はじめに「小説の“人称”は3つ」
小説を書こうとするときに直面する問い、それは、
「主語は何人称で書けばいいんだろう」
という問いである。
つまり、
「僕は~」で書けばいいのか、
「あなたは~」で書けばいいのか、
「太郎は~」で書けばいいのか、という問いである。
小説において、主語となる人称は基本的には次の3つだ。
では、これらの特徴とは具体的に何なのだろう。
これらのメリットやデメリットとは、一体なんなのだろう。
この記事ではそれらについて徹底解説をしたいと思う。
「これから小説を書いてみたい」
そう思う人は、ぜひこの記事を最後まで読んでいただければと思う。
ちなみに僕自身、かれこれ10年以上の執筆歴がある。
その中で、地方文学賞を受賞したこともあるし、大手新人賞で予選通過をしたこともあるし、大手出版社から出版をしたこともあるし、自費出版をしたこともある。
とりあえず、人並み以上に「書くこと」について考えてきた自負はある。
また、執筆する上で数々の指南書、ありていにいえば「ハウツー本」で勉強をしてきた。
この記事では、そうした僕自身の経験と、書籍に記された「プロの意見」を参考にしている。
それでは、最後までお付き合いください。
一人称小説
特徴とメリット・デメリット
さっそく、一人称小説の特徴とメリット・デメリットを端的にまとめると次のようになる。
一人称小説とは、一口に言ってしまえば「語り手の主観による物語」である。
書き手は「主人公の声」をダイレクトに書き込むことができるので、主人公の存在感が強まり、読み手の感情移入を得やすくなるというのが最大の特徴だろう。
メリットは、文章に熱量やスピード感、説得力が生まれるので、その分、読者の心をグリップできるという点が挙げられる。
一方で、デメリットは、「私」が見たり聞いたり感じたりしたことは書けるが、山田君や鈴木君など、主人公以外が見たり聞いたり感じたりしたことは、基本的に書くことができないという点が挙げられる。
また、基本的な文体が「僕は~」とか「私は~」とかなので、どうしても「主人公=作者」といった錯覚を、読み手も書き手自身も抱きがちになる。
なお、ここからはやや上級者向けの話になるが、一人称小説というのは、厳密に考えると、語り手である「私」の思い込みや嘘なんかも想定される。
つまり、「客観的に何が起きたのか」は、読者には最後まで分からないということなのだ。
この点を利用したテクニックに「信頼できない語り手」という叙述トリックがある。
要するに、語り手である「私」をうさん臭く描くことで、読者に、
「え? この語り手が言っていること、本当に信頼しちゃっていいの?」
という、疑いとためらいを持たせるという手法だ。
これによって、作品はその解釈の余地を一気に広げ、読み手による様々な解釈が可能となるので、作品としての深みが生まれる。
このトリックをうまく使った作品に、2019年上半期の芥川賞を受賞した『むらさきのスカートの女』(今村夏子)がある。
「信頼できない語り手」とはどういう文体なのか、とても参考になる作品だし、なによりも小説としてとても面白いので、ぜひ参考にしていただければと思う。
参考作品
一人称小説で誰もが知る代表的な作品といえば、太宰治の『人間失格』だろう。
恥の多い生涯を送ってきました。
こうした序文から始まる『人間失格』は、主人公「自分」の手記という体裁をとるゴリゴリの一人称小説である。
主人公の独白を読むうちに、読み手は主人公との心的距離間を縮めていき、いつしか深く感情移入をしていく。
作者の太宰治というのは、近代文学の中でも、特に一人称小説が上手な書き手で、彼が描く作品の多くは「潜在的二人称」などと呼ばれている。
これは別に「二人称小説」の要素があるというわけではなく、太宰の作品には、まるで太宰が自分にそっと語りかけてくるような、そんな錯覚を読者に抱かせるという性格があるということなのだ。
つまり、太宰作品を読むと、
「あなただけに、僕の秘密を告白するね」
といった感覚を覚え、まるで「太宰と自分」だけの私的な対話を体感できるのである。
こうなると、読者の主人公に対する感情移入は、ハンパないものとなる。
こんな風に、『人間失格』という作品は、「読み手の感情移入」を強く誘うゴリゴリの一人称小説だと言えるだろう。
二人称小説
特徴とメリット・デメリット
次に、二人称小説の特徴とメリット・デメリットを端的にまとめると次のようになる。
二人称小説とは、語り手の主人公への思いを書き込んだ物語であり、主人公には「あなた」という人称が与えられる。
たとえば、
「あなたは孤独だった」とか、
「あなたは泣き叫んだ」とか、
こんな風に、二人称小説は「語り手が主人公に語りかけるような文体」になる。
また、大前提として、語り手は主人公について良く知る人物ということになる。
