【日本仏教の歴史】 ― 仏教伝来・奈良時代を わかりやすく簡単に解説 ―

宗教
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はじめに

いきなりの話だが、現代の寺は信仰や救済を解く場というには、あまりに頼りなさ過ぎる。

いま、日本に根付いている仏教は、紀元前5世紀ころインドで生まれた「仏教」とは、全くの別物だ。

仏教が伝来したのは、紀元後6世紀ころと言われている。

そこから、現代にいたるまで1500年。

仏教は本当に多くの変化を続けてきた。

多くの宗派を生み出してきたし、仏教が担う役割も変わってきた。

その変化の歴史と多用さこそ、仏教を語る難しさの原因の1つである。

そんな仏教について、以下の8つに分けて記事にしてある。

これらすべて読めば、日本仏教の大枠だけでなく、細部についても理解できると思う。

では、さっそく「仏教伝来 ~ 奈良時代」における仏教の展開を見てみたい。

飛鳥時代:仏教が伝来した時代

仏教がやってきたのは6世紀のこと(538年説と552年説あり)。

インド → 中国 → 韓国 → 日本

とやってきたのだが、実はすでに古墳時代には、渡来人が仏像や経典を日本に持ち込んでいたという。

改めて言うまでもないが、仏教は外来の思想だ。

当然、外来の思想が持ち込まれることに反発した人たちがいる。

その代表が、物部氏だ。

彼は「仏なんて、どこの馬の骨かわからんヤツを崇拝すると、我々の国の神が怒って祟りを起こしますぞ!」といって、排仏を主張した。

一方で、仏教受容を主張したのが蘇我氏だ。

「いや、いや、今やどこの国も仏を信じてるんだから、日本も信じなきゃ時代の波に取り残されますぞ!」といって、崇仏を主張した。

結局、両者の争いの結末は、物部氏が滅ぼされ蘇我氏の勝利。

仏教はめでたく、わが国に受容されることになった。

のだが、まだまだ反発する人々はたくさんいた。

なぜなら、仏教が入ってくる前の日本人のほとんどは、ご先祖様を崇拝していたからだ。

加えて、日本中にはあまねく存在する「八百万の神々」を信仰していたからだ。

そこにいきなり外国の「仏」が持ち込まれ、「では、本日からこの仏を敬いなさい」というのだから、「はい、分かりました、そうします」と、スムーズにいくワケがあるまい。

ということで、人々は突然現れた仏に戸惑うのだが、国が決めたことだし、こればっかりは致し方がない。

が、そこは器用で臨機応変な日本人のことである。

彼らは柔軟な発想によって、仏教をうまく受容していった。

その「柔軟な発想」というのが神仏習合である。

つまり、「仏」はあくまでも、外国からやってきた「神」の1種だと考えたのだ。

ちなみに、日本ではもともと、外からやってきた神を「客人神(まれびとかみ)」と呼んで慎重に扱ってきた。

だから日本人たちは

「なるほど、仏ってのは客人神だったのか。だったら、ちゃんと大事にしないと厄災が起きてしまうぞ」

と、彼らの枠組みの中で、仏を理解することができたのだった。

ということで、最初に仏教が入ってきたとき、仏は神と同列に考えられていたワケだ。

この神仏習合が、後の仏教と日本人の関係を複雑にしたと言っていい。

仏教が受容された瞬間に、仏と神は同一視される運命を担ったのだ。(実際、現代の日本人の多くは、寺と神社の違いも、仏と神の違いもあまり意識しない)

その後は、かの有名な聖徳太子が「十七条の憲法の中」で、

「篤く三法をうやまえ」

と、「この国は、仏教メインでやっていくよ!」と言ったこともあって、仏教は国家作りに大いに利用されていくことになる。

 

