考察・感想『影に対して』(遠藤周作) ― 「母なるもの」について ―

宗教
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作者「遠藤周作」について

日本の敗戦後に生まれた文学を「戦後文学」と呼んでいる。

戦後文学には、おもに作家自身の「戦争体験」をモチーフにした作品が多い。

そんな中で、主に作家自身の「日常」とか「生活」をモチーフにした、「私小説」的な内容を書く人たちが現れた。

彼らはまとめて「第三の新人」と呼ばれている。

遠藤周作というのは、その「第三の新人」の代表格だ。

代表作『海と毒薬』『沈黙』なんかは、名前くらい聞いたことがあるって言う人も多いと思う。

で、今回紹介する『影に対して』は、遠藤文学のなかで、どんな位置づけにあるのだろうか。

それを考察していく上で、遠藤周作の「略歴」というものが、どうしても必要となる。

以下、簡単に略歴を示そう。

  •  3歳・・・父の転勤により、満州「大連」での生活を始める
  •  9歳・・・父の不倫などが原因で両親が不仲になる。
  • 10歳・・・両親が離婚。母に連れられ帰国。兵庫県へ移り住む。
  • 12歳・・・母がキリスト教に入信。周作も受洗。キリスト教徒になる
  • 19歳・・・学業不振で浪人。母に経済的な負担をかけまいと上京。すでに帰国していた父を訪ね 再び生活を共にする。
  • 20歳・・・慶應義塾大学文学部に入学。(それが原因で父から勘当)
  • 30歳・・・母が急死
  • 31歳・・・本格的に作家活動を始める。
  • 32歳・・・芥川賞受賞。
  • 34歳・・・代表作『海と毒薬』を発表
  • 43歳・・・代表作『沈黙』を発表

と、とりあえず、ここまで書けば、今回は十分。

さて、ここで、強調しておきたい箇所は5点。

それは、

  1. 10歳の頃に、父と母が「離婚」している点。
  2. 12歳の頃に、母のすすめで「キリスト教徒」になっている点
  3. 19歳の頃に、「母を1人兵庫に残し」ふたたび父と生活を始めた点
  4. 30歳の頃に、「若くして母が死んでしまった」点
  5. 31歳の頃に、本格的に「作家活動をはじめた」点

である。

これをさらに以下のように整理してみる。

  1. 遠藤は幼い頃に「母の悲しみ」を間近で見ていた。
  2. 遠藤の終生のテーマとなった「キリスト教」も、母との関連が強い。
  3. そして、母を「見捨てる」ように上京し、父との生活を選んだ。
  4. そんな母は若くしてこの世を去ってしまう。
  5. 偶然か、必然か、その翌年に遠藤は本格的に小説を書き始めることになる。

ここでぼくが言いたいこと。

それは、

遠藤周作にとって「母」は間違いなく特別な存在である

ということだ。

遠藤周作は多くのエッセイで大連時代を振り返り、「両親の不仲」や「悲しむ母の姿」を見るのに耐えられなかったことを書いている。

学校からは必ず寄り道をして帰ったり、両親のいさかいを聞くまいと、布団の中で耳をふさいで夜を越えていたりしたというのだ。

また、母はストイックなヴァイオリニストであり、毎晩、指に血を滲ませながら演奏する母には、鬼気迫るものがあったとも言っている。

そんな母に、素直に甘えることができなかった幼少時代・・・・・・

遠藤周作は「母の愛」というものを知らなかったといえる。

こうした経歴が、作家 遠藤周作に与えたテーマは、次の通りにまとめることができるだろう。

  • 「母の愛」
  • 「母への裏切り」
  • 「母への憐れみ」
  • 「キリスト教」

4については代表作『沈黙』などが有名だ。

ここで、強調しておきたいことがある。

それは、遠藤にとって「キリスト教」と「母」との関連性が、きわめて強いということだ。

そもそも、彼が洗礼を受けたのだって「母」の影響が大きいわけだ。

しかも、遠藤が『沈黙』において示した「キリスト観」というのも、「母性的なキリスト」というものだった。

【参考記事 『沈黙』(遠藤周作 著) ― 日本人にとって宗教とは ―

つまり、上記の1,2,3,4というのは、

「母」

というテーマで大きく捉えることができる。

そして、『影に対して』は、まさに「母」をストレートに描いた作品なのだ。

ということで、本作品は、遠藤文学の中でも、ドンピシャで重要な作品ってわけ。

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作品発見の経緯

あらためて、こちら。

『影に対して』(遠藤周作 著)

