解説・考察『マイクロスパイ・アンサンブル』ー“伊坂エッセンス”たっぷりの佳作ー

文学
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作者について

作者「伊坂幸太郎」は、もはや説明不要の“現代エンタメ小説界の重鎮”である。

2000年『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビューするや、続く2002年に『ラッシュライフ』、2003年に『重力ピエロ』『アヒルと鴨のコインロッカー』でまたたく間に人気作家の仲間入り。

以降、年間に2~3本の中・長編小説を発表し、『フィッシュストーリー』『ゴールデンスランバー』『アイネクライネナハトムジーク』などは、映画化し、多くのファンたちを魅了した。

伊坂幸太郎の魅力については、〈これまたもはや説明不要なのだが〉以下の点が挙げられる。

  • 鮮やかな伏線回収
  • 魅力的な登場人物
  • ユーモラスな会話
  • ハートウォーミングな展開
  • 手に汗握る戦闘シーン

こうした特徴を持つ物語は、多くの場合「カットバック」という手法によって“緊張感”たっぷりに描かれる。

「カットバック」というのは、たとえば、

「Aさんの視点」→「Bさんの視点」→「Cさんの視点」→「Aさんの視点」→「Bさんの視点」→「Cさんの視点」→ ……

といったように、それぞれの物語を交互に配置し、ストーリーが進むにつれそれぞれが次第に交錯していく――といったテクニックのことだ。

もちろん、作品ごとに「作風」や「雰囲気」は全く違ったりするので一概にはいえないのだが、だけど伊坂ファンなら、上記の点において異論はないはず。

今回とりあげたいのは、2022年に出版された『マイクロスパイ・アンサンブル』

こちらも、「鮮やかな伏線回収」ありの、「魅力的な登場人物」ありの、「ユーモラスな会話」ありの、「ハートウォーミングな展開」ありの、「手に汗握る戦闘シーン」(ちょっとだけ)ありの、要するに“伊坂らしい”作品となっている。

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作品の紹介

あらすじについて詳しく書くと、大々的なネタバレになってしまうので、以下、出版社「幻冬舎」の広告文を引用しておく。

どこかの誰かが、幸せでありますように。

失恋したばかりの社会人と、元いじめられっこのスパイ。

知らないうちに誰かを助けていたり、誰かに助けられたり……。

ふたりの仕事が交錯する現代版おとぎ話。

付き合っていた彼女に振られた社会人一年生、どこにも居場所がないいじめられっ子、いつも謝ってばかりの頼りない上司……。

でも、今、見えていることだけが世界の全てじゃない。

優しさと驚きに満ちたエンターテイメント小説!

本書もまた、伊坂のお家芸である「カットバック」手法によって、“スパイ”たちが住む「あっちの世界」と、“失恋男”が住む「こっちの世界」とが交互に描かれる。

それぞれの世界が次第に交錯し始め、互いが互いの世界に影響を及ぼしあい、それぞれがそれぞれの幸せを願っていく。

広告にも「おとぎ話」とある通り、ファンタジー要素の強い作品であるけど、現代社会を風刺しているような言葉や、社会人としてハッとさせられる文句が多く、多くの読者にウケる作品だといえる。

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作品の成り立ち

『マイクロスパイ・アンサンブル』の本編は、7つの章によって構成されている。

タイトルはそれぞれ

  • 1年目
  • 2年目
  • 3年目
  • 4年目
  • 5年目
  • 6年目
  • 7年目

そもそも本作品が生まれることになったのは、2015年にさかのぼる。

福島県の猪苗代湖を会場に行われた“音楽フェス”「オハラ☆ブレイク」

「会場に来てくれた人に、短い小説を配れないか」

そう依頼されて作ったのが、本書に収められた「1年目」だった。

以降、2016年に「2年目」、2017年に「3年目」といった具合に続編が書かれ、2021年に「7年目」が書かれた。

その7つの本編に「プロローグ」と「エピローグ」を加筆し、全体を改稿してできあがったのが本書『マイクロスパイ・アンサンブル』ということになる。

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作品の“BGM”

フェスで配られたということもあって、作中では、あるミュージシャンの曲が引用されている。

そのミュージシャンとは、「Theピーズ」「TOMOVSKY」である。

どちらも、「オハラ☆ブレイク」に参加していたミュージシャンであり、特に「Theピーズ」に関しては伊坂幸太郎自身が大のファンであり、実は2008年時点で、すでにコラボ小説を発表している。

『後藤を待ちながら』というその作品(もちろんサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』のオマージュである)は、Theピーズの名曲「実験4号」をモチーフにしている。

