今回紹介するのはこちら。
『こちらあみ子』(今村夏子 著)
映画化していて、ふたたび注目が集まっている本作。(公式HP https://kochira-amiko.com)
ぼくは、昨今の文学シーンの中で傑作中の傑作だと思っている。
今回は、その作品の魅力を紹介していきたい。
作者について
アルバイト先の事務所で「明日休んでください」と言われた日の帰り道、突然、小説を書いてみようと思いつきました。
これは、作者 今村夏子の太宰治賞受賞のことばである。
バイトをクビになり? 思いつきで書いた小説は、半年そこらで完成させてしまったという。
そして、生まれたのが『あたらしい娘』のちに『こちらあみ子』と改題され出版された。
さらに数ヶ月後、『こちらあみ子』は三島由紀夫賞も同時受賞するという快挙をなしとげる。
こうして作家今村夏子は華々しいデビューをかざり、沢山の文学ファンを魅了している。
その後、『あひる』(河合隼雄賞受賞)、『星の子』(野間文芸新人賞)と、立て続けに芥川賞の候補となり、2019年『むらさきのスカートの女』で芥川賞を受賞した。
こうして書くと、やっぱ、とんでもない経歴の作家だなと改めて思う。
ちなみに、今村夏子はあまり精力的に書くタイプではないらしく、一時期は筆をたつこともあったらしい。
そんなとき、担当の編集者は、「あなたのペースで書いてくれれば大丈夫です」と、今村夏子が再び描くまで、辛抱強く待ってくれたらしい。
このエピソードからも、今村夏子の才能がうかがえる。
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作品について
あみ子をうとましく思う人たち
さて、作品のあらすじを簡単に紹介しよう。
- 物語は、主人公あみ子の小学校時代 ~ 中学校時代が、回想シーンとして描かれる。
- あみ子は風変わりな女の子
- 父、母、兄、あみ子の4人家族
- 母は書道教室の先生で、お腹に赤ちゃんがいる
- あみ子は同級生「のり君」にあこがれている。
- あみ子は家族や、のり君を大事に想っている。、
- だけど、あみ子の言動は、彼らをいつも不快にしてしまう。
あみ子の家族や のり君を想う気持ちは、どこまでも純粋だ。
母のおなかの赤ちゃんを楽しみに待っているし、少しでものり君を喜ばせようとお気に入りのクッキーをあげたりする。
母や父や兄の言うことも素直に聞くし、彼らを喜ばせるためにいろんなコトを計画する。
だけど、あみ子の純粋な思いは、彼らに届くことはない。
それどころか、彼女が彼らを想えば想うほど、彼らはあみ子をうとましく感じていく。
周囲のあみ子への態度①
10歳の誕生日に、あみ子は家族写真を撮ろうとする。
「とるよとるよ。みんなこっち向いて!」なおも家族に呼びかけた。誰もこっちを向かなかった。
「はいありがとうございます、あみ子さん」母はそう言い、娘の手から取り上げたカメラを冷蔵庫の上においた。そして炊飯器のふたを開け、花模様の小さな茶碗にご飯をよそい始めた。
家族との時間にはしゃぐあみ子とは対照的に、家族たちはあみ子に対して冷淡な態度を取っている。
周囲のあみ子への態度②
あみ子は兄と一緒の登下校を楽しみにしているのだが、兄はあみ子を遠ざけている。
(兄は)しゃべっているあみ子の腕を引っ張って民家の塀の陰などに連れて行き、「動くな」と命令するときは大抵向こうから、兄の友人たちがやってくる。彼らが目の前を通り過ぎるまで兄と一緒にじっとかくれて待たなければならない。
もし、兄の友人たちに出くわそうものなら、
「でた、妹じゃ!」
「あみ子じゃ」
「給食手で食うんじゃろ」
とからかわれてしまうからだ。
周囲のあみ子への態度③
母は自宅で書道教室を開いている。
だが、あみ子は、その書道部屋への出入りをかたく禁止されている。
あみこは、となりの部屋のふすまから、いつも書道部屋をのぞいている。
教室に通う子ども達は、あみ子の姿を見つけてはからかいの対象にする。
「あみ子じゃ!」
生徒全員、一斉に顔を上げた。
「あみ子が見とるよ。先生」
「先生。後ろ、後ろ」
(中略)
ゆっくりと近づいてくる母のあごの舌のほくろを見上げながら、あみ子は堂々と訴えた。
「入っとらんもんね。みとっただけじゃもん」
あとで明らかになることなのだが、生徒達は先にあみ子を見つけた方が100円もらえる」というゲームをしている。
こんなふうに、あみ子はいつも、ふすま1枚を隔てて、彼らの様子をのぞくことしかできない。
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あみ子がうとまれる原因
