「テーマ深い作品」を5つに厳選
以前の記事【 【本当におもしろい】おすすめ芥川賞作品5選 ー初級編①ー】で、「おもしろい作品ベスト5」を紹介した。
そちらの中から、全部、あるいは数冊読んで、
「もっと他の受賞作を読んでみたい」
「もっと読み応えのあるものに挑戦したい」
と感じている人も多いと思う。
そんな人たちに向けて、「テーマが深く、読み応えのある作品」を5つ厳選してみた。
今回もランキング形式で紹介する。
読みごたえがありつつ読みやすいものかりなので「純文学」になじみがないって人にオススメ。
第5位『スクラップ・アンド・ビルド』(羽田圭介)
“殺す”と“死なす”は何が違う?
2015年の受賞作。
この作品は、又吉の『火花』と並んでの同時受賞だった。
話題をぜんぶ又吉に持っていかれた形の羽田圭介……
だけど、彼はその後も佳作をつぎつぎと生み出し、作家としての地位をしっかり確立した。
作家デビューは17歳という、実力派としての面目であろう。
最近でも、メディアにバンバン出演していて、その独特の人間性も多くの人たちにウケている。
さて、本作についてだが、「介護」をモチーフにしている。
介護かよー
と、やや重苦しい印象を持つ人も多いかも知れない、が、そんじょそこらの「介護」ものと一緒にしないでほしい。
というのも、この物語の設定がとても独特だからだ。それは、
「死にたい」という祖父に対して、孫が「死なせるための介護」を計画・実践していく
といものだ。
その方法は、「必要以上に親身に介護をする」こと。
祖父の体に負荷をかけないことで、逆にじわじわと死に近づけるってわけだ。
だから孫の行為は、殺人ではなく、あくまでも「介護」なのである。
が、やはりここで不思議なひひっかかりを感じてしまう。それは、
「殺すのはだめなのに、どうして死なすのはオッケーなの?」
というものだ。
この問いは、まさに現代の安楽死問題とも通じている。
「祖父のため」に「殺すこと」はNGで、「死なすこと」はOK。
「殺すこと」と「死なすこと」って、いったいどう違うのだろう。
また、祖父のためとはいえ、「祖父を死なす」ことって、ほんとに正しいことなのだろうか。
改めてそれらを問うてみても、なかなか答えは出ない。
孫がやっていることは、結局のところ「老い」を嫌悪する彼自身のエゴに過ぎないんじゃないかとぼくは思うのだが、そのあたりは議論が分かれるところだろう。
ぜひ、実際に本書を手に取って評価してみてほしい。
本書は人間の老い、孤独、生、死などをテーマに、ぼくたちの目を背けたくなる現実を描いた作品だ。
ただ、「ストーリーとして、すごいおもしろいか?」 と聞かれると、「うーん、そうでもないかな」と、ぼくは答える。
とはいえ、テーマはとにかく興味深いので、本を読む手を止めたり考えたりして、じっくり読書したいって人にはおすすめ。
第4位『異類婚姻譚』(本谷有希子)
結婚なんて全部“異類婚”
2015年の受賞作。
まず、このタイトルが秀逸だ。
“異類婚姻譚”とは一般的には民話の1ジャンルのことで、人間が動物とか、鬼とか、妖怪とかと結婚をする物語のことである。
だけど、そもそも結婚って全くの他者同士で行うものなわけで、とすれば、人間の婚姻関係だって、その本質は「異類婚姻」といえるのではないだろうか。
本書は、読者に「婚姻関係」の本質を問うているのかもしれない。
「ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気づいた。」
物語はこのように始まる。
- 主人公は専業主婦の「サンちゃん」
- 旦那はこの上なくだらしない男で、家ではだらだらTVやゲーム三昧。
- そんな旦那との生活は、もう4年になる。
- ある日、サンちゃんは、自分の顔が旦那に似てきていることに気が付く。
- それからというもの、サンちゃんは旦那の顔を観察するようになる。
- すると、やはり「2人で1組」の夫婦の境界が曖昧になっているのだった。
「なんか、あんたたち、顔似てきたよねー」
こんなことを言われて喜ぶカップルを、僕は何度か見たことがあるが、そういうカップルって割といると思うのだけど、どうだろう。
そもそも恋愛ってのは「相手と混ざり合いたい」とか「一つになりたい」という欲求が根底にあると、僕は思っている。
だからこそ、彼らは「顔が似ている」と言われて、互いの“融合”を認められたような気になって喜ぶのだろう。
だけど、本当に「一体化」してしまったとしたら、それは喜ばしいことなのだろうか。
全く異なる「他人」同士が一つになることで、どんなことが起きてしまうのだろうか。
本書を読むと、そんなことを考えさせられる。
本書では、“夫婦の融合”が、ホラーチックに、毒っぽく、それでいてユーモラスに描かれていく。
舞台も現代だし、ディテールも日常的なものばかりだし、風景も現実そのものなのに、物語は徐々に奇妙で不思議な展開をみせていく。
そして驚きのラストシーン。
ここをどう解釈、どう評価するかが、本書の醍醐味といえるだろう。
選考委員の山田詠美は、
「何とも言えないおかしみと薄気味悪さと静かな哀しみのようなものが小説を魅力的にまとめ上げている」
と、作品を評価している。
作者の本谷有希子はもともと「演劇畑」の人。
20歳の頃「劇団 本谷有希子」を結成して、そのウェブサイトに小説を載せたところ編集者の目に留まり、作家デビュー。
3代純文学賞と呼ばれている、芥川賞、三島由紀夫賞、野間文芸新人賞を受賞し、見事三冠を達成した実力のある作家だ。
第3位『妊娠カレンダー』(小川洋子)
妊娠ってめでたいことなの?
