はじめに
西洋哲学の歴史を解説するこのシリーズ。
【 哲学史の一覧はこちら 】 1、【ミレトス学派とピタゴラスの哲学】 2、【ヘラクレイトスとパルメニデス】 3、【デモクリトスの原子論】 4、【プロタゴラスとゴルギアスの哲学】 5、【ソクラテスの哲学・思想】 6、【プラトンのイデア論】
今回は、「デモクリトス」の哲学について。
彼は古代ギリシアに現れた「異端児」であり「早すぎた天才」と言えるくらい、画期的な哲学を展開した。
それは、ヘラクレイトスとパルメニデスの哲学をいい感じに吸収し、いい感じに昇華した哲学でもあった。
記事ではデモクリトスの「哲学」と「人物像」、そしてデモクリトス「周辺の哲学者」について解説と考察をしていく。
最後まで読めば、デモクリトスの哲学の概要をバッチリ理解することができるはず。
ぜひ、お時間のあるかたは、最後までお付き合いください。
解説①ヘラクレイトスVSパルメニデス
まず、デモクリトスが現れるまでの哲学の流れを、簡単におさらいしておきたい。
哲学のはじまりは紀元前600年頃、イオニアの「タレス」という男に始まる。
彼は「この世界は何で出来ているんだろう」という問いを持った最初の哲学者で「世界の原理(アルケー)は水である」と主張した。
以来、タレスの弟子たちを中心に、多くの哲学者が「世界の原理」を明らかにすべく、活発な議論を展開してきた。
やがて、大きく2つの勢力が現れる。
小アジアを中心とする「イオニア自然学派」と、イタリアを中心とする「エレア学派」だ。
イオニア自然学派の代表格は「ヘラクレイトス」
一方のエレア学派の代表格は「パルメニデス」
ヘラクレイトスは「あらゆる存在は変化する」といった。
パルメニデスは「あらゆる存在は変化しない」といった。
一見して、両者の説は真っ向から対立していることが分かるだろう。
このバッチバッチの「万物流転」VS「万物不変」論争。
それぞれの説を、もう少しかみ砕いて言えば
- ヘラクレイトス……世界は“生成”と“消滅”を繰り返す
- パルメニデス……世界は常に“不変なもの”として存在している
ということになる。
この両者の主張をいい感じに統合し、「万物流転」VS「万物不変」論争を平定した天才、それがデモクリトスだった。
では、彼は一体、どんな哲学で「流転」VS「不変」論争を、いい感じにまとめあげたのだろう。
結論を言えば、それは「原子論」という、多元的世界観によってである。
デモクリトスの哲学を一言で言い表すと、
万物の根源は原子である
ということになる。
以下、デモクリトスの「原子論」について詳しく見ていきたい。
が、そのまえに、デモクリトスよりも少し早く現れた、2人の哲学者について簡単に紹介しておく。
どちらも、デモクリトスの「原子論」に大きな影響を与えた重要な哲学者だ。
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解説②「エンペドクレス」の哲学
しつこいようだけど、ヘラクレイトスとパルメニデスの主張をまとめると、次のようになる。
- ヘラクレイトス……万物は生成と消滅を繰り返す。
- パルメニデス……世界はは不変の「一」なるもの。
この「変化」と「不変」という決して交わることのなさそうなものが、いかにして統合できるというのか。
まず現れたのが「エンペドクレス」という男だった。
パルメニデスから哲学を教わった彼は、いったん、師の主張を受け入れる。
「確かにこの世界は不変だ」
その一方で、ヘラクレイトスの言い分にも理解を示す。
「だけど、目の前の世界や現象は、明らかに姿形を変えている」
――不変の世界が、変化しているように見える――
これは一体、どういうことなのだろうか……
そんな問いをもったエンペドクレスは、次のような結論に至る。
「この世界には変化しない“4つの原理”があって、それがくっついたり離れたりしている。だからモノが“生成”や“消滅”しているように見えるのだ」と。
エンペドクレスによれば、“4つの原理”とは、「土・水・火・風」であり、彼はこの4つを「万物の根(リゾーマタ)」と呼び、決して変化することのない「真に存在するもの」だとした。
イオニア学派風に言えば、
「世界の原理(アルケー)は、土・水・火・風である」
といったところだろう。
繰り返すが、エンペドクレスによれば、世界を作っているのはこの4つの原理であり、これらが結合したり分離したりして姿形を変えているのだという。
つまり、パルメニデスが世界を永遠不変の「一なるもの」として捉えたのに対して、彼は世界を永遠不変の「4つの原理」として捉えたのだった。
こんな感じで、世界を「1つの原理」で説明することを「一元論」と呼び、世界を「複数の原理」で説明することを「多元論」と呼ぶ。
パルメニデスが「一元論」をとなえたのに対して、エンペドクレスは「多元論」をとなえたことになる。
ちなみに、エンペドクレスは、リゾーマタが結合する働きを「愛」と呼び、分離する働きを「憎しみ」と呼んでいる。