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奈良時代:学問中心の時代

仏教と人々の関係

さて、歴史の時間に、

「仏教は律令体制の完成に大きく貢献しました」

「仏教は大和朝廷に大きく利用されました」

と教わった人は多いと思う。

だけど、仏教の「何が」「誰に」「どう」利用されたのか

その辺は結構あいまいにされているんじゃないかなと思う。

実際、知り合いの日本史の先生に聞いてみたところ、いろいろと説明をしてくれたのだが、

「うーん、その辺はあまり資料が残ってないから、良くわからないんだよねえ」

と、お茶をにごされてしまった。

そこで、ぼくなりに、仏教が当時の人々に与えた「精神的な影響」について考えてみたい。

まず、「何が」について

大前提として、「仏教」の超論理的で重厚な理論体系が、国家づくりに貢献したワケではない。

この時点では、「仏」という特定の対象を人々に信仰させるのが大事だったと思われる。

だからこそ、東大寺に奈良の大仏を作ったのだろう。

「君たちが信じるのはこちらです、ババーン!!」ってなワケだ。

もちろん、ときの聖武天皇の信仰や思惑が多分にあったらしいのだが、奈良の大仏や国分寺の建立は人々の意識を統一させるためのシンボルだった。

それらは、国家の権威を誇示するのにも大きく貢献したと言われている

それから、「誰に」について。

今ほど「人々の意識」と説明したが、「人々」というのはあくまでも「政治的有力者たち」であって、仏教が下々の庶民たちの意識を変えることができたわけではない。

まずは、律令制度を担う人々の意識を1つにまとめることが先決だった。

なぜなら、当時の有力者たちが信じていたのは、それぞれのご先祖様だったり、八百万の神々だったりしたからだ。

国を作る上で、コミットする人たちの意識がバラバラでは、何も始まらない。

最後に、「どう」利用したのかについて

これについては、すでにほとんど答えは出たと思う。

改めて確認すれば、要するに有力者たちのバラバラな意識を、仏教を持ち出すことで統一させたということだ。

「仏を信じれば、国家は安定するよ。逆に、信じないと仏罰がくだるよ」

という論理。

このあたりが、「鎮護国家に利用」といわれるゆえんだろう。

つまり、奈良時代において仏教の「何が」「誰に」「どう」利用されたかというと、

「仏というシンボルが」

「律令制度を担う有力者たちに」

「国家への帰属意識を植え付ける形で」

利用されたということになりそうだ。

だから、奈良時代の仏教とは庶民のためのものではなく、もっといえば「悟り」とか「救済」とか目指していたわけでもなく、「鎮護国家」というスローガンとともに、国家の安定と権威誇示のために政治利用されたということができる。

その後、仏教と政治は次第にズブズブの関係になっていく。

「天皇になってこの国を支配しよう」と謀反を起こす「道鏡」という悪い坊さんまで現れてくる。

そんなこともあって、平安時代になると、政治とズブズブな僧侶ではなく、きちんと仏教を理解している実力のある僧侶が求められていく。

主な思想内容

奈良時代の仏教は、「悟り」とか「救済」といった意識は薄く、民衆にもさほど普及することはなかった。

では、仏教はどこで、どんな風に扱われていたのだろうか。

その答えは、

奈良にある各寺院内で、主に学問の対象として研究されていた、

ということになる。

いわゆる「南都六宗」と呼ばれる仏教で、その中身は、

「倶舎、成実、律、三論、法相、華厳」であるが、現代においてはあまりメジャーではない。

かなり乱暴だが、これらの思想の特徴をまとめると、

「空とか唯識といった大乗仏教系」ということができるだろう。

では、「空」とか「唯識」とは、いったいどんな思想なのだろう。

これも簡単に要約するならば、

「この世界は実在しないよ」

と、説く思想だ。

「土も、花も、木も、水も、あなたが目にするすべては実態がない」という。

ぼくたちが今認識しているあらゆる事物や現象は、あくまで「縁(様々な条件))が生み出した虚構であって、ほんとうは実在しない、つまり「無」だというのだ。

しかも、この思想の凄いところは、

「楽しいとか苦しいとか、あなたの意識で思われたすべても実体がない」と説くところだ。

つまり、この世界を経験する主体、「ぼくたちの意識」も実在しない。

これもまた、「縁(様々な条件)」によって、成り立っているもの過ぎず、「ぼく」とか「ぼくの意識」なんて、ほんとうはどこにもないという。

その「無」を悟ることで、あらゆる事物・現象は消滅する。

世界も、自分も、この意識も、すべて消滅する。

そこには、苦しみも、老いも、死も、存在しない。

これが、究極の悟りの境地であり、仏教が目指すべき境地というわワケだ。

よく聞く、あの「色即是空、空即是色」という標語。

あれは「空の思想」や「唯識思想」を表したものと言われている。

「事物や現象(色)は、実態のない虚構(空)だよ!」

それをさらに倒置法で繰り返す。

インパクトを強めて、かっこよく言ってるのだ。

「世界は虚構! 虚構だ世界は!」

じつは、この世界観は、西洋哲学の「認識論」という伝統的な議論にも共通する考え方である。

たとえばイギリスの重鎮、デイビット・ヒュームなんかは、

「『わたし』という意識は、知覚の束にすぎない」

と、「わたし」という主体を虚構と断定している。

ためしに、目をつぶり「この意識」のどこに「ぼく」がいるのか探してみる。

見つけられるのは、「独特の音」であり、「独特の空腹感」であり、「独特の匂い」であり、「独特の肌感覚であり」、「独特の思考」であって、「ぼく」という実態はどこにも見つけられない。

なるほど、たしかに「ぼく」なんてものは実態がない虚構なのかもしれない。

あるのは「知覚の束」だけ。

が、この「空」や「唯識」の思想の破壊力たるやそれ以上で、ヒュームが言った「知覚の束」さえ虚構だと断定している。

しかも、仏教のほうが遙かに起源は古い。

おそるべき東洋思想である。

そのほか、宇宙との一体を目指す「法華経」や、浄土をイメージしようとする「感無量寿経」といった経典が学ばれたりしていた。

が、とにかく繰り返すが、奈良時代の仏教は「悟りを得よう」とか、「救われたい」とかいうよりも、西洋哲学のように、知的欲求に突き動かされ「学問」という性格が強い。

「この世界の実相を明らかにしたい」

学僧たちにはそんな思いがあったのだろう。

だから、寺院はいまでいう「大学」に近く、宗派は「学部学科」に近かったと言われている。

そして、そこで学ぶ学僧たちは知的なエリートたち。

もちろん、仏教は一応ちょっとずつ民間にも広まりつつあった。

とはいえ、この頃は、まだまだ選ばれた一部のエリートたちのためのものだった。

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