1990年の受賞作。
さて、『妊娠カレンダー』だが、タイトルからこんな想像をするかもしれない、
妊娠にまつわるロマンや感動
生命の尊さや誕生の奇跡
こういう、作品も世の中になくはない。
むしろ、こっちのほうが多いと思う。
けれど、小川洋子の作品は、そんなシンプルな話ではない。
なぜなら「妊娠はめでたいこと」という社会通念に対して、主人公たちはどこまでも懐疑的だからだ。
彼女たちと新しい生命との間には距離がある。
どこか、冷めた目で、妊娠と新たな生命を眺めているのだ。
それは、命に対するリアリティの欠如が根っこにあるからなのだろう。
恵まれた暮らし、物質的な豊かさを得た日本人は、その一方で、大切なものも失いつつあるのかもしれない。
それは、身体性とか、生きる実感とか、リアリティとかいったものだ。
1990年代というのは、ほんとうに動乱の時代で、とくに1995年と聞けば、だれもがピンとくるだろう。
自らを「透明な存在」とした少年や、高学歴エリートたちが陥った集団狂気。
きっと、この時代に起きた様々な事件ってのは、物質的な豊かさと引き換えに生まれた、社会のひずみや、人々の心の貧しさが根本にあるのだと思う。
そういう時代の中で、必然的に生まれてくる文学というものがある。
小川洋子の『妊娠カレンダー』には、「失われた生の実感」といえるものが、主題にある。
実際に、続く2000年代にかけて、芥川賞受賞作で身体性を扱った金原ひとみ『蛇にピアス』、川上未映子『乳と卵』という流れがやってくる。
小川洋子は、時代の洞察力や、社会や人間に対する感覚が、作家としてとても鋭敏に働くのだろう。
「妊娠もの」の作品は世の中に結構あるが、『妊娠カレンダー』はやはり、ぼくたちに訴えるものが多い1冊だと思う。
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第2位『家族シネマ』(柳美里)
家族なんて全部“フィクション”
1996年の受賞作。
文学には「不条理」をテーマにしたものが多い。
歴代の芥川賞の中にも「不条理への戸惑い」をテーマにした作品があり、その1つが『家族シネマ』だ。
タイトル通り「家族」を扱った作品なのだが、やはり、この「家族」というのも、人によっては「不条理」の種になってしまうもの。
人は生まれてくる場所を選べない。
- 平和な家庭。
- やさしい両親
- 仲の良い兄弟。
そんな家族のもとに生まれた人は、きっと家族の絆を問うことはない。
家族の絆は、改めて確認するまでもなく、きっと強固なものだからだ。
ところが、
- 争いが絶えない家庭。
- 乱暴な両親。
- わかり合えない兄弟。
そんな家族のもとに生まれた人は、きっとこう思う。
「家族って何?」
「家族の絆って何?」
そして、ここに文学や思想が生まれる。
タイトルの『家族シネマ』・・・・・・この名前に、ドキッとする。
「シネマ」とは「映画」、つまり「フィクション」だ。
「家族なんてフィクションだよ」
そんな作者のシニカルなメッセージが、きっとこのタイトルには込められている。
この話は、
離散して壊れ果てた家族が20年ぶりに結集して「幸せな家族」を演じ映画を撮る、
というもの。
彼らは、カメラが回らないかぎり、必要以上にやりとりもしない。
カメラが回れば、仲良く会話を始めたり、罵倒を始めたりする。
一体何が演技で何が本心なのか分からない。
そんな奇妙な光景が繰り返されていく。
けれど、「じゃあ、ぼくたちの家族って奇妙じゃないの?」
と、その視点を自分自身に向けると、どうだろう。
すくなくとも、家族には「1つの演技」といえる側面がある。
世の中には、「家族の絆は永遠」とか「血のつながりは絶対」みたいな、「家族第一主義」という風潮がある。
- 「家族を一番に優先するべき」
- 「家族なんだから仲良くてあたりまえ」