彼の眼には、この宇宙は「愛と憎しみ」の支配が交互に繰り返される場として映ったのだろう。
哲学史を学ぶと、偉大な哲学者の多くが「詩人の目」を持っていたことがよく分かる。
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解説③「アナクサゴラス」の哲学
エンペドクレスの「多元論」や「結合と分離」といった発想は確かに新しかった。
だけど、「万物の根源は土、水、火、風だ」というのは、タレスの「万物の根源は水だ」的な感があって、やや感覚的であるし、ややもすると稚拙な印象を持ってしまう。
そこで次に現れたのが、「アナクサゴラス」という男。
彼もまた、「世界の原理(アルケー)は複数ある」と主張した。
というよりも「世界の原理は(アルケー)無数・無限にある」といった方が正しい。
彼によれば、
世界の原理は確かに複数ある。だけど、それは4つとか数えられる数なんかなくて、無数・無限にあるのだ。
ということになる。
エンペドクレスはいった。
「世界の原理は土・水・火・風であって、これらはそれ以上に分割はできない」
それに対して、アナクサゴラスはこう反論する。
「いや、その4つさえも、さらに無限に分割できるよ」と。
土も水も火も風も、それらは目に見えない無限の“微粒子”に分割できる。
その無限の微粒子こそが、世界の原理(アルケー)であるとアナクサゴラスは考えた。
この無数の微粒子のことを、彼は「種子(スペルマタ)」と呼んだ。
なるほど。
この、「目に見えない“無限の種子”が、世界に秩序を与えている」という考えは、先のエンペドクレスに比べて、かなり抽象度も増し、高度な思考のように思える。
だけど、やはりこうも思わないか。
世界の原理が「無限」にあるって、どういうこと?
「無限」とは、僕たちを煙にまく、ある種の魔法の言葉だ。
この世界は、目に見えない無限の種子で成り立っている! と言われたところで、それはやはり非現実的だ。
さて、エンペドクレスの「世界の原理は4つ」という主張と、「世界の原理は無限」という主張。
両者の主張を受けてついに表れたのが、デモクリトスだ。
エンペドクレスとアナクサゴラスの説を踏まえて、彼は「原子論」という哲学を打ち立てる。
そして「万物流転」VS「万物不変」論争を、いい感じにまとめあげ、古代ギリシア哲学における「存在論の問題」に終止符を打つこととなる。
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解説④「デモクリトス」の人物像
トラキア地方のアブデラ出身。
とにかく、古代ギリシアきっての大天才で、哲学以外にも数学や天文学、音楽、詩学、倫理学、生物学など万学に通じていた。
詳しくは後述するが、彼の哲学は「原子論」といったもので、その世界観は近代科学の世界観とほぼ同じ。
「この世界に存在するのは原子だけだ」
こう述べる彼にとっては“神”もいなければ“異界”も存在していない。
要するに、徹底した「無神論」をデモクリトスは説いた訳だ。
ただご存知の通り、古代ギリシアのビッグネームである、「ソクラテス」とか「プラトン」とか「アリストテレス」といった連中は、皆が皆「魂」の実在を信じていた。
特に、プラトンなんかは「イデア界」という異界の存在を説いていたわけなので、「世界には原子しかありませんよ」といったデモクリトスの無神論には猛烈に反発し、デモクリトスの書を焼き払おうとした程。
つまり、デモクリトスは古代ギリシアにおいては、正真正銘の「異端児」として映ったのだった。
それでも彼は変わることなく、こう説いてまわった。
「世界には原子しかない。魂なんてのも、死後の世界なんてのもありはしない」
そして、こう結論する。
「だから、死んだらおしまい。生きている今が全てなんだよ」
そんな信念を持つ彼だが、ペシミズム(悲観主義)とかニヒリズム(虚無主義)とは無縁の人生を送った。
むしろ「人生を楽しんだもんがち」くらいの楽天家で、とっても快活だったので「笑う人」とも呼ばれている。
しかも、当時の寿命を考えればとんでもなく長生きで、90歳から100歳くらいは生きたと伝えられている。
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仮説⑤「デモクリトス」の哲学
デモクリトス以前の哲学者として、エンペドクレスとアナクサゴラスの「多元論」を紹介した。
彼らはそれぞれ、
「世界の原理(アルケー)は土、水、火、風のリゾーマタだ」
「世界の原理(アルケー)はスペルマタという無数の種子だ」
と説いた。
デモクリトスは、後者、アナクサゴラスの弟子であり、師から「世界の原理は無数にある」という「多元論」を引き継いだ。
さらに、デモクリトスにはレウキッポスという友人がいた。
実はあまり知られていないのだが、もともと「原子論」の原型というのは、友人のレウキッポスが唱えたものだった。
