まとめ【日本仏教の歴史】ー奈良時代から現代をわかりやすく解説ー

宗教
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はじめに:日本仏教を説明する難しさ

日本の仏教を説明することは難しい。

それはなぜか。

ためしに、あなたは「仏教」と聞いてどんなイメージを持つだろうか。

適当に連想する言葉を思い浮かべてみてほしい。

おそらく、

  • 「寺」
  • 「葬式」
  • 「お墓」
  • 「お参り」

の、いずれかだったんじゃないだろうか。

「いや、バカにすんな。ぼくは悟りとか極楽とか考えましたけど」

と言う人もいるかもしれない。

「うちは浄土真宗だし、親鸞とか阿弥陀如来とか考えましたけど」

と言う人もいるかもしれない。

むしろ、この記事を見ているということは、それなりに仏教に興味があってのことだと思うので、冒頭の4択はさすがにちょっと、ないか。

だけど、「親鸞」とか「阿弥陀如来」とか考えたとしたら、それはあなたが仏教に少なからず興味があるからであって、仏教なんて意識しないで暮らしている人にとって、

「仏教」 = 「葬式」くらいなもんなのだ。

「阿弥陀如来」とか答える人は少ないだろうし、ましてや「悟りや救済の理論体系」を思い浮かべる人は、まずいない。

だけど、それは無理もないことだ。

だって、現状、寺が担っていることの多くは、

「墓を管理すること」であり、「葬式をあげること」だからだ。

残念ながら、現代の寺は信仰や救済を解く場というには、あまりに頼りなさ過ぎる

いま、日本に根付いている仏教は、紀元前5世紀ころインドで生まれた「仏教」とは、全くの別物だ。

仏教が伝来したのは、紀元後6世紀ころと言われている。

そこから、現代にいたるまで1500年。

仏教は本当に多くの変化を続けてきた。

多くの宗派を生み出してきたし、仏教が担う役割も変わってきた。

その変化の歴史と多用さこそ、仏教を語る難しさの原因の1つである。

この記事では、そんな仏教について一通り概観してみたい。

仏教伝来から現代にいたるまで、仏教と人々の関係や、担ってきた役割や、思想体系はどのように変わって来たのかを、時代ごとにまとめていく。

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仏教伝来・奈良時代:「国家利用」と「学問」の時代

仏教が伝来したのは、約1500年ほど前、紀元後6世紀の飛鳥時代と言われている。

【インド → 中国 → 朝鮮 → 日本】というルートでやってきた。

伝来当時の日本人の宗教は、主に祖霊信仰。

彼らは、自分たちのご先祖様を大切にしていたわけだ。

そんな中に、外来の宗教がやってきたのだから、反発する人たちが現れるのも当然だ。

排仏派(仏教は不要) VS 崇仏派(仏教は必要) の論争が巻き起こる。

結果は、崇仏派(仏教は必要)の勝利。

仏教は、日本に受容されることになる。

そして、時代は奈良時代へ。

ちなみに、奈良時代は、日本が国家造りに力を入れていた時代だ。

崇仏派の人たちは、仏教を「国家造り」に利用しようと考えた。

だから、奈良時代の仏教というのは、基本的には国家の保護と管理を受けることになる。

そして、「みんなが仏教を信じれば、国家は安泰だよ」という「鎮護国家思想」が説かれるようになる。

一方で、仏教の研究も進んでいく。

その役割を担ったのは、一部のエリート僧侶たちだ。

各寺院では、「南都六宗」と呼ばれる、多くのジャンルの仏教が研究されていた

彼らは、仏教を「宗教」というよりも「学問」としてとらえていた。

だから、寺院というのは、まるで大学のような機能を担い、各宗派というのも、ちょうど学部学科のようなものだったという。

以上のように、奈良時代の仏教は、限られた為政者や知識人のためのものだったといえる。

民衆に仏教が開かれていくのは、もう少し先の話になる。

【 仏教伝来・奈良時代のまとめ 】