この時、想定される語り手としては、
「あなた」を観察する語り手
「あなた」に敵対心を持つ語り手
「あなた」に好意的な語り手
などが挙げられるだろう。
語り手はどんな立場から、どんなスタンスで、どんな思いを持って主人公を語るのか、そのことを読み解くのが二人称小説の醍醐味だと言える。
つまり、二人称小説で大きく問題となるのは、
「語り手と主人公とは、一体どんな関係にあるのだろう」
ということなのだ。
こんな風に「語り手と主人公との関係」を際立たせることこそ、二人称小説の最大の特徴だといえるだろう。
とはいえ、こうして解説をされたとしても、二人称小説をうまくイメージできないって方も多いと思う。
そもそも、多くの方は、二人称小説を読んだことがないのではないだろうか。
それもそのはずで、二人称小説というのは文学史の中ではとても珍しく、なかなかお目にかかる機会のない作品なのだ。
その理由として「読者にとって馴染みがない」という点に加えて、「書き手にとっても難易度が高い」ということがあるのだろう。
ということで、二人称小説のメリットは「他とは違う実験的な小説にできる」点であり、デメリットは「初心者には難易度が高い」点であるといえる。
参考作品
そもそも二人称小説というのは数が少なく、その中で評価の高い作品となると、その数はさらに少なくなる。
そんな中で、僕のオススメの作品はというと、2022年下半期の芥川賞受賞作品『この世の喜びよ』(井戸川射子)である。
本作は「育児」をモチーフにした作品で、もちろん主人公は「あなた」として描かれている。
受賞会見で、
「なぜ二人称小説を採用したのですか?」
と問われた井戸川射子は、
「つらい子育てを見守ってくれている存在がいたら、と、そんな思いから二人称小説を書いた」
と、自身の育児体験中の思いが、創作のきっかけになった旨を語っている。
実際、作品を読んでみると、作品には「優しさ」とか「温かさ」とかいったものが底流している。
主人公を「あなた」と呼ぶ語り手は、あきらかに主人公を労わり慰めているのだ。
こんな風に『この世の喜びよ』には、「二人称小説」でなければならない必然性というものがあり、そのことが選考会でも高く評価された。
「自分が書きたい作品では、どの人称を採用するべきなのか」
こうした問いが、執筆においてとても重要であることを教えてくれる、そんな作品だと思う。
なお、歴代の芥川賞では、2013年受賞『爪と目』(藤野可織)という作品もある。
この時の語り手は、3歳の女の子で、父親の不倫相手「あなた」を不気味なまでに観察・分析していた。(「爪と目」は、受賞当時“純文学ホラー”とか呼ばれていた)
こちらも、なかなか実験的な作品なので、気になる方はぜひ手に取ってみてほしい。
三人称小説
特徴とメリット・デメリット
最後に、三人称小説の特徴とメリット・デメリットを端的にまとめると次のようになる。
三人称小説は、要するに「神」の視点からの物語である。
神とは「すべてを知る」全知全能の存在である。
ということは、三人称小説では、登場人物たちが見たり聞いたり感じたりしたことを全て書くことができる。
さらに、神の語りには大前提として嘘や矛盾がないため、基本的に読者は「書かれていることは全て真実である」という安心と信頼のもとで物語を読むことができる。
こうした点こそ、視点が限定的な一人称小説や二人称小説との最大の違いだといっていい。
また、[登場人物Aの視点]→[登場人物Bの視点]→[登場人物Cの視点]→ …… といった具合に、視点を自由に切り替えることができるため、読者は多角的な視点から「物語の全貌」を知ることができる。
ということで、メリットは「作品の自由度を高められる」点だといえるだろう。
一方のデメリットはというと、一人称小説と比較をすると分かりやすい。
つまり、三人称小説は、一人称小説に比べて文章に熱量やスピード感を出すことが難しいし、その分、読者の共感を得ることが難しくなる。
ただ、それは裏を返せば「中立的・客観的な作品」だということができる。
参考作品
三人称小説は ちまたにあふれかえっているので、優れた作品というのは山ほどある。
そんな中で、あえて紹介したいのは、伊坂幸太郎の小説で、彼の作品は三人称小説ならではの面白みのあるものばかりだ。
特に読み応えがあるのは『ゴールデンスランバー』という作品で、こちらは本屋大賞と山本周五郎賞を受賞した上質のエンタメ小説である。
本作の特徴は、2人の登場人物の視点を交互に描く、いわゆる「カットバック」という手法を採用している点だといえる。
一見して無関係な2人のストーリーが、読み進めていくうちに次第に交差していくという展開はとてもスリリングで、まさに三人称小説ならではの魅力がある。
