「個性的・独自の世界観」作品を5つ厳選
芥川賞作品の性格は様々だ。
読みやすく面白い作品、テーマが深く哲学的な作品、洗練された文章が魅力な作品などなど。
とはいえ一般的に「純文学」というと、
なんだか取っつきにくいなあ
と、感じる人も多いと思う。
その通り。
実際に、とっつきにくい作品というのは結構ある。
- クセの強い文体 。
- 不可解な登場人物。
- 凡人離れした発想。
- 独特の世界観。
そんな、ありていにいえば「万人受けしない」作品というのがある。
ただ、そういったクセの強い作品は、ある種の中毒性を持っていて「根強いファン」を獲得するものだ。
かくいう僕も、ここで紹介する作品の中毒性にやられた口だ。
ここでは、そんな中毒性のある個性的で独自の世界観をもつ作品を紹介したい。
第5位『日蝕』(平野啓一郎)
三島由紀夫の再来?
作者 平野敬一郎は、中学生のころに三島由紀夫の『金閣寺』と出会い衝撃を受けた。
彼の作家デビューを23歳のこと。
そのデビューは文学界における1つの「事件」だった。
平野啓一郎のデビューが いかにセンセーショナルだったかを教える、一つのキャッチコピーがある。
「三島由紀夫の再来と言うべき神童」
これは、本書『日蝕』の出版時、新潮社によって発信されたものだ。
デビューのいきさつは、こうだ。
当時の平野が新潮社に手紙と作品を送る。
それを読んだ編集長が感動。
すぐに掲載を決め、無名の新人の作品が全文掲載されることになる。
それが『日蝕』だった。
要するに、彼のデビュー作は新人賞を経由せずに「飛び級」よろしく文芸誌に掲載されたのである。
しかも、その作品がそのまま芥川賞を受賞。
選考委員も「近代小説の正統」との評価を与え、その完成度について ほぼすべての選考委員が認めるほど。
さて、ここでは作品の特徴をとりあげ、「三島由紀夫の再来」と言われた理由についてもう少し詳しく見ていきたい。
「三島の再来」と言われた理由は、大きく次の3つ。
- 凡人離れしたボキャブラリー
- 凡人離れした文体
- 凡人離れした衒学さ
パラパラっと本書を眺めてみると、きっと誰もがこう思う。
ルビ、多ッ!
そう、全体的にルビが多いのだ。
その理由は、重厚な漢語がふんだんに使用されているからだ。
さらに、彼の文体は、天才と呼ばれた日本の文豪たちをほうふつとさせる。
森鴎外や、夏目漱石や、三島由紀夫だ。
- 擬古文体(古文っぽいリズム)は鴎外を。
- 重厚な漢語の多用は漱石を。
- 歴史や神話や哲学への造詣は三島を。
ということで、一言でいって、めちゃくちゃ難しい。
「ここまで難しくする必要あるの?」って感じなのだが、こういう感じのことを「衒学的」とか「ペダンチック」とか言ったりする。
実際、三島由紀夫の作品は、かなりペダンチックだし、そういうのが少なからず、三島の評価を高めていると考えれば、平野啓一郎が「三島由紀夫の再来」と言われて、評価されたというのもうなずける。(とはいえ、「三島の再来だなんて言い過ぎだろ!」と批難する人たちもいた)
ちなみに選考会では
「この作品、最後まで読んだ人ってどれだけいたの?」
という皮肉めいたコメントもあったという。
で、本書のテーマなのだが、一言では片付けられない広がりと深みがある。
中世15世紀のフランスを舞台に、宗教、哲学、芸術、愛、幻想、とにかくあらゆるテーマが縦横無尽に交差していく。
あらすじを紹介することは難しいので、気になる方はぜひ実際に手に取って読んでほしい。
ぼくは、作品のテーマの一つ一つを消化したわけでは、もちろん、ない。
ただ、作者の文章の美しさや、そのほとばしる熱量には、心を動かされた。
なるほだ、確かに衒学的ではある。
だけど、読む人の心を揺さぶる力が、この作品にはある。
第4位『1R1分34秒』(町屋良平)