6世紀に 仏教が日本に伝来した。鎮護国家思想として 国家造りに利用された。知的エリート僧らによって「学問」として研究された。

詳しくはこちら【 日本仏教の歴史 ― 仏教伝来 ・奈良時代 編 ―

平安時代:貴族に広がっていく時代

仏教が国家と結びついていた奈良時代。

次第に、両者はズブズブの関係になっていく。

権力を手にした僧侶の中からは、「天皇になって、国家を乗っ取ってやろう」と考えるものまで現れてくる。

そうした反省から、平安時代になると「正しい仏教を取り戻そう」という動きが生まれてくる。

「まず、本場の仏教を学んでこい」

そう中国への留学を命じられた2人の天才僧侶がいる。

それが、最澄空海だ。

最澄は、比叡山で天台宗をおこし、空海は、高野山で真言宗をおこし、2人は平安時代の仏教をけん引していくことになる。

また、平安時代は「末法」と呼ばれる時代だった。

「末法」とは、人々から「信仰」や「修行」が失われる、絶望的な時代のことだ。

実際、このころ「末法の時代」を実感させるような、天変地異が多発していく。

すると、

「もう、この世は絶望的だ。来世で極楽浄土に生まれて、幸せになりたい」

そういう思想が、じわじわと人々に広がっていく。

この思想を「欣求浄土」といい、その思想内容は、源信という僧侶の『往生要集』の中で詳しく書かれている。

こうした、平安時代。

仏教に救いを求めることができたのは、おもに貴族たちだった。

なぜなら、写経をしたり、僧侶を雇ったり、寺を建てたり、信仰には十分な学識と経済力が必要だったからだ。

彼ら貴族の信仰スタイルは、呪術信仰、浄土信仰、弥勒信仰など、多様で複雑だった。

【 平安時代のまとめ 】最澄の「天台宗」 空海の「真言宗」がおこった。
・末法の時代の中 「欣求浄土」という思想が生まれた。
・仏教は主に裕福な貴族らに信仰され、そのスタイルは多様で複雑だった

詳しくはこちら【 日本仏教の歴史 ー 平安時代 編 ー

鎌倉時代:民衆に広がっていく時代

「末法」と言われた平安時代は、約200年の間に災害や戦争が相次いだ時代だ。

疫病、飢饉、噴火、地震、戦争のオンパレードで、人々は着実に現世に絶望をしていった。

それなのに、仏教に救いを求めることができるのは、金と時間に恵まれた貴族ばかり。

貧しい民衆には、それができない。

次々と命を落としてく民衆たち。

そんな彼らの姿を見て、こう考えた僧侶たちがいる。

「本当に救われなくちゃいえないのは、彼ら、貧しい民衆じゃないのか?」

彼らのほとんどは、比叡山で修行する、超優秀な僧侶たちだった。

苦しんでいる民衆たちを救おうと立ち上がった僧侶たち。それが、

  • 法然(浄土宗)
  • 親鸞(浄土真宗)
  • 一遍(時宗)
  • 日蓮(日蓮宗)
  • 栄西(臨済宗)
  • 道元(曹洞宗)

の6人だった。

彼らの思想をグループに分けるとすれば、こうなる。

  • 法然・親鸞・一遍 ……「念仏を称えて救われよう」(浄土系仏教)
  • 日蓮 ……「題目を唱えて救われよう」(日蓮系仏教)
  • 栄西・道元 ……「座禅を組んで救われよう」(禅系仏教)

そして、彼らすべてに共通しているのは、次のいづれかの特徴を持っている点。

  • 易行(いぎょう)……だれでもできる修行
  • 選択(せんじゃく)……1つに絞れば良い
  • 専修(せんじゅ)……ただひたすら打ち込む

これなら、金と時間のない民衆にも取り組むことができる。

この民衆に開かれた6つの仏教は「鎌倉新仏教」と呼ばれている。

鎌倉時代は、これら新仏教が民衆に爆発的に広がった時代だった。

ちなみに、上記のうち、特に「浄土系仏教」と「禅系仏教」は、後の時代にも大きな影響を与えていくことになる。

【 鎌倉時代のまとめ 】
・度重なる天変地異や戦争により民衆の苦しみが増した。
・6人の僧侶による新仏教が民衆に広がっていった。
・新仏教には「易行・選択・専修」という特徴があった。