そうはいっても、あみ子がうとまれてしまうのには、それなりの原因があると言わざるを得ない。
もっとも印象的なのは、母がおなかの赤ちゃんを死産したシーンだ。
死産のショックで、母はしばらく落胆して書道教室も閉めていた。
が、3ヶ月して、ようやく教室を再開させることになる。
あみ子は、それを喜んで、お母さんに「お祝い」をあげようと計画する。
そのお祝いとは、死産した赤ちゃんの「お墓」だった。
そして、習字のうまいのり君にお願いをして、「お墓」の文字を描いてもらい、あみ子は意気揚々と母にプレゼントをする。
「ねえ、きれいじゃろ」すごいね、きれいね、と言ってもらえると思ったのだ。「手作りよ。死体ははいっとらんけどね」
プレゼントを見た母は、その場にしゃがみ込み、声をあげて泣き出してしまう。
兄が玄関から飛び出してきた。
「どうしたん。お母さん。どうしたん。あみ子」
「わからん。いきなり泣き出した」
「なんで、あっ。なにこれ」
「どれ?」
「……なにこれ」
「それ、おはか」
「のり君の字じゃ」
「うん」
あみ子は、母が泣いた理由を理解できない。
死んだ赤ちゃんのため。
悲しんでいた母のため。
教室を再開できたお祝いに。
あみ子は純真なやさしさから、お墓を送ったのだった。
以下は、その直後に仕事から帰ってきた父とのやりとりだ。
「あみ子がのり君にたのんだん?」
「そう」
「あみ子が、たのんだん、のり君に」
「そうよ」
「なんで」
「のり君字うまいけえ」
「ほうじゃなくて、なんで墓作ろうと思ったん」
「弟死んどったけえね。おはかがいるじゃろ。お母さんのお祝いも」
「お母さんはこれもらってうれしいかの」
「うれしくないかね」
「泣いとったじゃろう」
「うん。でもあれってほんまにいきなりなんよ。あみ子なんにもしてないよ」
その晩、「お墓」の字をかいたのり君も、彼の両親から𠮟られてしまう。
そして、翌日「おまえのせいで𠮟られた」と言うのり君は、あみ子の腹を蹴る。
あみ子がもたらす周囲への影響
その事件をきっかけに、母親はすっかり引きこもり、こころの病を患ってしまう。
しまいに、母はこころの病により入院、両親は次第に不仲になっていく。
兄はとつぜん非行に走り、地元の暴走族に入ってしまう。
中学卒業と同時に、あみ子だけが祖母の家に引っ越すことになる。
実は父と母は離婚したのだったが、そのことは、あみ子にだけは知らされなかった。
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タイトル『こちらあみ子』の意味
以上が『こちらあみ子』のおおまかなストーリーの説明だ。
最後に『こちらあみ子』というタイトルの意味について、ぼくなりに考えてみた。
祖母の家への引っ越しが決まると、あみ子は自分の荷物を整理する。
大方の荷物を片付け上げ、手元に残ったのは、衣類関係と、ハンカチ、はみがき、鉛筆、下敷き、そしてトランシーバーだった。
このトランシーバーは、あみ子が10歳の誕生日プレゼントにもらったものだ。
自室でたった1人のあみ子。
おもむろにトランシーバー手に取る。
電池も入っていない、古びたトランシーバー。
「話がしたい」
それが一体誰となのか分からないまま、あみ子の声が夜の静寂に響きだす。
「応答せよ。応答せよ。こちらあみ子」
誰からもどこからも応答はない。
「応答せよ。応答せよ。こちらあみ子。こちらあみ子。応答せよ」
何度呼びかけても応答はない。
「もしもし聞こえとる? あみ子じゃけど」
ひとりでしゃべることにした。
このシーンが本当に切なくて、ぼくは胸が張り裂けそうになる。
家族にも、のり君にも、彼女の思いや優しさはなにも届かない。
なぜか、あみ子の思いと世界のルールとはちぐはぐで、あみ子がやることなすことのすべてがうまく行かない。
家族はあみ子を捨て、友人達はあみ子を「キモい」と遠ざける。
あみ子はいつも、ふすま1枚隔てたように周囲から取り残される。
そこから懸命に声をあげたとしても、それは誰にも届かない。
「こちらあみ子、応答せよ」と、どんなに返事を求めても、それに答えてくれる人は、家族にも友人にも、1人としていなかった。
「こちらあみ子」は、あみ子の生きづらさ、孤独、悲しみ、それらを一言で言い得ている。
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感想「そのアヒルは本当に醜いの?」
あるところに、アヒルの群れで生まれ育った1匹の「ひな」がいた。
「ひな」は家族からも、友人からも、「醜い」といって嫌われていた。
どこへいっても、なにをしても、なぜかいつも自分だけが「醜い」
考えても、考えても、その理由がどうしてもわからない。
