はじめに「バイアスなしで解説!」
注意 この記事はネタバレを含みます!
本書『はじめての』は、4人の直木賞作家による短編集だ。
島本理生、辻村深月、宮部みゆき、森絵都……
どれも今のエンタメ文学を牽引する、超売れっ子作家だ。
そんな売れっ子作家と、人気アーティストとのコラボ企画で生まれた本書。
【YOASOBI×直木賞企画】『はじめての』解説記事はこちら 1、解説・考察・あらすじ『私だけの所有者』(島本理生) 2、解説・考察・あらすじ『ユーレイ』(辻村深月) 3、解説・考察・あらすじ『色違いのトランプ』(宮部みゆき) 4、解説・考察・あらすじ『ヒカリノタネ』(森絵都)
ちなみに、僕はその楽曲は1回たりとも聞いていない。
ということで、この記事は、楽曲によるバイアス一切なしで書かれている。
特に「考察」の部分に関しては、ひょっとして、楽曲とは全然違う解釈となっているかもしれないけれど、それはそれとして読んでいただければ嬉しい。
以下、「海のまにまに」の原作『ユーレイ』(辻村深月)について
- テーマ
- 登場人物
- あらすじ
- 考察
の4項目について書いていこうと思う。
それでは、ぜひ、最後までお付き合いください。
テーマについて
「はじめて家出したときに読む物語」
「家出」という非日常の中で出会った「奇跡」
悲しみ、絶望、孤独、その先で主人公が見つけたのは、確かな感触を持つ「優しさ」だった。。
読者の予想を“2度”裏切る、こころ温まるファンタジー小説。
登場人物について
海未(私)
……物語の語り手の女子中学生。いじめが原因で自殺を決意し家出。電車にのって見知らぬ駅で降り、真夜中の海にたどり着いた。そこで、不思議な女の子(のどか)と出会い、季節外れの花火をする。のどかに自分の心のうちを告白できたことで、自殺を思いとどまる。
のどか
……女子中学生。真夜中の海で、海未の前に現れた不思議な女の子。母親に怒られたことで家を飛び出してきた。「ノースリーブのワンピースに裸足」という格好は季節外れで、海未に「ひょっとして、ユーレイ?」と疑われる。海未と花火をする中で、自殺しようとする海未を引き留めた。
女の子
……「海未」と「のどか」に見えた(気がした)女の子。水難事故で亡くなっている。
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あらすじ(800字)
主人公「海未」は、中学校の同級生や吹奏楽部の部員たちからの「いじめ」を苦に、家出と自殺を決意し、1人電車に揺られていた。
電車の窓から見えたのは海。
――夜の海って、そういえば見たことがない。
そう思った海未は、見知らぬ駅で下車し、真夜中の海にたどり着く。
海に入って死ぬことを考えた海未だったが、そこで女の子(のどか)から声を掛けられる。
その女の子は「ノースリーブのワンピースに裸足」という季節外れの格好をしていて、どこか現実感に乏しい。
海未は、その女の子に誘われるまま、しけった花火をする。
花火をしながら「ひょっとして、ユーレイ?」という疑いを深めつつも、海未は「自殺する覚悟」を女の子に伝える。
女の子は「凄く苦しいよ」「少なくとも今日はやめた方がいい」と海未を止める。
海未が女の子に「朝までそばにいて欲しい」と懇願すると、彼女は海未の気持ちに応えてやる。
「(この子が)ユーレイかどうか、もう確かめなくてもいい」海未はそう思いつつ、いつの間にか眠りに落ちていた。
朝の日が差し、海未は目を覚ました。
そこで見たものに、海未は「え?」と息を吞む。
ユーレイだと思っていた女の子が、コンクリートの上で寝ていたのだ。
しかも女の子は、昨晩の幻想的な雰囲気がまるで嘘みたいに生活感たっぷりの体。
拍子抜けした海未だったが、改めて女の子に「自殺しようと思った経緯」を語る。
海未の話を、決して深刻に考えようとはしない女の子の態度に、海未の心は軽くなっていく。
「死ななくて良かった」
そう思えるようになった海未に、女の子はふいにこう口にした。
「昨日、本当にひとりだった?」
彼女によれば、自宅マンションの4階ベランダから海を見下ろしたとき、海未の横にもう1人女の子が立っていたのだという。
「何をしているんだろうと」不思議に思って見ていると、その子がこちらを見て手招きをしたらしい。
その話を聞いた海未は、改めて水難事故で亡くなった女の子に思いをはせる。
そして、その子が自分を「自殺」から救ってくれたのだと感じ、女の子に感謝した。
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考察「作品における“眼差し”」
主人公の「海未」は中学でいじめにあっている。
その理由は「先輩の好きな人をバラしたから」という子供じみたもの。
