「応用言語学」とは
さっそく「応用言語学」の定義についてまとめておこう。
応用言語学とは、シンプルにいえば「現実問題を解決するための言語学」のことである。
つまり、言語を問題解決に「応用」するわけだ。
現代社会には大小様々な問題がある。
たとえば、経済的格差、国家間の対立や戦争、個人の対立や犯罪……
そうした諸問題を「言語学的に解決しよう」とアプローチするのが応用言語学という学問なのだ。
以下では、そんな応用言語学の具体的な方法論について分かりやすく紹介したい。
主に扱う議論は以下の4点。
- 「言語と経済的格差」
- 「言語と国家」
- 「言語と文化」
- 「言語と法律」
なお、この記事は『ことばの力学』(白井恭弘)を参考にまとめている。
興味を持った方はぜひ一読をおすすめしたい。
では、お時間のゆるす方は、ぜひ最後までお付き合いください。
「言語と経済的格差」について
経済的格差はいつの時代においても社会の深刻な問題の1つだが、応用言語学ではその原因の一端を「言語」に置き、言語政策によって経済的格差を乗り越えようとする。
たとえば、人々は特定の「方言」に対して偏見を持ちやすい。
そうした偏見は、ややもすると差別意識や排他的態度を生み出し、引いては特定の「方言」を喋る集団の経済的不利を生みだしてしまう。
たとえば、多くの日本人は「関西弁」に対して好意的な印象を持っているが、それは「関西」にまつわる「政治的・経済的・文化的」な自信にあるといっていい。
かつて日本の政治や文化の中心は京都であり、商業の中心は大阪であり、そのころの言葉は京都方言の価値が高く、関東方言は野蛮なものと考えられていた。
鎌倉時代に政治や文化の中心が関東に移ったとはいえ、やはり天皇がいる京都の権力は依然として強く、こうした状況は明治時代まで続いていた。
現代人が抱く「関西弁」に対する印象は、その頃の影響を受けていると考えていい。
だからこそ、メディアでも「関西弁」は多用されるし、その影響もあって、日常的に関西弁を喋る人は(関西人、非関西人問わず)多いワケだ。
こんな風に、人々が抱く「言葉の価値」というものは、それが話されている都市の「政治的・経済的・文化的強さ」にほとんど比例するといっていい。
となると、「関西弁話者」や「標準語(東京方言)話者」は、自分たちに対して肯定的な価値観を持ちやすくなるし、逆にそれ以外の方言話者たちは自分たちに対して否定的な価値観を持ちやすくなる。
こうして、方言をめぐってある種の「ヒエラルキー」が生まれ、それが人々の「経済力」に繁栄されてしまう。
こうした事情は、何も日本語に限ったことではなく、英語にも「強い方言」と「弱い方言」とがあるし、黒人が喋る英語、いわゆる「AAE」にまつわる差別問題は近年においても深刻に受け止められている。
応用言語学では、こうした言語に由来する社会問題を分析し、その解決のために言語的なアプローチを取る。
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「言語と国家」について
応用言語学では、国家による言語統制による諸問題についても扱う。
日本の言語統制は主に明治時代に行われた。
「国民がてんでバラバラな方言を喋っていては、近代的な統一国家なんか作れっこない!」
これが明治政府の考えで、「一国家一言語」の実現が急がれた。
そこで、当時すでに政治や文化の中心となっていた東京の方言、とりわけ山の手地方の中流階級が話していた言葉が「標準語」として設定されることとなった。
次に、政府が手をつけるのが「言語教育」である。
日本国民であれば、生まれや生活拠点がどこであろうと、学校で等しく「正しい日本語」が教えられることとなった。
時に方言を話す者は厳しく罰せられ、「方言札」という札をぶら下げられ晒し者にされたという。
こうして今や、日本人の多くは「標準語」をしゃべれるし、コミュニケーション上の大きな問題もない。
とはいえ、やはり「国家による言語統制」による弊害もある。
第一に、「方言話者に対する偏見」が挙げられる。
「標準語以外は劣った言語」という意識は、人々の差別意識や排他主義へとつながり、そうした価値観は「教育格差」や「経済格差」を生み出す。
第二に、「言語の消滅」が挙げられる。
消滅が危惧される言語のことを「危機言語」と呼び、日本だと「アイヌ語」がその代表例だ。