このカットバックという手法は、ある意味で伊坂幸太郎のお家芸と言えるもので、その他にも『ラッシュライフ』や『グラスホッパー』といった作品がおすすめだ。
三人称という自由度をどのように生かすことができるか。
そのことを考えるうえで、伊坂幸太郎のテクニックはとても参考になると思う。
オススメの順番
これまで、一人称小説、二人称小説、三人称小説の特徴やメリット、デメリットについて解説をしてきた。
それを踏まえて、ここでは、初心者にとってどの形式がオススメかについて考えてみたい。
結論を言えば、次の通りだ。
まず、初心者にとって最も書きやすいのは三人称小説だろう。
その理由は、なんといっても「自由度」の高さにあるといえる。
執筆を続けていくと、
「あ、あれも書かなきゃ、これも書かなきゃ」
といった突発的事態が起こることが珍しくない。
そんなとき、三人称小説というのは、矛盾なく、かつ、自然にストーリーを書き足すことができるので、初心者にとってとても書きやすい形式だといえる。
実際、僕も小説を書き始めたころは、その利便性の高さから三人称小説ばかりを書いていた。
初心者にとって、次に書きやすいのは一人称小説だろう。
その理由は、主人公の内面をダイレクトに描くことができるからだ。
ダイレクトに描けるからこそ、文章に熱量がうまれ、躍動感、スピード感ある作品を作り上げることができる。
ただ、この記事でも触れた通り、一人称小説には「主人公の視点でしか書けない」という制約がるため、書きながらやや窮屈な思いをすることになる。
とはいえ、やはり、書き手が主人公に完全にコミットすることができる一人称小説というのは、やはり書きやすい文体だといっていいだろう。
そして、最も書きにくいのが二人称小説だろう。
というのも、記事でもふれたが、とにかく前例が少なすぎる。
それは、とりもなおさず、二人称小説というのがとても実験的で、その難易度も高いからなのだが、それでも世の中にはその文体を採用し、見事に成功させている作品があるのもまた事実。
僕は二人称小説というものを書いたことがないのだが、いつかは挑戦してみたい、そんなあわい憧れのようなものがある。
とはいえ、二人称小説を採用する必然性がなければ、単なる「奇をてらった」だけの作品になってしまうので、なかなか手が出しにくいというのが現実だ。
だけど、二人称小説にバチっとあうテーマを見つけることができれば、ぜひチャレンジをしてみたい、そんな風に考えてもいる。
ある程度の執筆経験を持ち、
「普通とは違う小説を書いてみたい」
そんな思いがある人は、二人称小説に挑戦するのも良いと思う。
“混在”はアリかナシか
最後に、「人称を混在させても良いのか」という点について考えてみたい。
つまり、ある章で一人称を採用し、また別の章で三人称を採用し、みたいな作品は「アリなのかナシなのか」といった問題である。
結論をいうと、
純文学でならアリ
と、僕は考えている。
ただ、これもやはり実験的な雰囲気の小説になるので、万人にオススメできるものではない。
前例として紹介したいのは、2020年に新潮新人賞を受賞した『わからないままでは』(小池水音)である。
本作は、端正で美しい文章とともに、その独特な構成が話題となった作品だ。
主な登場人物は、ひとりの男と、その妻と息子、そして、男の姉の四人なのだが、章が変わるごとに、その人称が次々と変化していくのだ。
視点も、時間も、章ごとに変わる独特の手法。
それは読み手を混乱させるどころか、不思議なことにイメージを膨らませ、作品の奥行きを深めてくれる。
そうした“効果”を狙ったのかと思いきや、
「その時の僕には、この書き方がしっくりきただけ」
と、小池氏は言う。(このあたりがメッチャ純文学的)
「最初は、“僕”という一人称を使っていたのですが、書いているうちになんだか引っかかってしまって。それで、“父親”とか“男”という人称に変えたところ、しっくりときたんです。時間が行き来することについても同じで、最初の章で出てくる父親の10年後を次の章で描いてみたら、物語がすっと動き始めてきた。章ごとに、視点も、時間も変わることが、この作品にはなじんだのだと思います」
……と、まぁ、やはり読んでみるとかなり尖った印象を持つ作品で、純文学だからこそ許される世界観だと、僕は個人的に感じている。
とはいえ、「小説における人称」について考える上では、とても参考になる作品なので、興味のある方は一読の価値はあると思う。
以上、「小説における人称」についての解説を終わります。
一口に「人称」といっても、奥が深い世界です。
ぜひ、この記事を参考にして、執筆に役立てていただけると嬉しいです。
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