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江戸時代:仏教批判の時代
説明するのが難しい「日本仏教」を、時代ごとに外観しようというのが、この記事の目的。
これまでの記事では、
と、各時代の日本仏教の展開を確認してきた。
簡単に振りかえると、
- 奈良時代では、知的エリートたちによる学問であり、
- 平安時代で、貴族を中心に根付いていき、
- 鎌倉時代で、民衆たちへと爆発的に広がりだし、
- 室町・安土桃山時代で、武士を中心に世俗化していった。
そして、今回は江戸時代。
この時代は、沢山の思想であふれ返った、しっちゃかめっちゃかの時代である。
まさに「思想のデパート」ともいえる趣だ。
宗教でみれば、
- 仏教
- キリスト教
- 神道
の三つ巴状態。
そこに、
- 儒学
- 国学
- 蘭学
- 町人思想
- 農民思想
- 尊王攘夷思想 などなど、
とにかくたくさんの思想が立ち並ぶ。
こんな中にあって、仏教はいろんな方面から、あれやこれやと批判されることになる。
それら議論1つ1つを紹介し、時代の諸相を総括するなんてことは不可能に近い。
とにかく資料も多いわ、諸説もあるわで、専門家でさえ手を焼いているぐらいだからだ。
だから、ここで扱うものは以下のように限定してしまいたい。
- 「キリスト教 と 仏教」
- 「儒教 と 仏教」
- 「神道 と 仏教」
この3つをみるだけでも、江戸時代における仏教の立ち位置を理解するのに十分だと思う。
キリスト教、儒教、神道、
それぞれ、仏教に対してどんな議論をふっかけたのか。
そして、仏教はどう批判され、相対化されていったのか。
その辺を説明してみたい。
が、その前に、まずは江戸時代における仏教の立ち位置について確認しておこう。
世俗化・弱体化した仏教
さて、「仏教の世俗化・弱体化」については、「鎌倉・安土桃山時代編」で確認をしたところなので詳しくは繰り返さない。
要点をまとめると、以下の通り。
- 禅が中心となり、仏教が無神論化した
- 僧兵がはびこったので、権力者から弾圧をうけた
- 曹洞宗を中心に葬式仏教化が進んだ
- 「神風」によって、人々が「神」への意識を強めた
ということで、江戸時代を迎えたころの仏教は、かつてのような、押せ押せドンドンの勢いはすでに失われていたと言っていい。
しかも、時代柄、仏教に救いを求める人々なんてものも、かなり減っていた。
なぜなら、江戸時代というのは天下泰平の時代だったからだ。
平安・鎌倉時代は、戦乱と災害の時代。
人々は常に死と隣り合わせで、苦しい生活にあえいでいた。
人々は世間を、「憂き世」(辛く苦しい世の中)と呼んだ。
彼らが仏教に救いを求めるのは、至極もっともな流れといえる。
が、一方の江戸時代。
経済的にも豊かになった人々は、平和と安逸の日々を送っている。
人々は世間を「浮き世」(ウキウキ楽しい世の中)と呼んだ。
当然、彼らに「救われたい!」という意識が芽生えることもない。
そんなことで、仏教の担う役割というのも、平安・鎌倉のそれと異なる。
では、江戸時代、仏教に求められたのはなんなのか。
それは、「葬式」と「庶民の管理」である。
室町以降、葬式仏教化が進んできたことは、すでに述べたとおりだ。
これを完璧に制度化させたのが江戸時代の2つの制度、
「本末制度」と「寺檀制度」である。
「本末制度」とは、かんたんに言えば、寺の序列を決める制度だ。
【本山 → 本寺 → 中本寺 → 末寺 → 孫寺】
といったピラミッド型のヒエラルキーを作り、中央が管理するというものだ。
現在、どこの寺も、本山に対して「ご依頼金」を払わなければならないのだが、その起源は江戸時代にある。