こうした事例は日本に限らず、海外に目を向けてみても「危機言語」や「消滅した言語」の事例は数多くある。
「危機言語」を守る方策や、「消滅言語」を復活させる方策は、今も世界中で議論されているわけだが、例えば「ヘブライ語」は一度消滅したにもかかわらず、言語政策によって復活した言語の1つである。
第三に「特定言語のパワー増大」が挙げられる。
日本語の場合は「標準語」が大きなパワーを持ち、そこに方言話者に対する差別性や排他性が生まれているワケだが、それは「外国語教育」においても同様のことが言える。
その最たるものが「英語教育」だ。
いまや、英語は「世界の公用語」とも言えるくらいにパワーを持っていて、世界中でその教育が進められている。
だが、ときに土着の言語を駆逐してしまうこともあり、英語は「キラー言語」と呼ばれるし、英語が世界を支配していく現状を「英語帝国主義」と呼ぶ。
また「非英語話者」に対する偏見や差別も深刻な問題を生んでおり、「西欧中心主義」や「白人中心主義」といった世界観は、各国で様々な摩擦や軋轢を生んでいる。
以上3点、こうした諸問題の原因は少なからず「国家による言語統制」にあると考えれば、その解決策もまた国家による言語政策に求められる。
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「言語と文化」について
日本に住んでいても、外国人と関わる機会はかつて以上に増えてきた。
そうした人たちとコミュニケーションを取るうえで最も大切なことは、彼らが持っている「価値観」や「世界観」や「人間観」を理解することだろう。
言語学ではもはや常識ともいえる「サピア=ウォーフ仮説」というものがある。
【 参考記事 【サピア=ウォーフ仮説とは】分かりやすく解説 】
これはエドワード・サピア、ベンジャミン・ウォーフという二人の言語学者によって提唱された説で、
「言語が人間の思考を決定する」
といったものだ。
言い換えれば、
「言語が人間の価値観、世界観、人間観を決定する」
ということになる。
たとえば、日本語には「主語」が省略されるという特徴があり、英語には「主語」が明記される特徴がある。
【 参考記事➀ 日本語に主語はない? 主語不要論を解説 —総主論争、ウナギ文、こんにゃく文より— 】
【 参考記事➁ 日本語の特徴を解説 ―日本文化の人間観と世界観を解明― 】
こうした特徴の違いは、日本語話者と英語話者との間に大きな価値観の違いをもたらしていて、そうした違いが時にコミュニケーションにおいて致命傷になることもある。
たとえば、日本は「察しの文化」といわれ、話し手は多くを語ることをしないし、聞き手は多くを想像で補わなければならない。
欧米人から「日本人は自己主張をしない」と捉えられるのも根っこは同じで、その背景には日本語の特徴(”主語を明示しない”や”自動詞を好む”など)が大きく作用している。
逆に、日本人から見れば欧米人は「自己主張が強い」と見えるが、そうした彼らの性情も英語がもつ特徴(”主語を明示する”や”他動詞を好む”など)が大きく作用している。
つまり、各言語の構造や特徴を分析することで、その言語を母語とする人々の行動様式や思考傾向を理解することができるワケだ。
これは、円滑に異文化コミュニケーションをする上で、とても有効な方法である。
ということで、文化間の衝突や紛争の根っこにある「価値観の違い」を解消するために、言語の分析は必要不可欠であり、応用言語学は大きな可能性を持つといっていい。
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「言語と法律」について
応用言語学の射程は「犯罪」にも及ぶ。
つまり、言語を応用して「刑事事件」を解決しようというワケなのだが、これは一般的にもよく知られた試みだろう。
たとえば、「脅迫文」や「犯行声明」を言語的に分析して容疑者をプロファイリングする、といったものがそれだ。
最も有名なのは、戦後最大の誘拐事件と言われた1963年の「村越よしのぶちゃん誘拐事件」だ。
このとき、犯人の声の録音データを分析・解析したのが、言語学者の金田一春彦だった。
彼は、犯人のなまりに目を向け、その出身地を茨城、栃木、福島のどれかだと特定したのだったが、実際に逮捕された犯人の出身地が福島県南部だったこともあり、数多くのマスコミをにぎわした。