それは海未にとっては全くの濡れ衣であって、しかも、その先輩らは結果的に付き合うことができたらしく「めでたしめでたし」の図。
それは「のどか」も、
「うわあ……、しんじられないくらい頭が悪い」
と、げんなりするほどの事件だったワケが、いじめを受けた「海未」の心には深刻な傷を与えることになった。
次に引くのは、作品の冒頭だ。
電車は、夜の合間を縫うように走っていく。
窓の外を流れていく景色から昼間の光りが失われていくのを、私はぼんやりと眺めていた。
ここには、海未の「孤独」や「絶望」を象徴的に描かれている。
光が「希望」だとすれば、闇は「絶望」
海未が乗る電車がゆっくりと闇に飲み込まれていくように、海未もまたゆっくりと「死」に近づいていく。
そんな海未を、最終的にこの世につなぎ止めたのは「のどか」だった(間接的にきっかけを作ったのは「女の子の霊」だったわけだが)。
海未はのどかとの交流を通して、彼女との「つながり」というものを意識していく。
そして、その「つながり」を意識させたもの、それが「のどかの眼差し」だった。
物語の中では、のどかの眼差しが何度も何度も描かれている。
次に引くのは、のどかが登場した場面だ。
「ひとり?」
「……ひとり」
呆気に取られて、弾みで頷いてしまう。彼女はじっと私の顔を見つめ、少しだけ何かを考えるように黙った後で、「そっか」と頷いた。
その後も、のどかの“眼差し”はこんな風に書かていく。
彼女の目は相変わらず、花束の方をみないままだ。私の顔を正面から見つめ、彼女が言った。
彼女が花火から顔を上げる。私と目が合う。
同じ高さに屈んで花火を持ったまま、その子の目が無言で私を見つめ続けていた。
この時点では、海未は依然として「この子は、本当はユーレイなのでは?」と疑っている。
ただ、海未は間違いなく、のどかの「眼差し」に、彼女の「存在」や「実在」というものを感じているはずなのだ。
だからこそ、海未は、のどかに自らの思いを告白するのだし、「朝までは、そばにいてくれる?」と訴えかけるのだといえる。
海未がのどかの「眼差し」を強く意識するのは、次の場面においてだろう。
「やめなよ、少なくとも、今日は」
目の前で、その子が言った。さっき会ったばかりなのに、真剣な眼差しで、彼女が私をきちんと見ている。もう誰も、私に向けることはないと思っていた真っ直ぐな視線。
ここから分かるのは、いじめが海未に「みんなにとって自分は価値のない存在なのだ」という意識を与えたことだろう。
そんな彼女の孤独に初めて寄り添ってくれたのが、のどかの「眼差し」だったのだ。
朝目覚めた海未は、のどかが「ユーレイ」じゃなかったことを知る。
そこで書かれるのもまた、「まなざし」の存在感だった。
「おはよう」
「え、ちょ……どういうこと?」
私は激しく動揺したまま、彼女の顔を見つめ返す。海に弾かれた日差しを映した瞳がきれいなビー玉みたいに透き通っている。その目がちゃんと、ここにある。
のどかの「まなざし」は、太陽の日を受けて、ありありとした実在性を放っている。
そしてその「眼差し」が、海未に「のどかとのつながり」を意識させてくれた。
作品のラストでは、海未がのどかとのつながりの「確からしさ」を実感する。
彼女が私の腕を引く。その手に確かな質感と、温度がある。その感触に、ああ――と、思う。空を振り仰ぎたい気持ちになる。
そして、さいごに海未はこう思うのだ。
この子が「ユーレイ」じゃなくて、よかった。
闇を抜け、朝の光につつまれた海未。
人との「つながり」を信じることができた海未。
海未はもう、昨日までの海未じゃない。
これから海未は、きっと強く生きていける。
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おわりに
以上、『ユーレイ』の考察と解説を終えたい。
ご存じの通り、この作品は人気アーティストYOASOBIとのコラボ企画で誕生したものだ。
正直、僕は、彼らの”これまでの”楽曲の「オリジナル」を極力読まないようにしてきた。
というのは、大ヒット曲「夜にかける」のオリジナル作品を読んだとき、妙に鼻白んでしまったからだった(ファンの皆さんごめんなさい)。
つまり、楽曲とオリジナルとのギャップを感じてしまったのだ。
だから、僕がこの本書を手に取ったのには、この4人の作家への信頼がある。
僕はこの4人の直木賞作家の作品を多く読んできたし、彼らが紡ぎ出す世界観を信頼している。
そして、この短編集は、そんな僕の信頼にこたえてくれるものだった。
文学好きの人にとっても、音楽好きの人にとっても、この記事があなたの何かの参考になったなら嬉しいです。
以上、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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