみてほしい。

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