2020年2月に「発見」された、この中編小説。

まずは、そのときの新聞記事を、以下に引用したい。

 作家遠藤周作(1923~96)の未発表小説が、長崎市遠藤周作文学館で確認された。市が26日、発表した。「影に対して」と題された、自伝的な性格を持つ中編。遠藤の没後、未発表の日記や書簡、エッセーの原稿などは見つかっているが、完結し、清書まで済んだ小説の発見は初めてだという。

 見つかったのは原稿用紙の裏につづられた自筆の草稿2枚と、長年秘書を務めた女性による清書原稿104枚

朝日新聞より

ということで、『影に対して』は、長崎県にある「遠藤周作文学館」の寄託資料の中から発見された。

この「寄託資料」というのは、遠藤周作の遺族が「これらの管理をお願いします」と、同館に渡した資料のことだ。

その数なんと約3万1千点

同館の学芸員が、書庫でこれらの資料を整理しているとき、くだんの原稿を発見したという。

え、すご、どうやって分かったの?

ぼくは率直に、そう思った。

だいいち、3万点の資料を整理すること自体、とんでもない時間と労力が必要だ。

それらに目を通して、

「これはいついつの小説、これはいついつの書簡・・・・・・」

といった具合に分類すること自体、すでに、並大抵ではない。

しかも、その中から偶然手に取った原稿を見て、

「これは未発表作品だ!」

と判断するなんて、遠藤周作のあらゆる作品を知り尽くしていなければ きっとできない。

そもそも、資料と一口にいっても、「小説」「随筆」「評論」「新聞記事」「所感」「断片・メモ」などなど、そのジャンルも多岐にわたっているわけだ。

その中から、未発表の原稿を偶然手にするだけでもスゴいのに、すかさずそこで、

「あれ? こんなもの、見たことないぞ」

と、思い、さらに

「これは未発表の原稿だ!」

と、断定できたというのも、スゴすぎる

ちなみに、発見した学芸員というのは、27歳の女性だったという。

その若さにして、その見識、その嗅覚、その洞察力、その判断力・・・・・・

とにかく、彼女の遠藤周作への情熱というか、偏差値というかは、とんでもなく熱いし高い。

なお、『影に対して』が書かれたのは、1968年前後ということだ。

遠藤が住んでいた当時の住所が、原稿に記されていることから判断できたらしい。

1968年とは、遠藤周作が45歳の年で、『沈黙』発表のすぐ後ということになる。

では、『影に対して』と『沈黙』との間には、何か連関するテーマはあるのだろうか。

もちろん、ある。

繰り返しになるが、それは、

「母」

である。

沈黙で描かれた「母なるキリスト」のイメージは、間違いなく、遠藤自身の「母」への想いが大きく影響している。

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登場人物とあらすじ

先ほど、「第三の新人」の特徴として、

「作家自身の『日常』や『生活』を扱った、『私小説的』な作品を書いた」点

をあげた。

本書『影に対して』も、遠藤の「私小説」と考えることができる。

上記の「略歴」と照らし合わせてみても、遠藤と主人公との間に共通点が多いからだ。

まずは、登場人物について、以下にまとめる。

勝呂
・・・主人公。売れない小説家。妻と息子「稔」の3人家族。生活のため、不本意ながら「翻訳」をしている。臆病で気が弱い。死んだ「母」を美化し、母を捨てた「父」を恨んでいる
勝呂の母
・・・ヴァイオリニスト。音楽に対する強い信念を持ち、妥協を許さない。大連にいた頃に、夫とは離婚。勝呂を夫に引き取られる形で、1人だけ帰国する。日本で孤独な生活を送り、若くして死ぬ。
勝呂の父
・・・大連にいたころ妻と離婚。勝呂を引き取り、その後に再婚。芸術肌の「元妻」とは対照的で、「教員」を退職まで勤め上げた。「平凡が、1番幸せ」と考える現実主義者
勝呂の義母
・・・勝呂が中学の頃に「父」と再婚。勝呂家のアルバムから「前妻」の写真を剥ぎ取ったのは、彼女だと思われる。
勝呂の妻
・・・勝呂の思いとは裏腹に、勝呂について「意見」や「批判」をすることがある。勝呂はその無頓着さに反発を感じつつも、妻の考えに納得してもいる。