また、1963年に起きた「狭山事件」では、容疑者が書いた脅迫状を言語学者の大野晋が分析した。
「小学校教育しか受けていない容疑者が、脅迫状にあるような語彙や文体を使うことができない」と、無実を主張した。
こんな風に、「なまり・声紋・文体・筆跡」の分析は、刑事事件の解決に応用することができる。
これは日本だけの事例ではなく、海外でも同様の事例が数多く報告されている。
また、裁判における「目撃証言」も、言語的に誘導が可能だと言われている。
たとえば
「車がぶつかったとき、どのくらいのスピードが出ていましたか?」という質問を、
「車が激突したとき、どのくらいのスピードが出ていましたか?」という質問にしたとき、答える人のスピードは以下のように変わってくる。
- 「ぶつかった」→時速55キロ
- 「激突した」→時速65キロ
こんなふうに、質問内容を言語的に分析することで、返答の信ぴょう性を点検することができるというワケだ。
以上のように、「刑事裁判」や「裁判の問題」についても、言語を応用することで解決することができる。
まとめ「応用言語学」は射程が広い
以上、応用言語学とは何かをまとめ、その具体的な方法論について紹介した。
- 「言語と経済的格差」
- 「言語と国家」
- 「言語と文化」
- 「言語と法律」
記事では主に、上記の4点について触れたが、応用言語学の射程の広さは驚くほどに広く、
周辺の学問なんかも羅列すると次の通り。
- バイリンガルについて
- 語用(言語使用)について
- 文体について
- 翻訳通訳について
- 言語テストについて
- 社会言語について
- 手話について
- 言語障害について
- 言語政策・言語計画について
- 言語生活について
- 第二言語習得について
- 言語教授法について
- 談話分析について
- 自然言語・人工言語について
- 辞書について
こう書いてみても、なかなかピンとこない人も多いと思うので、「もっと応用言語学について学びたい」という人は、何冊か書籍を読んでみることをオススメする。
ただ「応用言語学」の射程はとにかく広いので、それを網羅的に解説した本はあまりない。
以下で紹介するのは「特に関連の深い書籍」ということでご理解いただきたい。
ことばの力学――応用言語学への招待 (岩波新書)
この記事を書く上で、本書を大いに参考にしている。
現在出版されている書籍の中では、「応用言語学」について網羅的にまとめている数少ない1冊。
この記事に興味を持った方は、ぜひ一読をオススメしたい。
はじめての言語学 (講談社現代新書)
「応用言語学」を理解する上で、「そもそも言語学とは、どんな学問か」を理解しておくことが大前提となる。
本書は、タイトルの通り「言語学を学び始めた人」向けの親切な入門書だ。
こちらも「言語学」について、かなり網羅的にまとめているので参考になると思う。
日本語文法の謎を解く―「ある」日本語と「する」英語 (ちくま新書)
こちらは「言語と文化」について考える上で、かなり参考になるテキストだ。
特に、日本語話者の「世界観」と英語話者の「世界観」の違いを分かりやすく解説してくれているので、異文化コミュニケーションにも役に立つはず。
また、「日本語とはどんな言語なのか」を知りたい人にも、ぜひ一読をオススメしたい。
完全改訂版 バイリンガル教育の方法 (アルク選書)
こちらは「バイリンガル教育」に関するパーフェクトブック。
「バイリンガリズム」も多くの社会的な問題をはらんでいて、応用言語学の代表的なターゲットだといえる。
また、「日本語教師」や「バイリンガルの子を育てている親」にとっても参考になる実用書でもある。
応用言語学事典
こちらは、「外国語教育を学ばれる学生の方」・「実践されている教師の方」に、おすすめの事典。
内容はすべて専門的な内容なので、一般の方向けではないけれど「言語学」を学ぶ方は、一冊持っていて損はないと思う。
「言語習得、社会言語学、語用論、心理言語学、コーパス言語学、日本語教育」など、基本用語から最新の理論まで網羅しているし、巻末の「参考文献」もかなり充実しているので、かなり重宝する一冊だと思う。
以上です。ぜひ参考にどうぞ!
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