自意識系ボクサーの“青春物語”
2018年の受賞作。
私事で恐縮だけど、ぼくは高校時代に個人競技をしていたのですごくよく分かるのだが、個人競技は孤独である。
とにかく、たった1人で相手に立ち向かわなければならないし、試合中の心理的駆け引きも行わなければならない。
作品のタイトルから察しは付くと思うが、本作は「ボクシングもの」である。
しかも、わりとさわやかな「青春小説」である。
作者、町屋良平自身もボクシングの経験者。
彼の心理描写は独特で個性的なのだが、実際のプロボクサーの共感を生んでいるらしい。
分かる人には分かるのだろう。
- 主人公「ぼく」は21歳のプロボクサー。
- 自身のデビュー戦を華々しくKOでかざって以来、なかなか勝つことができない。
- 次第に志も失っていき、「なぜボクシングをやっているのだろう」と自問自答を繰り返していく。
- 「あの時ああすれば、パンチがあったのでは……」
- 「あんな練習をしておけば勝てたかも知れない……」
- こんな感じで、とにかく「ぼく」は内省的だ。
- どれくらい内省的かと言えば、対戦相手について分析するあまり、相手が夢にまで出てくる
- そして、そのまま彼と友だちになってしまう。
- そんな病的ともいえる自分の内省癖にも、実際のところ嫌気がさしている。
ああ、分かる。
うん、やっぱり、分かる人には分かるのだろう。
ぼくたちは時に、「脳みそが邪魔だ!」と叫びたくなるくらい、自分の思考をわずらわしく感じることがある。
必要以上に悩むことが、いかに不合理なことか分かっていても、どうしても悩むことをやめられないのだ。
必要以上に自分を責めたり、先のことを不安がったり、そんな自家撞着を抱えたすべての人におすすめだ。
また、町屋良平の文章はなんともいえない雰囲気を持っている。
ひらがなを多用したり、ときに文法的に「?」がつくような表現があったりするのだが、無論それはは意図的に選ばれたもの。
読み進めていくうちに、それがジャブみたいにジワジワと効いてくる。
「個性的な文章の雰囲気を味わう」
これも芥川賞作品の醍醐味の1つだ。
ということで「お手本通りの日本語」に飽き飽きしている人にもまたおすすめ。
第3位『犬婿入り』(多和田葉子)
変態?しり舐め男あらわる
1992年の受賞作。
まず、作者の紹介を少し。
多和田葉子といえば、その優れた言語能力である。
大学は早稲田大学の文学部へ進学し、卒業後はドイツに移住し、その後に永住権を獲得した。
25歳のとき、ドイツで知り合った編集者に、ドイツ語で書いた詩を見せると、すぐに出版を提案され、1987年にドイツ語と日本語の2カ国語で詩集を刊行した。
その後、日本語で書いた小説がドイツ語に翻訳され出版される。
日本の文壇デビューは1991年、『かかとを失くして』で群像新人文学賞を受賞してのことだった。
そして翌年に『犬婿入り』で芥川賞を受賞。
その後の著作も20冊以上がドイツ語で出版されていて、それ以外に、フランス語、英語、イタリア語、スペイン語、中国語、韓国語、ロシア語、スウェーデン語、ノルウェー語、デンマーク語、オランダ語などの翻訳も出ている。
いかに彼女の活躍が世界レベルかがお分かりになるだろう。
近年、ノーベル文学賞の候補として名前があがりだしてもいるので、こちらの動向にも注目があつまっている。
さて、作品のあらすじはこんな感じだ。
- 主人公北村みつこは家庭教師の先生。
- 教え子たちに繰り返し話すのは「尻をなめる犬の話」
- そんなある日、彼女の前に突如現れた男。
- 彼は「尻を舐める癖」を持ってた。
- 毎日のようにみつこの尻をなめる男。
- 現実とも思えない、2人の交流がおもしろく描かれていく……
日本の民話に「異類婚姻譚」というジャンルがある。