・・・勝呂の1人息子。勝呂にそっくり。高熱を出して入院してしまう。

次に、あらすじを、以下にまとめる。

ある日、勝呂は家族3人で、父と義母の家を訪ねる。

久しぶりに手に取った、色あせた「古いアルバム」

そこからは「実母」の写真だけが数枚剥ぎ取られている。

それを契機に、勝呂は以下の「過去」について回想をする。

「大連で過ごした幼少時代」

「母に甘えられなかった幼少時代」

「ヴァイオリストの母の姿」

「母の自殺未遂」

「両親の不仲と離婚」

「母の帰国」

「母を捨てた自分自身の弱さ」

「日本に帰国した母の、孤独な生活」

「母から勝呂へ送られた手紙」

「母の死」

ということで、『影に対して』は、主に「勝呂」の回想がメインの小説なのだ。

では、この作品のテーマはなにか。

ぼくは以下のものがあげられると思う。

  • 「母からの愛の不足」
  • 「母への裏切り」
  • 「母への罪悪感」
  • 「血と遺伝」
  • 「生活と芸術との葛藤」

と、『影に対して』は、沢山のテーマで読むことができる、奥行きの深い作品だ。

以下、これらをできる限り 網羅的、横断的に考察をしていきたいと思う。

とはいえ、むやみやたらに記事を書いていくと、間違いなくとっ散らかってしまう。

だから、ここでキーワードを1つ設定する

そのキーワードは、

「影」

である。

本書のタイトルは『影に対して』

この「影」とは一体なにか

それについて考察をしていきたい。

で、さっそく、結論を言ってしまうのだが、ぼくはその答えは2つあると考えている。

1つ目・・・勝呂をとらえ続ける「母の死顔」

2つ目・・・勝呂の身体に流れる「父の血」

まずは、1つ目、「母の死顔」について、見ていく。

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「影」=「母の死顔」①

「母」の愛を知らない勝呂

まず、大大大前提がある。

勝呂は母の愛を知らない。

大連で過ごした幼少時代、勝呂は常に、母親の関心ばかり引こうとしていた。

たとえば、ヴァイオリンを弾く母の関心を引こうとするシーンがある。

・・・・・・(母は)繰り返し三時間、たった1つの旋律だけを繰り返している。アゴだけでヴァイオリンを支え、歯で下唇を強くかみしめている。その母のきびしい顔を子ども(勝呂)は怖ろしそうにうかがっていた。

「なにかくれない」と彼は言った。

「なにか果物ない?」

本当は果物などほしいのではなかった。ただ彼は、眼前の母の心をこちらに向けたかったのである。自分に話しかけてもらいたかったのである。

「なにか、くれない。ねえ・・・・・・」

(P27より)

ところが、勝呂の声など全く聞こえないように、母はヴァイオリンを弾き続ける。

母にとって、ヴァイオリンは勝呂よりも優先されるものなのだ。

勝呂はなおも、母の関心を引こうとする。

「果物がないかって、聞いてるんだけど・・・・・・」

 子ども(勝呂)は母をゆさぶった。ヴァイオリンを弾いている間は決して話しかけたり、騒いだりしてはいけないと平生からきつく言われたのに、彼はその言いつけを忘れるほど不安にかられた。

「何をするの」

 母は怖ろしい顔で勝呂をにらみつけ叱りつけた

(中略)

「言いつけを聞けないなら、雪の中に立ってらっしゃい」

(P28より)