「寺檀制度」とは、かんたんに言えば、寺と檀家の結びつきを固定させる制度だ。
寺は檀家たちの戸籍を管理し、彼らの死後はその寺が葬式をあげる。
こうして、江戸幕府としては民衆を支配・管理できるし、寺としては仕事と収入が保証される。
言ってしまえば、幕府と寺のズブズブ、しめしめ、WIN―WINの政策である。
こうして、仏教の世俗化・形式化はいよいよ本格的になり、宗教としての性格も薄れていく。
そんな仏教に待ち構えていたのが、
キリスト教からの批判、
儒教からの批判、
神道からの批判というワケ。
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主な批判内容①「キリスト教 VS 仏教」
さて、キリスト教と日本人の関係を知るうえで、おすすめの文学作品がある。
『沈黙』(遠藤周作 著) である。
江戸時代における「キリスト教弾圧」を扱いつつ、
「日本人にとってキリスト教とは何か」
「日本人にとって宗教とは何か」
を描ききった、日本を代表する第一級の宗教文学である。
(こちらの記事も参考【 『沈黙』(遠藤周作 著) ― 日本人にとって宗教とは ― 】)
その中でも、「キリスト教 VS 仏教(禅思想)」の丁々発止の議論が展開されている。
宣教師たちが、仏教をどのようにとらえ、どのように批判したのか知ることができる、恰好の教材だ。。
では、江戸時代において、主にどんな議論が展開されていたのだろうか。
この世界はどのように始まったのか
- キリスト教……まず神が存在していて、神がこの世界を創造した。
- 仏教……世界を創造した者などいない。この世界は実態のない無だ。
これは、もう、絶対に交わることのない議論である。
キ(リスト教徒)「この世界は、超越者である神がお造りになりました」
仏(教徒)「いやいや、そもそもこの世界は実態のない虚構ですよ」
キ「いや、この世界は実在します。神が実在するんだから」
仏「いや、無だよ。神なんて得体の知れないヤツもいないよ」
キ「いいや、神はいる!」
仏「いない!」
キ「いる!」
仏「いない!」
といった具合。
大前提の部分が食い違っているのだから、もう絶対に未来永劫この議論は交わらない。
2つの世界は、もう全くの別次元なのだ。
ちなみに、「神道」は、この世界の成り立ちについてどう考えいるのだろうか。
「八百万の神々」が描かれた、日本最古の歴史書『古事記』の冒頭によるとこんな感じ。
「まず、この世界があってね、そこから偉い神様が、ムクムクムク~て現れてね、と思ったら、フワフワフワ~って消えていったの」
ということで、西欧哲学やキリスト神学で一番大事な、
「第一原理」、
「この世界の根源」
について、古代日本人たちは「なんか知らんが世界はある」とふんわり考えていたのだ。
なぜか世界はあって、森羅万象は生成と消滅を繰り返す。
これが、仏教以前の日本人の世界観だった。
【 参考記事 『古事記』(天地開闢・国産み)の世界観・人間観を解説・考察 】
ということは、キリスト教の「絶対神が世界を創造しなさった」という世界観は、はなっから日本人の肌に合わない世界観なのである。
人間は死後どうなるのか
- キリスト教……霊魂は不滅。信じる者は天国にいける。
- 仏教……霊魂など存在しない。この世界は実態のない無だ。
これも絶対に交わることのない議論である。
キ「霊魂は不滅です。信じる者は神の国へ行くことができます」
仏「いや、霊魂なんて存在しないよ。無だよ、無」
キ「いや、霊魂は不滅だ! 霊魂はちゃんとある!」
仏「いや、霊魂なんてないんだって!」
キ「ある!」
仏「ない!」
キ「ある!」
仏「ない!」
もうええわ、勝手にせえ!
