はじめに「バイアスなしで解説!」
注意 この記事はネタバレを含みます!
本書『はじめての』は、4人の直木賞作家による短編集だ。
島本理生、辻村深月、宮部みゆき、森絵都……
どれも今のエンタメ文学を牽引する、超売れっ子作家だ。
そんな売れっ子作家と、人気アーティストとのコラボ企画で生まれた本書。
【YOASOBI×直木賞企画】『はじめての』解説記事はこちら 1、解説・考察・あらすじ『私だけの所有者』(島本理生) 2、解説・考察・あらすじ『ユーレイ』(辻村深月) 3、解説・考察・あらすじ『色違いのトランプ』(宮部みゆき) 4、解説・考察・あらすじ『ヒカリノタネ』(森絵都)
ちなみに、僕はその楽曲は1回たりとも聞いていない。
ということで、この記事は、楽曲によるバイアス一切なしで書かれている。
特に「考察」の部分に関しては、ひょっとして、楽曲とは全然違う解釈となっているかもしれないけれど、それはそれとして読んでいただければ嬉しい。
以下、「好きだ」の原作小説、『ヒカリノタネ』(森絵都)について
- テーマ
- 登場人物
- あらすじ
- 考察
の4項目について書いていこうと思う。
それでは、ぜひ、最後までお付き合いください。
テーマについて
「はじめて告白したときに読む物語」
幼馴染に恋をする主人公の女子高生の「成長物語」
過去にタイムトラベルするというファンタジー小説だけど、児童文学っぽくもある。
読みながら泣いたり、笑ったり、そして読後には温かい余韻に包まれる。
この短編集の「トリ」にふさわしい作品。
登場人物について
由舞 ……高校2年生の女子。「柿ピー」と「ワンピース(漫画)」が心の支えで、「バレーボール」に打ち込んでいる。幼なじみの椎太に恋をしている。椎太に対してはすでに3度の告白(小1の頃、小6の頃、中2の頃)をしていて、高2の今、通算4度目の告白をしようかと悩んでいる。ヒグチに相談を持ちかけ、そこで「タイムトラベル」の存在を知り、過去に戻ってかつての自分の「告白」を阻止しようと決意する。
椎太 ……高校2年生の男子。由舞とは幼なじみ。一見して脳天気で思慮も浅く見えるが、「温かな優しさ」と「独特の世界観」を持っている。由舞への恋心にようやく気がつき、彼女に告白をする。
ヒグチ
……高校2年生の女子。由舞とは長らくの親友。由舞から「椎太のこと」で相談をされ、クールで歯に衣着せない言葉でズバズバと助言を下す。由舞に「タイムトラベル」と「蒔野」を紹介する。
蒔野さん
……タイムトラベルの手伝い人。年齢不詳で小柄な女性。「タイムトラベル」という怪しさを中和するため、あえて「ふつう」を心がけている。「金のない人には高額請求しない」というポリシーを持ち、由舞のタイムトラベルをわずか1200円で請け負った。
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あらすじ(900字)
高校2年生の由舞は、幼なじみの椎太に告白すべきか悩んでいた。
すでに小1、小6、中2と、3回告白をしている由舞にとっては、今回の告白で通算4度目になる。
ヒグチに相談をすると「恋が成就する可能性はほぼゼロ」と言われてしまう。
しかも「頭を冷やすために当たって砕けろ」といったアドバイスまで受ける。
その後も、ヒグチに「愚痴」を吐き続ける由舞。
やがて「4度目の告白は、さすがに椎太にとって新鮮さに欠けるんじゃないか」ということに思い至り、軽率に3度も告白した「過去の自分」に対して後悔し始める。
その話を聞いたヒグチは、由舞に対して「タイムトラベルの手伝いをしてくれる人」を紹介した。
数日後、なんとかアポをとった2人は、とある高層マンションへおもむき「タイムトラベル手伝い人」の蒔野に会う。
最初はウサンくさく感じていた由舞だったが、蒔野からの説明を聞くうちに「タイムトラベルは本当に存在する」と思うようになる。
そして「かつての自分の告白を阻止しよう」と、タイムトラベルを決意する。
蒔野の「施術」によって、過去にタイムトラベルした由舞。
計画通りに「中2の告白」と「小6の告白」を阻止し、「小1の告白」もなんとか阻止。
当初の計画は達成できたはずの由舞。
それなのに、なぜか涙が止まらない。
それは彼女が「未来が変わってしまう」ことを強く意識したからだった。
「柿ピー」も「ワンピース」も「バレーボール」も、そして今の自分があるのも、全ては「失恋」のおかげだったことに、このとき由舞は初めて気づく。
――椎太のおかげで沢山のきらきらした宝物を見つけた。
――椎太が光りの種だった、
そう痛感した由舞は「取り返しがつかないことをしてしまった」という思いにさいなまれる。
やがて由舞は、タイムトラベルから戻ってくる。
しかし、彼女の世界はちっとも変わっていなかった。
「柿ピー」も「ワンピース」も「バレーボール」も、なぜか変わることなく由舞の世界には存在していたのだ。
実は「告白」は阻止されていなかった。
なんと、一度は「告白」を阻止されたかつての由舞だったが、その直後、死に物狂いで椎太への告白していたらしい。
過去は変わっていなかったのだ。
由舞は「過去の自分」に感謝する。
そして、通算4度目の告白を決意し、椎太を放課後の屋上に呼び出すのだった。
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考察「作品の魅力について」
本書『はじめての』に収められた4つ短編の中で、僕の心をもっともつかんだのは、この『ヒカリノタネ』だった。