作中においてもTheピーズのメンバーと思しき3人が登場し、「実験4号」の歌詞が作中で大きな役割を果たす。

さて『マイクロスパイ・アンサンブル』でも、要所要所、まるでBGMみたいに数々の歌詞が引用される

そのどれもが、作中で大きな役割を果たしていて、時に主人公を励ましたり、時に登場人物の心を動かしたり、時に物語の行方を左右したりする。

個人的には、TOMOVSKYの「スポンジマン」

〈何が起こったっていい どうせ全部 吸い取るんだから〉

という歌詞に励まされる女性の描写が、伊坂らしくてとても気に入っているし、

〈僕の大好きな あのヒトが ちゃんと幸せだったらいいな〉

という、これまたTOMOVSKYの「希望の星」の歌詞が作品の大切なメッセージとして引用されるところも、ハートウォーミングで心惹かれる。

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作品のモチーフ

この作品の最大の魅力は、“つながり”をテーマにしている点だと、僕は思っている。

この“つながり”というのも、実は伊坂作品の中でよく描かれるテーマの1つだ。

たとえば名作『フィッシュストーリー』では、ある売れないバンドマンの苦悩が「風が吹けば桶屋が儲かる」的にめぐりめぐって世界を救う様子が描かれていた。

また、伊坂にとって唯一の“恋愛モノ”といえる『アイネクライネナハトムジーク』でも、思いがけないことをきっかけに結ばれる男女の姿が描かれていたし、『クジラアタマの王様』では「現実世界」と「夢の世界」のつながりがエンタメ感たっぷりに描かれていた。

『マイクロスパイ・アンサンブル』では、スパイたちの住む「あっちの世界」と、失恋男の住む「こっちの世界」とが次第に交錯していくわけだが、それぞれの何気ない行動が、お互いの困難を解決していく。

伊坂幸太郎の“つながり”をテーマにした作品を読んでいて、いつも思うことは、

自分の何気ない日常が、遠く離れた誰かを救っているかもしれない

という励ましであったり、

現実的にありえないかもしれないけれど、あってもいいじゃないか、そういうこと

という希望であったりする。

本書もその例外ではなく、読んでいて“優しく温かい気持ち”になれるのは、人間の目に見えない「つながり」を感じ、そうした関係を信じさせてくれるからに他ならない。

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作品の魅力

本書には、伊坂作品の魅力が、あますことなく表れていることだ。

すなわち、

  • 鮮やかな伏線回収
  • 魅力的な登場人物
  • ユーモラスな会話
  • 手に汗握る戦闘シーン
  • ハートウォーミングな展開

このすべてが、約200ページの小説世界にギュッと濃縮されている。

鮮やかな伏線回収】については、これはネタバレになるので、ここでは絶対いえないわけだが、ファンをがっかりさせない仕掛けが至るところに施されている。

【魅力的な登場人物】でいえば、

  • 「失恋で自己嫌悪になっている青年」
  • 「元いじめられっ子のスパイ少年」
  • 「体系コンプを明るく受け入れる女性」

などなど、伊坂らしい「あかるさ」と「ユーモア」と「やさしさ」を兼ね備えたキャラクターが多い。

個人的な“推し”は「いつも謝ってばかりの頼りない上司」長倉課長だ。

部下や上司たちから見下されている彼には、彼にしかできない「優しさ」と、静かで強い「信念」があり、そんな彼の「ぶっ飛んだ」行動が、次第に「やさしさ」の連鎖を生み出していく。

伊坂作品には、『砂漠』の西嶋とか、『チルドレン』の陣内とか、『陽気なギャングシリーズの響野とか、魅力的なキャラクターが多く「また彼らに会いたい」と思わせてくれるものだが、本書の「長倉課長」も「また会いたい」と思わせてくれるようなチャーミングな人物だった。

【ユーモラスな会話】で言えば、ほんと上げればきりがないのだけど、特に、「失恋男」と「先輩女性」の会話の応酬が気持ちいい。

伊坂作品におけるユーモラスな会話といえば、多くの場合「男女の会話」だったりする。

たとえば、『アイネクライネナハトムジーク』では「織田夫妻」だったり、『陽気なギャングシリーズ』だと「響野夫妻」だったりするわけだが、『マイクルスパイ・アンサンブル』での「失恋男と先輩女性」の会話も、かなりいい。

【手に汗握る戦闘シーン】についていえば、正直、そこまでの緊張感はない。

戦闘シーンといえば、伊坂作品だと『グラスホッパー』とか、『マリアビートル』とかが有名であり、それはもはや「超人対超人」の趣で、登場人物が飛んだり跳ねたり、「小説世界を縦横無尽に躍動!」といった迫力満点の描写が魅力的である。