- 「家族なんだから愛せてあたりまえ」
そういう論理かもしれない。
ただ、世の中には、そうしようにもできない家族というものがある。
頑張って、頑張って、家族を愛そうとしても、それができない人たちがいる。
そう、結局、家族なんて絆を保証されたものなんかではないのだ。
なにも、ぼくはニヒルな態度で、家族を否定しているわけではない。
もちろん、論理的に否定することはたやすい。
だけど、感情がそれをゆるさない。
やっぱり、どんなに論理で「家族ってフィクションでしょ?」と、考え詰めていったとしても、自分の感情が「だけど、お前は家族が大事なんだろ?」と、つよく抵抗をするのだ。
柳美里の作品にも、家族を問うて、「家族なんて虚構だ」といいつつも、やっぱり「家族を捨てられない」そんな主人公たちが登場する。
きっと、作者も、本当は家族というものの大切さを細胞レベルで感じているのだと思う。
第1位『乳と卵』(川上未映子)
哲学と文学 奇跡の融合
2007年の受賞作。
唐突だが、哲学の伝統的な問いに「どうしてわたしは、わたしなのか」という問いがある。
この「わたし」ってのは、たとえば「こころ」と呼ばれていて、そして「こころ」を生み出しているのは、頭の中にある「この脳」らしいことを科学は明らかにしている。
だけど、よく考えてみれば、これって不思議じゃないだろうか。
この世界には、今まさに約70億の人々が生きている。
言い換えれば、70億の脳が同時に存在しているということだ。
そして、その70億の脳が、それぞれの「わたし」を生み出している(らしい)。
その内の1つの脳によって、ぼくの「こころ」は存在している(らしい)。
ただ、そう考えていくと、不思議に思わないだろうか。
どうして、ぼくを生み出しているのは「あの脳でも、あの脳でも、あの脳でも、あの脳でも、あの脳でも……(×約70億)……あの脳でもなく」、この脳だったのだろう。
ぼくはそれが、不思議でならない。
そして、これが「どうしてわたしは、わたしなのか」という、哲学の伝統的な問いである。
前フリが長くなってしまったが、川上未映子の文学の根っこには、つねにこの哲学的な問いがある。
受賞作『乳と卵』も例外ではない。
- 主人公「緑子」は、この「わたしがわたしである」ことの不思議に捉えられた少女だ。
- 彼女は、自分の身体の変化に違和感と抵抗感を持っている。
- 思春期の少女は、胸が膨らみ、陰毛が生え、初潮がくる。
自分の意識とは無関係に変化していく身体は、新たな生命を生み出すための変化でもある。
「自分が存在すること」にも「自分が変化していくこと」にも「緑子」は強烈な戸惑いを抱いている。
自分も、存在も、変化も、自分で選んだものではない。
気がついたときには、なぜかそこにあって、理由もわからずに突きつけられたそれに、彼女はただただ戸惑うしかないのだ。
この出所不明、原因不明のものを「不条理」という。
そう、川上未映子の文学も「不条理」が根底にあるのだ。
さらに、この作品の特徴を語れば、その独特の文体である。
関西弁の饒舌体。
この「饒舌体」は、語り手の内面や自意識を表現するのに、とても効果的な文体だといえる。
『乳と卵』の最大の魅力は、この文体と「緑子」が抱える切実な問いとが絶妙にマッチし、ものすごい作品へと仕上がったという点だと思う。
『乳と卵』には、かたくるしい哲学書にはない、文学ならではの吸引力でもって、人々を引きつける強さがある。
そのすさまじさを、ぜひ体感してもらいたい。
【 参考 考察・解説『乳と卵』(川上未映子)ー存在と不条理を哲学する「文学」ー】
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以下の記事で、さらに作品を紹介している。
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