こんなふうに、幼少時代の勝呂は、母の関心や母の愛情を求めつつ、それを満足に得ることができなかった。

言うまでもなく、幼少時代の「母からの愛情」というのは、子どもの成長にとって 必要不可欠のものだ。

「母からの愛情の大切さ」について言及したのは アメリカの心理学者エインズワースだ。エインズワースは、幼少期における「親の愛情」が、その人の人格形成に大きな影響を与えると指摘した。

勝呂が、大人になり、父になった今でも、「実母」にとらわれ「実母」を美化し続けるのは、まちがいなく幼少期の「愛情不足」に依るところが大きい

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「母」を裏切った勝呂

あらすじでも見たとおり、母は孤独のうちに若くして死ぬ。

母の人生に影が差したのは、どの辺りだったのだろう。

作中に限って言えば、それは、勝呂の入院だ。

小学生のころ、勝呂は高熱を出し 入院した

そこで初めて、勝呂は母からの愛情を独占することになる。

そんなに長く入院していなければならぬのかと尋ねると、母は困ったような表情でうなずいた。だが、真実、勝呂は早く治るよりはこのまま入院が長びくことを心で願っていた。病気のおかげで、自分が母を独占できたことを子ども心にもしっていたからである。

(P38より)

入院は、勝呂にとって、つかの間の幸福だった。

ただ、一方の母にとっては、人生を変える大きな転機となる。

母は、義姉から「ヴァイオリン」についてとがめられる。

伯母(母にとっての義姉)は金歯のいっぱい入った口をとがらせながら、

「ヴァイオリンもいいけど、女はまず家をまとめるのが仕事だと思うけどね」

   (中略)

「この子が病気になったのも」

伯母はたたみかけるように

あんたが音楽ばかりにかまけてみてやらなかった為じゃないのかい

(P41より)

この言葉は、勝呂の父が言わせたのか、伯母自身の考えだったのかは、分からない。

ただ、この言葉は母の心に大きな痕跡を残した。

母は、勝呂の退院後、ヴァイオリンを弾かなくなる

そして、「よき母」を演じるかのように、家事や子育てに専念することになる。

母は、「生活」のために、「芸術」を犠牲にしたといっていい。

そんな自分を偽る生活に絶望する母は、服毒自殺を図り 入院する。

そして、母の退院後、夫婦のいさかいが日常化する。

勝呂は次第に、両親の諍いや、悲しむ母の姿を見ることに耐えられず、家から足が遠のいていく。

そして、ある日、父から「離婚」を告げられるのだった。

「あのね、よく聞きなさい」

急に硬い声で、

「お前も気づいているかも知れないが」

勝呂の長靴の下で、雪の小さなかたまりが砕けた。

父さんは母さんとうまくいかなかったんだよ。だから別々に住もうと言うことになったんだ

   (中略)

「・・・・・・いいかね、母さんはこれから1人で働かなくちゃならない。お前を食べさせたり学校に行かせるのは大変だ。母さんはどうしても、お前をつれていくと言っているが、それじゃお前は・・・・・・」

(P56より)

母さんと一緒では、生活どころか お前の学歴にも影響するのだ、と続ける父。

歯を食いしばって、涙をこらえる勝呂。

そんな様子を見て、父は勝呂にたずねる。

「どうした」

「いやだ。もうぼく、こんなのいやだ」

それだけが、彼の父に対する精一杯の抗議だった。

(P57より)

しかし、幼い勝呂のなすすべもなく、両輪の離婚が成立。

母は1人、日本に帰国することになる。

勝呂は、父の言うがまま、結果的に母を捨てることとなった。

あの時、たとえ学校などに行けなくても、母についていくべきだったのに、その母を見捨てた自分の弱さ、卑怯さが苦しいのである。

(P57より)

このときの「母を裏切った」という意識は、ここからずっと、勝呂を責め 苛んでいく。

 母を見捨てた自分がみじめで汚れて卑怯者だという気持ちを、背中に痛いほど感じながら、彼はランドセルを背中にかけた。

その勝呂の思いは、幼少期だけにかぎらない。

大人になってもなお、勝呂は、「母」を裏切り 見捨てたことに罪の意識を感じている。

理由が何であれ、母を裏切り見捨てた事実には変わりはない。それが今日まで彼の心の奥にしこりとなってきた。

(P58より)