詳しくはこちら【 日本仏教の歴史 ― 鎌倉時代 編―

室町・安土桃山時代:世俗化が始まる時代

一般的に、鎌倉時代は仏教の最盛期だとする見方がある。

そんな押せ押せの仏教、そこに影が差すのが、室町時代以降だ。

仏教に差し込んだ影、

その1つ目は、仏教の無神論化だ。

室町・安土桃山時代は戦乱の時代。

戦乱の世にあって、武士に求められるもの、

それは、「何事にも動じない心」だ。

それを手に入れたい武士と、精神を鍛え上げる禅。

両者の相性はバッチリ。

といことで、室町時代以降、禅が武士を中心にどんどん広がっていく。

ちなみに、禅は「来世」ではなく、「現世」への志向が強い仏教だ。

つまり、仏教はその神秘的な性悪を薄め、その無神論的な性格を強めてったといえる。

2つ目は、権力者による仏教弾圧だ。

この時代、仏教の腐敗っぷりはすごかった。

武装化した僧侶(僧兵)たちが、やりたい放題やっていたのだ。

彼らは「仏教」という権威をちらつかせ、朝廷に対しても色々と要求し始めた。

仏教集団に手を焼く権力者たち。

そこに、現れたのが織田信長である。

超合理主義者の信長にとって、仏教など恐るにたらなかった。

彼は、比叡山に火を放ち、仏教勢力を一気に排除した。

この時代から、仏教は激しい弾圧をうけることになる。

3つ目は、葬式仏教化の動きだ。

民衆に広がった鎌倉新仏教は、自然と「葬式仏教化」していく。

とくにその動きが目立ったのが、曹洞宗と言われている。

室町時代以降、曹洞宗の寺のほとんど100%が、葬式を行っていたともいわれている。

現在の「葬式仏教」の原型は、この頃に出来上がったといえる。

最後4つ目は、神道の台頭だ。

鎌倉時代の大きな事件に「元寇」がある。

元が2度にわたって、日本に攻めてきたのだ。

日本人たちは、この国難を「神風」によって奇跡的にしのいでいる。

これをきっかけに人々の意識に生まれたもの。それが、

「ぼくたち日本人は、神様に守られている」

という実感である。

今まで仏教によって存在感がなかった神道だったが、ここにきて徐々に力をつけていくことになる。

以上、4つの点で、仏教は世俗化・弱体化しつつあったといえる。

【 室町・安土桃山代のまとめ  】仏教の無神論化が進んだ。仏教への弾圧が進んだ。仏教の葬式仏教化が進んだ。神道が勢いをつけていった。

詳しくはこちら【 日本仏教の歴史 ― 室町・安土桃山時代 編 ―

江戸時代:批判される時代

江戸時代、またしても、仏教と政治はズブズブの関係になっていく。

徳川幕府が仏教を利用したからだ。

江戸時代に生まれた、2つの制度。

それが、「本末制度」「寺檀制度」だ。

これらを一口に説明すれば、

「寺による民衆管理と葬式仏教化をおしすすめる制度」

ということになる。

「檀家の管理は お寺でやってよね。その代わり、檀家たちの葬式は 君たちが独占していいからさ」

というワケである。

幕府は煩瑣な民衆管理を寺に任せることができるし、寺は日々の食い扶持を確保することができる。

まさにズブズブ、仏教の世俗化も、ここに極まるというワケだ。

そして、江戸時代というのは「思想のデパート」ともいえるほど、色んな思想がドンドン生まれてくる時代だ。

そんな中にあって、仏教はいろんな方面から、あれやこれやと批判を受ける

その批判は大きく3つ挙げられる

  • キリスト教からの批判……仏教の「無」ってデタラメだよね
  • 儒教からの批判   ……仏教って、現実を無視しているよね
  • 神道からの批判   ……仏教って、けっきょく輸入品だよね