と、打ち捨てたいところだが、実はこの「有る! 無い!」論争は、とてつもなく深遠で本質的な議論なのだ。
ここで詳しく説明することはできないが、宇宙の根源を完璧に説明できる科学者はいまだに現れていない。
いや、ビッグバンで、宇宙は誕生したっていうじゃないか、
と、考える人が多いが、これだって突き詰めて考えると、
「神が、この世界を作りました」
と言っているキリスト教徒と、全く同じことを言っていると結論できるのだ。
結局、「ビッグバン」も「神」も、この「世界の根源X」の別名に過ぎず、
「じゃあ。ビッグバンや神以前には何があったんですか?」
と、問われると、誰もが返事に窮してしまい、
「無だよ。無」
と答えるほかないってわけだ。
西洋哲学の「存在論」という伝統的議論にも通じるこの論争。
江戸時代において、キリスト教徒と仏教徒は交わることはないものの、熱のこもった議論を展開していたのだった。
その他、お互いの言い分
その他、お互いが相手に言いたいことはたくさんあった。
その辺をいくつか紹介しておく。
【 キリスト教から仏教へ 】
- 悟りを開いたっていったって、仏なんて結局ただの人でしょ? 人間が人間を救うなんてできっこないでしょ。
- 「何もかもが無だ」っていうけどさ、じゃあ仏も教えも、全部「無」ってことでしょ? 自分の論理で自分を否定しちゃってるじゃない。
と、なんとも痛いところを突いた、真っ当な意見のように思える。
が、一言コメントをいれておきたい。
ここには、キリスト教側の誤解があると思われる。
彼らの頭の中で、浄土思想と禅思想とが、ごっちゃになっているワケだ。
要するに、人々を救済する浄土思想の世界観と、無我の境地に至ろうとする禅思想の世界観とでは、そのベクトルは全く違う。
阿弥陀如来による救済を説く浄土思想は、「無」を説いているわけではない。
「無」を説く禅思想は、超越者による救済を説いているわけではない。
一見、真っ当なキリスト教側の批判なのだが、残念ながら両者を混合した的外れの反論と言わざるを得ない。
が、日本人であるぼくたちにだって、沢山の宗派を理解するのは容易なことではない。
キリスト教徒がこういうのも、無理ないと思う。
【 仏教からキリスト教へ 】
- 「信じるものは救われる」って、逆に言えば「信じるものしか救わないってことでしょ?」 全知全能のわりにウツワちっさくね?
- 「信じないものは救わない」って、じゃあ、キリストを知らずに死んでいったぼくらの祖先は救われないの? ひどすぎる。
と、これもキリスト教の排他性を指摘した、するどい意見だ。
そもそもキリスト教はユダヤ教をベースにしているので、排他的な性格は否定できない。
一方の日本人には、以前紹介した本学思想(だれでも悟れるよ、救われるよ思想)がある。
そこに加えて、土着的な「祖霊信仰」もある。
つまり、日本人は、ご先祖様を大切にしているワケだ。
そこにきて、外からやってきたキリスト教は「みんなが救われるわけじゃない。お前たちのご先祖様は、キリストを信仰せず死んだのだから、当然 地獄域行きが確定だ」
と、言い放つのだから、
「うるせえ、勝手なこというな。外野は引っ込んでろ!」
と、日本人が反発するのは、当たり前なのだ。
上記で紹介した遠藤周作も、『沈黙』の中で、このキリスト教の排他性と、日本人の反発を描いている。
ただし、現代のキリスト教は、その排他性や原理主義的な要素が薄まっていると話に聞く。
「神を信じないもの」とか、「悪人」とかに対する扱いなんてものも、変わってきてるんじゃないかなー、とぼくは思っている。
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主な批判内容②「儒教 VS 仏教」
現実から目を背けるな
日本の戦国時代、権力者を悩ませたものがある。
下剋上だ。
「下の者でも実力があれば、上の者を倒し、権力者の座につける」
まさに、実力至上主義。
ここで、これを部活動に当てはめてみる。
後輩「おい、先輩」
先輩「はい、なんでしょうか後輩」
後輩「ちょと、体痛いから、マッサージしてくれよ」
先輩「失礼します」
後輩「いててててて、マッサージもろくにできねえのか」
先輩「すみません」
後輩「だから、試合で勝てねえんだよ」
先輩「すみません」
後輩「あと、これとこれとこれな、洗濯しといてくれ」