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「影」=「母の死顔」②

ここまで勝呂について確認してきたのは、

  • 「母の愛情を知らない」点
  • 「母に対して罪悪感を持っている」点

である。

「母」の存在は、まるで呪縛のように勝呂をとらえて離さない。

たとえば、彼は「母」を美化してやまない。

「あなたは亡くなったお母さまを立派に考えすぎるわ」

(P29より)

そういう妻の指摘を、勝呂は渋々と認め、こう考える。

母の場合、おそらく他人から見れば耐えがたい欠点とうつるものさえ、勝呂の心では美化されている

(P29より)

また、父や義母に対する反発も、「母」の呪縛の1つだといえる。

この2人(父と義母)は、今、心の奥で母の存在をどう考えているのだろうかと勝呂はひそかに思う。父の浸っている安穏な幸福の背後に孤独な女が1人いたことを忘れているのだろうか。父と義母に対する微かな憎しみに駆られ勝呂は皿を手に持ったままうつむいた。

(P75より)

父と義母に対する反発については、そもそも、小説の冒頭から描かれていた。

冒頭で、登場した「古いアルバム」

そこからは、「母」の写真だけが剥がされている

おそらくそれを剥がしたのは、義母なのだろう。

そんな義母に対して、なんらとがめようともしない父。

勝呂は、まるで「母」がいなかったかのようにふるまう父と義母に、憎しみと反発と嫌悪を抱いている

以上のように、

「母を美化してしまうこと」も、

「父と義母を許せないこと」も、

どちらも「母」による呪縛である。

そして、その呪縛を生み出すもの、それが、

「母の死顔」(影像)

だといえる。

作中に、「影」といワード登場する箇所はそう多くはない。

そのうち、特に印象的なのは、アパートで孤独死した母と対面したシーンだ。

血の気もなく紙よりも青白くなったその死顔の眉と眉との間に、苦しそうな暗い影が残っていた。

この母の「死顔」の「影」は、物語の最後にも印象的に描かれることになる。

息子 稔の入院を機に、勝呂が妻から批難を受けるシーンだ。

 勝呂の手は震え、思わず妻をなぐろうとしたが、なぐれなかった。彼はうつむいて母の死顔を思い浮かべた。暗いアパートの一室、ゴムの植木鉢が片隅におかれており、母の青白い額にはまだ苦しそうな翳が残っていた。

ここまでをまとめると、こういうことになる。。

  • 「影」 = 「母の死顔」(影像)
  • 「母の死顔」 = 勝呂に「母への思慕」と「母への罪悪感」を与え続けるもの

ここでいう「影」とは、文字通り、具体的な像としての「影」だ。

ただ、一方で、「影」には、もう1つの解釈が可能だろうとぼくは思っている。

それが、「影」に対する2つめの解釈だ。

2つめの解釈、それは、

「影」= 勝呂の体に流れる「父の血」

である。

こっちは、「母の死顔」という具体的な「影像」とは異なる。

あくまでも象徴、メタファーとしての「影」である。

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「影」= 勝呂に流れる「父の血」①

「勝呂」と「父」の共通点

ここまで、「影」とは「母の死顔」であることを確認してきた。

そして、「影」とは、勝呂を呪縛するものである。

そういう意味では、もう1つ、勝呂を呪縛しているものがある。

それこそが、勝呂に流れる「父の血」である。

「父からの遺伝」と言い換えてもいい。

「血」や「遺伝」について、端的に述べた箇所がある。

彼(勝呂)の体には母の血も流れていたが、同時に父から受けた性格もまじっていた。反発しながらも、父とおなじように安穏で何事もない人生を歩こうとする傾向もまじっていた。

「父の血」と「母の血」

それぞれの「血」が意味するものは何か。

以下の通りにまとめてみる。

父の血
・「平凡が1番幸せ」という現実主義的な傾向
・平穏無事な方向になびくような、意志の弱さや臆病さ
母の血「自分の信念にまっすぐ生きよう」という理想主義的な傾向 生活よりも芸術を優先させる、意志の強さや頑なさ