である。

それらは、どれも仏教の「弱点」を突いたものばかり。

「葬式仏教化」に加え、こうした批判もあり、仏教はどんどん勢いがなくなっていく。

が、それとは打って変わり、勢いを強めていく思想があった。

それが神道だ。

神道は明治時代において大きくスポットがあてられることになる。

【 江戸時代のまとめ 】
・葬式仏教が決定的になった。
・仏教はキリスト教から批判を受けた。
・仏教は儒教から批判を受けた。
・仏教は神道から批判を受けた。

詳しくはこちら【 日本仏教の歴史 ― 江戸時代 編 ―

明治時代:ピンチをチャンスに変える時代

明治時代は、近代化の時代である。

近代化を乱暴に言い換えてしまえば「欧米化」である。

このころ、日本に欧米の文化や思想や宗教が、どんどん流入してくる。

その欧米文化に、日本は飲み込まれるわけにはいかない。

むしろ、彼らと対等にしのぎを削っていかなければならないのだ。

そのためには、国民の意識を1つにする必要がある。

だから、政治家たちは考えた。

「欧米に対抗するために、神道一本でいきましょう」

神道によって、国民の意識を1つにしよう、と考えたわけだ。

こうして、明治時代において、神道は大きく持ち上げられることになった。

それと同時に、仏教への逆風がどんどん強まっていく。

その最たるものが、「廃仏毀釈」

これは、仏教をとことんまで排除しようという運動だ。

まさに、仏教は絶体絶命のピンチに立たされたと言っていい。

が、仏教にも底力がある。

1000年以上、日本で生き残ってきた宗教はダテではない。

仏教はこのピンチを乗り越えていく

それを可能にした要因として「仏教と西洋哲学の融合」がある。

ところで 仏教のストロングポイントとは何か。

それは重厚な理論体系である。

それは、ライバル神道にはない部分だった。

その点を評価した知識人たちは、次第に仏教の論理武装を強めていこうとする。

ちょうどその頃、日本に新たに入ってきた超論理的な思想があった。

「西洋哲学」である。

しかも、仏教と西洋哲学には 多くの共通点があった。

そこに目をつけた仏教側は、したたかに西洋哲学との融合をはかっていった。

こうして、仏教は「西洋哲学」を吸収し、無敵の宗教へと生まれ変わっていく。

明治時代は、仏教にとって、ピンチをチャンスに変えた時代だったといえるだろう。

【 明治時代のまとめ 】
・日本は急速な近代化で、欧米列強の脅威にさらされた。
・欧米列強に対抗するために、政府が重んじたのが神道だった。
・その流れで、仏教を排除する運動が巻き起こった。
・仏教は西洋哲学と融合することで、そのピンチを乗り越えようとした。

詳しくはこちら【 日本仏教の歴史 ― 明治時代 編―

大正時代:「個人の救済」が芽生える時代

明治時代以降、急激な近代化によって、人々の内面に変化が生まれた。

その1つが、「個人の自由」という概念を手に入れたことだ。

江戸時代以前の日本人は、「藩のために、家のために」自分の人生が決められていた。

「武士の息子は武士」「農民の息子は農民」というように、誰もが出自によって縛られていたワケだ。

が、明治時代になると、「個人の自由」という思想が急激に広がっていく。

すると、人々は「自分が何者か」とか「自分の生き方」とか、すべて自分自身で決めなくてはいけなくなっていった。

明治・大正時代というのは、自らのアイデンティティに悩む人々が現れる時代である。

この時代は「煩悶の時代」と言われ、「個人的な苦悩」から自殺をする人々まで現れだした。

そんな中、改めて仏教の「宗教」としての性格が評価される。

「自分自身の苦悩」を救うため、仏教にすがろうとする人々が現れたのである。

たとえば、浄土真宗の僧侶清沢満之(きよざわ まんし)が代表的だ。

彼もまた、仏教と西洋哲学を融合させた仏教者なのだが、彼の事情はもっと切実だった。

自らの救済のために、生涯をかけて仏教を強化し、信仰に生きようとしたわけだ。

この清沢の登場は、後の仏教家たちに大きな影響を与えた。

清沢の死後も、彼の思想を受け継ぐものたちは、仏教の改革を行っていくことになる。

仏教をこれまでの「家の宗教」としてではなく、「個の宗教」としてとらえなおそうとしていったのだった。

【 大正時代のまとめ 】
・「個人の自由」に苦悩する人々が現れた。
・清沢満之のように仏教に救いを求める人々が現れた。
・清沢以降、仏教を「個の宗教」として捉え直そうとする人々が現れた。