先輩「はい、分かりました」
と、ここまでで、ぼくたち日本人は、
「スポーツがうまくても、おまえ人として終わってんな」
と、思うだろう。
「そんなんじゃ、社会でやっていけないよ」とも。
たとえば、職場。
若手1「ったく、あの人、全然仕事できねえよな」
若手2「それな。もう年なんだから、さっさとやめりゃいいのに」
若手1「これからは、おれらの時代っつーかさ。若いのをバンバン使えよって感じ」
若手2「それな。年功序列とか、古すぎ」
若手1「実力がすべてだよな」
若手2「それなー」
と、ここまでで、少なからず嫌悪感を抱く日本人は多い。
「目上の人へのリスペクトを忘れんな。亀の甲より年の功だ」
と、思うだろう。
この、「目上の人を敬え」という価値観。
江戸時代に広まった儒教の価値観であることを、多くの日本人は知らない。
そのほかにも、
「親を大切にしようね」とか
「兄弟を大切にしようね」とか
「友達を大切にしようね」とか
とにかく、小学生の頃から、なんなら幼稚園児の頃から、散々聞かされてきた価値観は、基本的に儒教の価値観である。
そして、この価値観は、江戸時代の権力者にとって、自分たちの権限を保つのに非常に有効だった。
「主君を敬いなさい」
「みんな仲良くしなさい」
と、こうなるからだ。
この思想のもとでは、どんなに実力があっても下剋上などできるはずない。
互いに反目しあって、争うことは許されない。
こうして、江戸幕府に擁護された儒教は、「朱子学」とか「陽明学」と呼ばれ、次第に人々の価値観に大きく影響を与えていく。
現代のぼくたちが、
「お年寄りを大切にしよう」とか、
「家族を大切にしよう」とか、
と思えるのも、こうした流れが影響しているワケだ。
ここで繰り返すが、儒教は「この世界で生きていくうえで大切な道徳や倫理」を説く思想だ。
どこまでも現実的で、社会に根差した思想であるといえる。
一方の仏教はどうだろう。
たとえば、浄土思想はこう言う。
「世間なんて捨てちゃえ。阿弥陀如来に全てゆだねなよ」
たとえば、禅思想はこう言う。
「座れ、悟れ。この世間なんて本当は実在しないんだから」
これらが、どこまでも非現実的で、非社会的であるかは一目瞭然だ。
儒教がついてくるのはまさにここ。
「仏教って、よくよく学んでみると、現世を完璧に否定してるよね。だけど、ぼくたちが今生きてるのって、あの世じゃなくて、この世だよね。この世でよりよく生きていくためには、人倫とか義理ってのが大事なんじゃない?」
こう考えたのが、藤原惺窩(ふじわら せいか)。
江戸時代に儒教を広めた張本人である。
彼の弟子の林羅山(はやし らざん)も幕府のブレーンとして、儒教を広めた人物だ。
では、彼らの仏教批判を以下にまとめてみよう。
儒教から仏教への批判
- 浄土思想も禅思想も、どちらも現実否定の思想でしょ。ぼくたちが生きるのは、この世間なんだから、よりよく生きていくための倫理や道徳が必要じゃない?
- お釈迦様は自らの悟りのために、父は捨てるし、妻子は捨てるし、山に一人でこもるし、なんて身勝手なやつなんだ。もっと家族を大切にしろ。
- 大切なのは、優しさとか気配りだよね。なのに、心を滅却しろって どういうこと?
- 仏教って結局、死のことばっかり考えてるよね。人間だれもが死ぬんだからしょうがないじゃん。まず、それを受け入れるところから始めようよ。
ほら、儒教の言い分って、めちゃくちゃ納得しないだろうか。
しかも、儒教は「ご先祖さまを大切にしよう」とも説いている。
もう、日本人の肌にぴったりとフィットする教えなのだ。
繰り返すが、ぼくたちが散々聞かされた道徳は、そのほとんどが儒教の価値観である。
「これって宗教っていうより、学問じゃない?」
そう思った人、鋭い、正解。
だから、「儒教」というより、むしろ「儒学」と呼ばれるわけ。
「朱子学」も「陽明学」も同じ。
「儒学」は、徹底して、仏教の出世間主義を批判している。
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主な批判内容③「神道 VS 仏教」
原点へ帰れ
さて、ここにきて、強烈なパワーワードが発せられる。
「仏教も、儒教も、どうせ輸入品じゃん。オリジナルで勝負しろよ」
それを言われちゃ……と、だれだって言葉に詰まってしまう。
「でも、本当に優れた教えには、普遍性があるってもんでしょ」