このうち、勝呂は、自分の内に流れている「父の血」はありありと感じることができても、「母の血」を感じることができないでいる。

 自分のなかに父と母とから それぞれゆずってもらったものがあるのではないか と思った。

   (中略)

 母からゆずってもらったものが何かはまだ言えないが、父からうけついだものは、分かるような気がする。猫背の姿勢や、ともかくも何とかやっていける毎日に住みついてしまおうとする自分の臆病さや弱さ――あれは父ゆずりのものかもしれない

実際、勝呂の現状は、現実志向の父とおおきく似通っている。

そして、勝呂自身、その「父」との共通点については、自覚的だ。

逆に、芸術を第一に優先させた「母」の影響は、勝呂において ほとんどみられない。

そして、勝呂自身、その「母」との共通点についても、分からないでいる。

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勝呂を縛る「母」の言葉

勝呂が「母」を美化し、「母」に縛られ続けていることは確認した。

「母」が勝呂に残した「言葉」もまた、同様に勝呂を縛りつけている。

たとえば、中学生の勝呂に向けた言葉に、こんなものがある。

「なんでもいいから」

母は彼に向かっていった。

自分しかできないと思うことを見つけてちょうだい。だれでもできることなら他の人がやるわ。自分がこの手でできること、そのことを考えてちょうだい」

「父さんは平凡が1番、幸せだと言っているけど」

母は苦い顔をした。

「母さんがなんのために、こうして一生懸命生きてきたか、よく考えてちょうだい」

(P66より)

この言葉は、大人になった今でも、勝呂を縛りつけている。

勝呂にとって、理想とは「小説家」として大成することだ。

しかし、妻子をもった勝呂は、その理想をあきらめる形で「翻訳業」というやりたくもない仕事をしている。

「理想」よりも「現実」を優先するあり方

「芸術」よりも「生活」を優先するあり方

それは、あきらかに「母」の言葉に背いている

そして、同時にそれは「父」の生き方でもある

だからこそ、勝呂は、そんな自分のあり方について自問自答を繰り返している。

彼は心の中で、こういう生活がなぜ悪いんだと急に考えた。なぜ、今更、小説を書く必要があるんだ。俺はこうして結構やっているじゃないか。なぜこの結構な毎日を自分で恥ずかしがる必要があるんだと思った。その時、まるで残酷な悪戯のように勝呂の頭にあの母の死顔が浮かんできた

(P43より)

このとき、母の「死顔」が暗示的に、勝呂の脳裏に浮かび上がってきている。

縁側にたった勝呂は急に悔恨とも自責ともつかぬ感情が胸をつきあげてくるのを感じた。突然なぜ、そんな感情にとらわれたのか分からないが 頭のどこかで お前の生き方は嘘だという声が聞こえてくるようだった。