「人間ではない存在」と結婚する話のことだが、『犬婿入り』はその現代版だと言って良いだろう。
こういう作品を「寓話」として解釈することもできるのだろうが、本書はそのまま「変態(?)しりなめ男」の話として読んだほうがおもしろい。
文章も独特な「饒舌体」でクセになる文章だ。
ちなみに物語は、男の妻が登場することで事態が段々と変わっていく。
そして最後は突拍子もない結末へ。
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第2位『蛇を踏む』(川上弘美)
現代の“幻想文学”の旗手
1996年の受賞作。
川上弘美もまた「独自の世界観」を持つ作家だ。
小学生のころ病気で入院し、そこで本を読みはじめたことから次第に文学にのめり込んでいった。
お茶の水女子大学時代ではSF研究会に所属し、SF雑誌の編集アルバイトなんかもしていた。
卒業後は生物の教員を経て、専業主婦になり、小説の執筆を始めた。
1994年、36歳のときに『神様』でパスカル短編文学新人賞を取り作家デビュー。
2年後に『蛇を踏む』で第115回芥川賞を受賞した。
選考会では文章力はもちろん、その感性や想像力が高く評価された。
また、作品について、古典的な「変身譚」との関連が語られもした。
実際、川上弘美の作品には「異世界」の存在が書かれることがおおい。
鬼、妖怪、幽霊……
彼らの存在は、日本でも様々な文献で古くから言い伝えられている。
平安・鎌倉時代の『今昔物語』『宇治拾遺物語』に。
江戸時代の人気作家、上田秋成の『雨月物語』に。
明治時代のロマン主義作家、泉鏡花の『高野聖』に。
これらは『幻想文学』とよばれ、今も昔も、多くの人々を魅了し続ける文学ジャンルだ。
そして、川上弘美の作品にも、妖怪や、幽霊や、人魚など、『異界の住人』が、まったく、なんの違和感もなく溶け込んでくる。
彼女はまさに、現代の『幻想文学』の第一人者といっても良いだろう。
受賞作、『蛇を踏む』も川上的な幻想文学だといっていい。
蛇を踏んでしまった
という、さりげない書き出しから、読者はあっという間に異世界に足を踏み入れる。
- 主人公(私)は公園で蛇を踏んでしまう。
- 踏まれた蛇は「踏まれたので仕方ありません」と言い、女性の姿に変身する。
- そのまま〈私〉の部屋へやって来て、そのまま天井に住み着いてしまう。
- それからというもの、〈私〉が家に帰ると蛇がいて、彼女は家事を済ませて待っていた。
- 〈私〉は蛇に、恐怖と嫌悪感を抱いていく・・・・・・
こんなお話が、川上弘美の独特で透明感のある文章で綴られていく。
まがまがしい妖怪を扱いつつ、美しい世界を描き出すのは、まさに上田秋成や泉鏡花をほうふつとさせる。
ちなみに、こういう『幻想文学』は比喩とか、寓話とか、人間の解釈でもってムリヤリ合理化されてしまう運命にあるのだが、そういう読み方をぼくはあまり好まない。
むしろ、本当にそういう異世界があって、そういう異世界にコンタクトできる人がいるって思った方が、ゾクゾクするし、とってもスリリングじゃないだろうか。
いや、実際 泉鏡花なんかを読んでいると、彼らは本当に「異界の住人」が見えていたのだと思えてならない。
文学を読んでいると、冗談じゃなく、この世界がどんどん相対化されていく。
それこそ、ぼくは文学の1つの可能性だと思っているし、川上弘美の作品は、まさにそういう力を宿している。
第1位『きれぎれ』(町田康)
自由奔放の無重力文学
2000年の受賞作。
町田康の文学は、ハチャメチで読む人を選ぶ。
本書『きれぎれ』もかなりハチャメチャだ。
- 主人公の「俺」は売れない絵描き。
- 高校を退学。
- 定職に就かない。
- 労働が大嫌い。
- 浪費家で酒乱。
- 趣味はランパブに通うこと。