と、反論することはたやすいけど、やはり誰もが、
「とはいえ、日本人にフィットした思想ってなんだろう?」
と、やはりなんだか割り切れない思いが残るのではないだろうか。
「日本人のオリジナルってなんだろう」
「日本人とはどんな生き物なんだろう」
これを研究し、日本の原点回帰を主張する学問。
それが、国学である。
「儒教とか、仏教とか、学んでみたけど、やっぱり自分にしっくりこないんだよね。だからいっそ外来の思想をすべて排除して、失われてきた日本人の心の原点に立ち返ろうじゃないか!」
こう考えたのが、契沖(けいちゅう)という男。
江戸時代に国学を始めた張本人である。
その後、国学は、
- 荷田春満(かだのあずままろ)
- 賀茂真淵(かものまぶち)
- 本居宣長(もとおりのりなが)
- 平田篤胤(ひらたあつたね)
と展開していく。
この4人が、国学の四天王である。
では、彼らが仏教に対して加えた批判を見ていこう。
国学から仏教への批判
- 仏教なんて、結局外来の思想、つまり輸入品だよね。日本人のやさしさとか、やわらかい心とかに全然フィットしないよね。
- 日本人ってのは、月を見て涙を流したり、月が隠れて涙を流したり……そういう繊細でしみじみとした感性「もののあはれ」がある。それを一切考慮にいれないで「すべては無」とか言っちゃう思想なんて、ダメダメだよ。
うむ、この主張も、日本人であれば理解できる。
ちなみに、「国学」が重んじている『古事記』を読んでみると、日本人の世界認識が書かれている。
「キリスト教 VS 仏教」でも軽くふれたが、『古事記』の冒頭を改めて確認したい。
「まず、この世界があってね、そこから偉い神様が、ムクムクムク~て現れてね、と思ったら、フワフワフワ~って消えていったの」
ここには、世界がどのようにできたのか、その説明は一言もない。
日本人にとって世界は、誰かが意図して作り上げたものではない。
気が付けばそこにあったもの。
おのずから成り、おのずから消滅していく、そういう生々流転する全体。
自然、という言葉がしっくりくるかもしれない。
ぼくたちはその自然の中で、その一部として生きている。
だからこそ、西欧に比べて、日本人は自然に対する親しみを持っている。
各種和歌に見られる、自然や四季に対する繊細な感性は、そのいい例だ。
そういう、ぼくたちのDNAレベルに宿っている「日本人的なもの」を取り戻すことこそ、よりよく生きることになるんじゃないか。
国学者は、それを常に主張しているのだ。
「キリスト教? 結局、西欧のものでしょ?」
「儒教? 結局、中国のものでしょ?」
「仏教? 結局、インドのものでしょ?」
まぁ、それをいっちゃおしまいなのだが、だけど、事実として日本人であるぼくたちにとって、古代から受け継がれてきたもの (それは文化と呼べるかもしれない) を、理解することって、やっぱりとても大切なんじゃなかろうか。
とはいえ一方で「おれたち日本人が常に正しい」と、偏ってしまえば、自文化中心主義や原理的ナショナリズムに陥ってしまう。
実際、『古事記』は戦時中、子どもたちの国家意識を高めるのに教育の現場で利用された。
国学は国学で大事なのだけど、一歩まちがえると、それは排他的なナショナリズムに行きついてしまうわけだ。
最後に、見出しに掲げた「神道」について一言。
いうまでもなく、神道の世界観は古事記の世界観と同じである。
そして、国学者たちは「古事記に帰れ」と主張していた。
国学の四天王最後の男、平田篤胤も国学を応用した「復古神道」という世界観を提示している。
国学から仏教への批判は、神道から仏教への批判、と言い換えて差し支えないだろう。
ちなみに、平田篤胤の「復古神道」
実は、これまでの神道とは違い、死後の世界についての論理を構築している。
いわく、
人間の死後、オオクニヌシの審判があり、アメノミナカヌシが最高神である。
これは明らかに「キリスト教」の影響を受けているし、あきらかに超現実主義でもある。
結局、国学も、外来思想の影響をうけるわ、仏教と同じような道をたどるわの、自家撞着をおこしているワケ。
この辺はムムム……である。
次の記事はこちら
【日本仏教の歴史】 ―明治時代を わかりやすく簡単に解説 ―
それ以降はこちら
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