芸術を犠牲にすることに、勝呂が「悔恨」と「自責」を感じてしまう。

勝呂にとって、芸術を犠牲にすることとは、母を裏切ることにほかならないからだ。

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「影」= 勝呂に流れる「父の血」②

勝呂を縛る2つの「影」

こんなふうに、「母」の言葉に背く自分自身に、勝呂は悔恨と自責の念を感じている。

言うまでもなく、それも「母」からの呪縛なのだが、興味深いことに、ここにはあるジレンマが見てとれる。

そのジレンマとは、

「母」↔「父」

というものだ。

しつこいようだが、勝呂の内面には、「母への思慕」や「父への反発」がある。

それは「母」の存在が大きく作用したものであり、「母」の存在こそが、勝呂をしばりつける「影」であることも、すでに確認をした。

しかし、一方で、勝呂をしばりつけるもう一つの「影」がある。

それこそが、勝呂の体内を流れる「父の血」である。

現状、勝呂のあり方は父の人生をなぞるように、平穏な生活を優先している。

それは、まさしく芸術を至上のものとして考えていた「母」への裏切である。

だからこそ、勝呂は、自分の生活に対して、疑問を抱いたり、悔恨や自責の念を抱いたりするわけだ。

そして、どんなに、母の言葉に忠実であろうとしても、平穏無事な生活になびくような、父譲りの「弱さ」と「臆病さ」が、母を裏切る。

自分の生活や、行動をかえりみるたび、そこには自分が憎み嫌悪する「父」の「影」がある。

そんな父の「影」を感じれば感じる程、母の「影」が姿を現し、「お前は再び私を裏切るのか?」と、勝呂の「罪悪観」を引き出してしまう。

つまり、勝呂は「父」と「母」のダブルバインドに、もがき苦しんでいるのだ

タイトルの『影に対して』が意味するもの、それは、

「父」と「母」の呪縛にもがき苦しむ 勝呂の苦しみ

ということなのだろう。

これがぼくの出した結論だ。

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まとめ

さて、ここまでの内容をまとめて、記事を締めくくる。

勝呂を縛る2つの「影」、それらが勝呂に与える影響は、以下の通り。

【 勝呂を縛る「影」① = 母の死顔 】
・母を美化しつづける
・母への罪悪観にとらわれる
・父や義母に対して反発、怒り、嫌悪を抱く
【 勝呂を縛る「影」② = 父からの遺伝 】
・理想よりも生活を取る現実志向
・理想を貫くことができない意志の弱さと臆病さ

以上、『影に対して』のテーマについて考察をした。

この作品のテーマについて、最初に、こんな風に紹介をした。

  • 「母からの愛の不足」
  • 「母への罪悪感」
  • 「弱く卑怯な勝呂」
  • 「遺伝と血」
  • 「生活と芸術との葛藤」

これらのテーマをつらぬくキーワード、それが「影」であった。

勝呂を縛りつづける「父」や「母」という影。

これはいうまでもなく、作者 遠藤周作をしばりつけた「影」でもある

遠藤周作もまた、「父への反発」と「母への罪悪感」に拘束され続けていたことは、彼の様々な作品から見て取れる。

とくにぼくが興味深く感じるのは、やはり「母に対する罪悪感」だ。

なぜなら、遠藤周作が終生追い続けたテーマは「キリスト教」だったからだ。

キリスト教の世界観において、「罪」とは「救済」につながる重要な意味を持つ観念である。

遠藤周作の「神」と「罪」には、どんな関係があったか。

彼が『沈黙』において提示した「神」、それは、

「さばく神」ではなく、「許す神」だった。

そして、その「神」は、

「父なる神」ではなく、「母なる神」だった。

遠藤周作がそのような神を提示したのには( 提示せざるを得なかったのには )、間違いなく彼自身の内に「母への思慕」と「母への罪悪感」があったからだといっていい。

そういった意味で、本書『影に対して』は、遠藤文学を考える上でも、非常に意義深い作品であるといえる。

「遠藤周作」を読むなら……

『沈黙』

遠藤周作の「母性的キリスト観」が描かれた問題作。

「さばく神」ではなく、「ゆるす神」の存在が、描かれている。

日本人にとって「キリスト教」とは何か、「救い」とは何かを問うた、宗教文学の最高峰。

なお、『沈黙』についてはこちらで考察をしているので、ぜひ参考にしてみてほしい。

【参考記事 『沈黙』(遠藤周作 著) ― 日本人にとって宗教とは ―

『深い河』

遠藤周作の晩年の作品にして、遠藤文学の集大成とも言える傑作。

「すべてを包み込む大いなる生命」という彼の宗教観が描かれている作品。

日本を代表する、第一級の宗教文学と言える。

【考察記事 考察・解説・あらすじ『深い河』(遠藤周作)ー宗教・信仰・人生ー

『海と毒薬』

遠藤周作の代表作の1つ。

九州大学病院の日本人医師による、米軍捕虜に対する生体解剖を扱った本作。

神を持たない日本人にとっての「罪の意識」や「倫理」とはなにかを問いかけた作品。

「日本人は、神の概念を持たなかった」というフェレイラの言葉にも通じる作品。

【考察記事 考察・解説・あらすじ『深い河』(遠藤周作)ー宗教・信仰・人生ー

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