『きれぎれ』は、そんな「俺」を中心とするドタバタ喜劇なのだが、正直この作品をそんな言葉でまとめることなどできない。
自由奔放、縦横無尽、重力からも自由で、時間や空間概念を完璧に無視している。
活字でなければ、表現できない世界観なのだ。
マンガでも、アニメでも、映画でも、絶対に表現できないだろう。
「はあ? 言ってる意味がわからん」
と思うかも知れないが、だけど、そうとしか言いようがないのだ。
上記は比喩表現でも誇張表現でもない。
町田康は、ぼくたちの既成概念をことごとく無視したり、破壊したりする、驚きの作品を生み出す作家だ。
ぼくは、「文学」とは、言葉に依存しながらも、言葉では到達できないところへ向かう営みだと思っている。
「はあ? 言ってる意味がわからん」
と再び思うかも知れないが、そんな方へぼくはこう言いたい。
「とにかく町田康を読んでください」
繰り返すが、彼は既存の枠では理解することが難しい世界を生み出している。
「じゃあ、その世界というのは、まったく意味のないデタラメな世界なのか?」
そう思いきや、決してそんなことはない。
確かにメチャクチャな世界観なのだが、ふっと感傷を刺激されて涙が浮かんだり、すごすぎて鳥肌がたったり、馬鹿馬鹿しくて笑えてきたりと、不思議なことにちゃんと読み手の感情に訴えかけてくるのだ。
なぜなのか?
分からない。
なぜか、そうなのだ。
たぶん、その大きな原因は、町田康の独特の文体にあるのだろうと思っている。
基本的には大阪弁なのだが、極端に長い1文が頻出して、ところどころに、ファンから「町田節」と呼ばれる独特の言い回しが挿入される。
そして、登場人物の「自意識」がダラダラと垂れ流れてくる。
その文章が、ビックリするくらいクセになる。
一応、文学的には「饒舌体」と呼ばれる一つの手法で、太宰治なんかが得意とした文体の一種だといえる。
が、この文体は、絶対にだれにもまねできない、町田康唯一無二のものだ。
当然と言おうか、選考会でもこの文体をめぐって、賛否両論、まっぷたつだった。
- 石原慎太郎「ドラッグのような陶酔感」
- 池澤夏樹「リズミックで音楽的」
と評価する声もあれば、
- 宮本輝「ただただ不快」
- 河野多惠子「痛ましい」
と酷評する声もあった。
ぼくは、町田康の文体を支持する。
ここまで、読み手の感情を(良くも悪くも)揺さぶる作家は町田康以外にいないからだ。
「言葉を使って、言葉の届かない世界へ」
これが『きれぎれ』であり、町田康の文学だと言える。
すき間時間で”芥川賞”を聴く
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【 Audible(オーディブル)HP 】
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たとえば以下のような作品が、”聴き放題”の対象となっている。
『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)や、『むらさきのスカートの女』(今村夏子)や、『おいしいご飯が食べられますように』(高瀬隼子) を始めとした人気芥川賞作品は、ほとんど読み放題の対象となっている。
しかも、芥川賞作品に限らず、川上未映子や平野啓一郎などの純文学作品や、伊坂幸太郎や森見登美彦などのエンタメ小説の品揃えも充実している。
その他 海外文学、哲学、思想、宗教、各種新書、ビジネス書などなど、多くのジャンルの書籍が聴き放題の対象となっている。
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以下の記事で、さらに作品を紹介している。
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