それにくらべれば、『マイクロスパイ・アンサンブル』は、残念ながらやや迫力にかける。

ただ、「元いじめられっこのスパイ」が、「元いじめっこ」たちと対峙するシーンあたりは、とても見どころがあると思う。

以上、本作は総じて「伊坂らしい作品」だといえるわけだが、なんといっても「温かい読後感」こそ最大の魅力だと思う。

つまり【ハートウォーミングな展開】である。

本書帯にある、

優しさと驚きに満ちたエンターテイメント小説

が、その全てを物語っているだろう。

読み終えて、友人や家族に優しくなれたり、とるに足らない自分の日常が愛しく思えたり。

そうした気持ちになれるのは、本書には次のメッセージが通奏低音のように流れているからだ。

〈僕の大好きな あのヒトが ちゃんと幸せだったらいいな〉

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伊坂作品のオススメ

以上、『マイクロスパイ・アンサンブル』の紹介を終えたい。

最後に、本書のテーマと共通する伊坂作品を紹介して、この記事を締めくくりたい。

「鮮やかな伏線回収」系

『ゴールデンスランバー』

首相暗殺の濡れ衣を着せられた男の、2日間にわたる逃亡劇を描いた作品。

これはもはや、すべての伊坂エッセンスが詰まった最高傑作だといえる。

その中でも、伏線回収は神がかっていて、後半にかけてページを繰る手が止まらない。

笑いあり、涙ありで、読み終えた後の余韻は、伊坂作品の中ではNO1だといえる。

2008年本屋大賞受賞。

第21回山本周五郎賞受賞。

『このミステリーがすごい!』2009年版1位。

この作品を読まずして、伊坂を語ることはできない。

「魅力的な登場人物」系

『砂漠』

大学で出会った5人の男女がボウリング、合コン、麻雀、通り魔犯との遭遇、捨てられた犬の救出、超能力対決などを通じて互いの絆を深め、それぞれを成長させてゆく青春物語。

この作品の魅力のうち7割くらいは「西嶋」というキャラクターが占めているといったら、伊坂ファンは怒るだろうか。

とにかく、それくらい「西嶋」は魅力的な男で、彼独特の人生観、恋愛観、世界観はもはや「西嶋哲学」と呼んでも良いくらいの求心力がある。

もはや作者の「意図」を超えて、西嶋が勝手に動き始めているような印象さえ持つが、それはきっと小説家冥利に尽きるのではないだろうか。

続編がないのが、信じられない。

『砂漠』の続編を心待ちにしている伊坂ファンは、絶対に多い。

「ユーモラスな会話」系

『チルドレン』

「俺たちは奇跡を起こすんだ」

そうした独自の正義感を持ち、いつも周囲を自分のペースに引き込むがなぜか憎めない男、陣内。

正直、『チルドレン』は先述の「魅力的な登場人物」系で紹介したかったくらい。

それくらい陣内という男は魅力的で、彼を中心とした会話の応酬が最高にクールでキマっている

陣内を中心にして起こる不思議な事件の数々――。

何気ない日常に起こった5つの物語が、一つになったとき、予想もしない奇跡が降り注ぐ。

「手に汗握る戦闘シーン」系

『グラスホッパー』

これについて異論はないだろう。

作品の完成度について言えば、伊坂自身が

「今まで書いた小説のなかで一番達成感があった」

と語るほど。

本書は「殺し屋」たちの物語。

彼らが巻き起こす戦闘は、「超人対超人」、「最強決定戦」、「天下一武道会」の趣で、とにかく本書はワクワクでドキドキ手に汗握る第1級のエンタメ小説だ。

殺し屋たちのネーミングも、「蝉」とか「鯨」とか、伊坂のセンスが光っている。

続編の『マリアビートル』もオススメなのだが、まずは『グラスホッパー』から。

「ハートウォーミングな展開」系

『終末のフール』

舞台は「8年後に地球が滅亡する」と発表されてから5年目の世界。

――死なねばならないのに、人はなぜ生きるか、いかに生きうるか――

そんな人間の根源的なテーマを大げさでもなく、観念的でもなく、いかにも生活実感に即して読者に問いかけてくる。

日常の尊さ、一瞬の大切さ、生活のかけがえのなさ……

本書は、僕たちが普段見失っているものを鮮やかに取り出して、僕たちの前に提示してくる

――限られた人生を、どのように生きていくべきか――

本書に貫かれたその問いは、しかし、死の「3年前」だろうが「50年前」だろうが、本質的にはなんら変わらないことに気付かされる。

「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」

「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」

作中のこの言葉に、作品の全てが詰まっているといっていいだろう。

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