まさしく短編集の“トリ”にふわさしい作品だと思う。
ここまでの3作品に対しては、できるだけ自分から突き放し「考察」っぽいことを書いてきたわけだが、この『ヒカリノタネ』にはまんまと感情移入してしまったので、なかなか自分から突き放すことができない。
ということで、ここでは、あえてこの作品の魅力について考えてみることにする。
本作の魅力は多きく3つ。
- 分かりやすさ
- 伏線回収
- ユーモア
である。
まず、ありていにいって『ヒカリノタネ』は分かりやすい。
- 主人公は恋する女子高生
- 相手はその幼なじみ
- タイムトラベルというファンタジー展開
- そして主人公「由舞」の成長と恋の成就
この作品ははっきりと起承転結のある成長物語で、読み方によっては「児童文学」でさえあるし、タイトル『ヒカリノタネ』が意味するところだって作中でストレートに明かされるし、基本的には読後に引っかかりが残るってことは、まずない。
この点において、まず老若男女に受け入れられる作品だと思われる。
そこに加えて、鮮やかな伏線回収も大きな魅力だ。
作品の冒頭で何気なく描かれていく情報がある。
「柿ピー」
「ワンピース」
「バレーボール」
物語の前半におけるこれらの記述は、主人公の由舞の「個性」を印象づけ、人物造形に「輪郭」を与えている。
が、それだけに留まらないのは、後半において、それぞれに対する「由舞」の思いが明かされるからだ。
柿ピーも、ワンピースも、バレーボールも、すべては「椎太への思い」とともにあったものであり、これまでの由舞の「笑い」や「涙」とともにあったものであり、今の由舞を形作っている大切なものだった。
それが「失われてしまう」ことに気が付いたときの場面は、作中において最も印象的なシーンだろう。
私は告白するたびに椎太にしばられて、世界を小さくしていったんじゃない。その裏でちゃんと別の世界を育ててきた。椎太のおかげで沢山のきらきらした宝物を見つけた。
そして、由舞はこう続ける。
椎太が光の種だった。
ここに至るまでの伏線の張り方は、うなるほど上手い。
そして、この作品のあたたかい「読後感」を演出しているのが「ユーモア」だといっていい。
由舞とヒグチなど、登場人物同士の掛け合いは、テンポが良くて笑える。
学校の廊下で足を掛けられたり、お寺の池に突き落とされたり、目の前で雑草を踏みつけにされたり、告白を阻止された由舞の一つの一つのエピソードもおかしい。
また、幼い由舞や宗一の世界観(たとえば「こいのぼり」とか「柿の種」にまつわるエピソード)は純粋で微笑ましく、そして愛らしい。
とにかく、「分かりやすい」作品であるにもかかわらず、読んでいて決して「飽き」がこないのは、作品にみなぎるこうした「ユーモア」だと断言できる。
特に印象的なのは、由舞が「新しい記憶」を想起しながら「泣き笑い」する場面だ。
施術室のベッドで目覚めた私は、爆笑シーンの連続を何度も頭で再生し、たくさん笑って、たくさん泣いた。
ありがとう、過去の私。
一度は「告白」を阻止された幼い由舞たちが、死に物狂いで、それこそまるで「ゾンビ」のように復活して、椎太に告白する場面は問答無用で面白い。
ただ、これがただ「おもしろい」に留まらないのは、当事者である由舞がそこに「感謝」をしているからであり、もっと言えば、これまでの「自分自身」をまるごと肯定しているからだろう。
そして「たくさん笑って、たくさん泣く」由舞の姿は本当に美しく、読者( というか僕 )もまた「泣き笑い」をすることになる。
この場面を読みながら、僕は「美しい涙」というのは「笑顔と溶け合った涙」なのだと改めて思わされた。
ということで、こんな感じで、『ヒカリノタネ』はとっても魅力的な作品だ。
気取ったテーマを扱うでもないし、変な哲学とか教訓とかとも無縁だし、全く以て押しつけがましくない。
- 分かりやすさ
- 伏線回収
- ユーモア
この辺りの手際よさは、さすが「直木賞作家!」といったところ。
まぁ、人によっては「タイムトラベル」という世界観に抵抗感を持つかもしれない。
だけど僕たち読者は、この物語の「おかしさ」とか「あたかさ」とか「やさしさ」とかを信頼して、素直に「たくさん笑って、たくさん泣」けばいいのだと思う。
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おわりに
以上、『ヒカリノタネ』の考察と解説を終えたい。
ご存じの通り、この作品は人気アーティストYOASOBIとのコラボ企画で誕生したものだ。
正直、僕は、彼らの”これまでの”楽曲の「オリジナル」を極力読まないようにしてきた。
というのは、大ヒット曲「夜にかける」のオリジナル作品を読んだとき、妙に鼻白んでしまったからだった(ファンの皆さんごめんなさい)。
つまり、楽曲とオリジナルとのギャップを感じてしまったのだ。
だから、僕がこの本書を手に取ったのには、この4人の作家への信頼がある。
僕はこの4人の直木賞作家の作品を多く読んできたし、彼らが紡ぎ出す世界観を信頼している。
そして、この短編集は、そんな僕の信頼にこたえてくれるものだった。
文学好きの人にとっても、音楽好きの人にとっても、この記事があなたの何かの参考になったなら嬉しいです。
以上、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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