詳しくはこちら【 日本仏教の歴史 ― 大正 (明治) 時代 編―

現代:「宗教」が失われていく時代

明治・大正で、仏教は「個の宗教」として捉え直されたいった。

宗教としての性格を取り戻しつつあった時代だといえる。

が、戦前・戦中・戦後の中で、仏教は再び 宗教としての性格を失うことになる

まず、戦前、戦時中。

仏教は戦争に大きく加担することになる。

それは、浄土系仏教でも、禅系仏教でも、日蓮系仏教でも見られた傾向だ。

まず、浄土真宗では、「阿弥陀如来 = 天皇」と考える仏教者が現れた。

天皇を崇拝することで、極楽浄土に生まれ変われるという論理は、国家神道とほとんど同じである。

それから、禅宗は 兵士のマインドに大きな影響を与えた。

禅の精神開発の思想が、兵士らの精神鍛錬に利用されたのだ。

「強い精神」は「死ぬことの美学」へとつながっていく。

日蓮宗は、「国家主義」と結びついていった。

そもそも日蓮宗の特徴として、「信者の心を一つにする」ことと「逆境に耐えさせる」ことがあげられる。

これが戦時中となると、

「逆境に耐え、国民一丸となって、この国難に立ち向かわなければならない」という論理にすり替わっていく。

実際、戦争に大きく加担した為政者の中には、日蓮主義者が数多くいたといわれている。

ただし、戦争に協力したのは、なにも仏教に限らない。

「国家神道」は言うまでもなく、キリスト教や儒教も、戦争に協力する動きがみられた。

「宗教って危ないな」

戦前・戦中に見られた、宗教がはらむ危険性。

それを、戦後の人々に見せつけた 宗教団体がある。

オウム真理教だ。

地下鉄サリン事件をはじめとする一連の事件では、多くの死傷者を生み出した。

これら事件が人々に与えたもの、それは、

「宗教はあぶないもの」

「宗教は訳がわからないもの」

「宗教は近づかないほうがいいも」

という意識である。

さらに、世界中に目を向けてみれば、宗教に由来する争いは後を絶たない。

現代は、宗教に関してネガティブな印象を持つ人々が増えた時代だといえるだろう。

いまや「宗教に救いを求める」といった人は、ほとんどいない。

そもそも、現代の寺や宗教に目を向けてみれば、

「墓を管理し 葬式を上げるための仏教」

があるだけである。

人々に「信仰」を説く場として、寺というのはあまりに頼りないのが現実だろう。

しかも、世の中には、科学的価値観や合理的思考が、すさまじいスピードで広がっている。

こういった事情を踏まえれば、現代の日本から「宗教」が失われつつあると言わざるを得ない。

こんな時代の中で、寺や仏教に、何ができるのだろうか。

100年後、果たして日本の仏教は生き残っているのだろうか。

いままさに、仏教は風前の灯であるといえるだろう。

寺は、仏教や人々としっかりと向き合うことが求められている。

現代のまとめ 】
・戦前 戦中、仏教は戦争に協力した。
・戦後、新興宗教や宗教戦争により「宗教は危険」とい意識が広がった。
・現代、人々の意識から「宗教」や「仏教」が失われつつある。
・あらためて寺は、仏教や人々と向き合うことが求められている。

詳しくはこちら【 日本仏教の歴史 ― 現代 編―

仏教を学ぶなら

”耳読書”で時間を有効活用

仏教に関する書籍を読むのに【 Audible 】が効果的。

仏教・哲学・文学に関する書籍も充実していて、この記事もこちらを参考にしている。

ここ数年利用人口を増やしている「Audible」は、出版社だけでなく現役の芥川賞作家らからも注目されている

Audibleのメリットは4つ
1 時間を有効活用できる 

2 新しい「文学鑑賞」ができる 

3 貴重な講演が聞ける

4 月額1500円で“聴き放題”

いま、なぜAudibleが出版業界や現役作家らから注目されているのか。

その辺りのことを以下の記事で紹介しているので、興味のある方はぜひ参考にしていただければと思う。

【 芥川賞作家らが注目! Audible(オーディブル)の可能性を徹底解説

”電子書籍”で効率的に読書

仏教に関する書籍は世の中に多く、情報を整理し効率よくインプットするには「kindle」もオススメ。

書籍のデジタル化が進む中、読書家にとって手放せないアイテムだ。

kindleのメリットは4つ
1 書籍の品揃えが豊富

2 書籍購入がスピーディー

3 書籍の管理がしやすく 持ち運びが便利

4 安く書籍を手に入れられる

「kindle」のメリット・デメリットについて以下の記事でまとめている。

少しでも興味のあるかたは、ぜひ参考にどうぞ。

【  2022年版【Kindle】のメリット・デメリット・おすすめ機種を解説!  】

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