デモクリトスの「原子論」は、レウキッポスの「原子論」を深化拡充し完成させたものなのだ。
デモクリトスは言う。
「世界の原理(アルケー)は、原子(アトム)である」
原子というのは無数に存在していて、それ以上分割できない実体のこと。
唐突だが「リンゴを小さくしていくところ」を想像してみてほしい。
まず2つに割って、さらにそれを4つにして、8つ、16、32、64……
そんな感じで、どんどん小さくしていったとき、最後の最後に「これ以上は分割できません」というモノが残る。
デモクリトスはそれを原子と呼び、世界にはそんな原子が無数に存在しているという。
そしてその原子が運動し、結合したり、分離したりすることで、世界は姿形をかえていくのだ、と。
ふたたび唐突なのだが「ビリヤード」を想像してほしい。
原子を「ビリヤードの玉」に例えれば、それがぶつかり合う「ビリヤード台」というのが必要なことが分かる。
その「ビリヤード台」というのは、要するに原子同士が運動し合う「場」のことだ。
デモクリトスは、原子同士が分離・合体する場のことを「空虚(ケノン)」と呼び、原子同士の「運動の原理」とした。
彼のいう「空虚」とは、現代でいうところの「空間」だと思ってくれればいい。
デモクリトスは、原子だけあっても、それが運動するためには、さらに「他の原理」が必要だと考えた。
要は「ビリヤードの球だけあっても、ビリヤード台がなければ、玉は運動できないよね」というわけだ。
この「原子(アトム)」と「空虚(ケノン)」について、デモクリトスはこんな言葉で説明している。
ないものは、あるものに劣らず存在している。
「ないもの」というのは空虚のこと。
「あるもの」というのは原子のこと。
つまり、彼にとって実在するのは「空虚」と「原子」だけ、というわけだ。
以上がデモクリトスの「原子論」の説明となる。
ここで思い出して欲しいのは、ヘラクレイトスVSパルメニデスの議論だ。
「世界は変化している!」と言ったヘラクレイトス。
「いや、世界は不変だ!」と言ったパルメニデス。
そしてデモクリトスは言う。
「原子は不変だ。その不変の原子が合体と分離を繰り返すことで、世界は変化しているように見えるのだ」
パルメニデスの「一元論」を踏まえつつ、ヘラクレイトスの「変化」にも説明を与えている。
デモクリトスは両者の意見をうまくくみ取り、なんら矛盾のない形で新たな説を生み出したといえる。
ちなみに、デモクリトスの哲学は「原子論的唯物論」と呼ばれている。
唯物論というのは「世界には物質しか存在していない」という考えのことだ。
これは、のちのち「近代科学」の世界観に通じていく画期的な発想なのだけれど、前述したとおり、デモクリトスは古代ギリシアにおいて「異端思想」として糾弾されてしまうことになる。
彼が再発見されるのは、もう少し先の話。
デモクリトスは「速すぎた天才」ともいえる哲学者なのである。
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まとめ
以上「デモクリトス」を中心に、古代ギリシアに生まれた「多元論」について解説をしてきた。
ここまでを図にすると、こんな感じになる。
・パルメニデス ……存在するのは「一なるもの(オン)」 ・エンペドクレス ……存在するのは「土、火、水、風のリゾーマタ」 ・アナクサゴラス ……存在するのは「無数の種子であるスペルマタ」 ・デモクリトス ……存在するのは「原子(アトム)」
これで、古代ギリシアにおける「アルケー論争」はいったん終了となる。
というのも、アルケー論争というのは、どうやって証明することができなかったのだ。
では、この中で誰が一体正しかったのだろうか。
「近代科学」の知から見れば、デモクリトスの説が圧倒的に正しいように見える。
なぜなら、電子顕微鏡とかで物質を観察・分析してみれば、彼が言ったとおり「分割不可能な素粒子」を認めることができるからだ。
とはいえ、その世界観だって、結局のところいつ覆るか分からない世界観だ。
新たな説が生まれば、世界観なんて180度変わってしまうのが哲学や科学の世界だからだ。
天動説から地動説へ、ニュートン力学からから量子力学へ。
そんなふうに「今日の常識」が「明日の非常識」になるってことは、歴史が証明してきた。
とすれば、もし「世界とは何か」を知りたければ、僕たちは古代の先人たちに習わなければならない。
「世界とはこうだ!」と安易に結論を出して、思考を停止してはいけない。
「世界って何?」
「なぜ世界は存在してるの?」
「やっぱり世界は不可解だ!」
そうした疑問や驚きを忘れることなく、「なんで?」という飽くなき好奇心と探究心をもって、
誠実に議論をしていく姿勢が大事なのだろう。
以上で記事はおしまいです。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
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