「ひな」は、いつしか大人になり「死にたい」と思うようになった。
そして、自ら命を絶とうと思い立ち、水地へと向かった。
水辺に立ち、身を投げようとしたまさにその時。
「ひな」は水面に映る自分の姿を初めて見る。
そして、自分だけが嫌われてきた理由をしる。
「ひな」はアヒルではなく、美しい「白鳥」だったのだ。
これは、アンデルセンの童話「醜いアヒルの子」だ。
ぼくは、この童話は「生きづらい人」を描いた寓話だと思っている。
今回紹介した『こちらあみ子』は、まさしく現代版「醜いアヒルの子」だと言っていい。
主人公「あみ子」は、愚かなまでに純粋で、美しい心を持っている。
だけど、純粋なこころから発せられたことばは、なぜか人々を不快にさせ、人々の生活を壊していく。
いつだって、あみ子と世界はふすま1枚隔たっていて、あみ子の声は誰にも届かない。
そして、あみ子だけがその理由を知らない。
みんなは、あみ子が「醜いアヒル」だと確信をしている。
だけど、あみ子だけがその理由を知らない。
この作品は、とても切ない作品だ。
愚直なあみ子の姿に何度も胸が痛むし、何度も胸が張り裂けそうにもなる。
だけど、不思議とやさしく心にふれるものがある。
それは、一見して「醜い」あみ子こそ、ほんとうは「美しい」んじゃないか、そんな直感めいたものを、この作品が与えてくるからなのだろう。
「醜いアヒル」が「美しい白鳥」だったように、人々から嫌われ疎まれるあみ子も、本当は美しいはずなのだ。
その美しさには、あみ子自身が自分自身で気がつかなくてはいけない。
ぼくは、『こちらあみ子』を読んで、こんな風に言われた気がした。
「あなたは醜くなんかないよ、あなたは美しいんだよ」
今村夏子は、きっとそう読者にささやいている。
「醜い」といわれて、世間から疎まれている「生きづらい」人たち。
周りになんと言われようと、きっとあなたは美しい。
『こちらあみ子』は、間違いなく今村夏子1番の傑作だと思う。
なお、今村夏子の全作品をこちらの記事で紹介しているので、ぜひ参考にどうぞ。
【 天才芥川賞作家【今村夏子】全作品おすすめ ーあらすじと魅力を紹介— 】
次に読むならコレ
最後に、『こちらあみ子』を読んでおもしろいと思った人に、おすすめの本を紹介しようと思う。
『こちらあみ子』で描かれたのは「生きづらさ」を抱えた少女だった。
以下で紹介するのは、あみ子と同じく「生きづらさ」を抱える女性が主人公の純文学だ。
『むらさきのスカートの女』(今村夏子)
記事の中でも紹介した、今村夏子の芥川賞受賞作品。
本書の最大の魅力は、小説でなければ絶対に演出できない不気味さである。
それは、きっとアニメ化も、映画化もできない、活字ならではの演出なのだ。
なんといっても、読後感がすさまじい。
読了後、だれもが困惑するにちがいない。
「え? 一体だれを信じればいいわけ?」
そんな思いを抱くはず。
【参考 解説・考察『むらさきのスカートの女』―「語り手」を信じてよいか― 】
『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)
主人公のあかりは「生きづらさ」を抱える女子高生。
世間の中で居心地の悪さを感じ続ける彼女が、唯一自分らしくいられるのは「推し」を推しているときだけ。
そんな推しがある日「炎上」してしまう。
ファンをなぐったらしい。
あかりが信じたものは、神でも仏でもなく、人間である「推し」だった。
彼女にとって「推しごと」は救いになりうるのか。
そして、生きづらさを感じる人が前向きに生きていくことはできるのか。
本作は「推し」を推すファンの心理を描いた作品だけど、生きづらさを抱えて生きる全ての人に刺さるはず。
【参考 考察・解説『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)ー推しに見られる宗教性- 】
『コンビニ人間』(村田紗耶香)
2016年の芥川賞受賞の、ザ・「生きづらい人」文学。
36歳未婚女性、古倉恵子は、大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。
彼氏も作らず、結婚もしない彼女を、周囲は「異常」と呼ぶ。
だけど、筆者は読者にこう問うてくる。
「異常だなんて、一体、だれが決めてるの?」
村田紗耶香の作品は、とにかく「異常って何?」という強烈なメッセージがあるが、それは本作も同様。
哲学的な主題を扱いながらも、不気味に、おかしく、おもしろく、秀逸な文学にしたてあげている。
自分たちは「まともだ」と、平穏にあぐらをかいている読者を、じわじわと揺さぶってくる1冊。
【 参考 解説・考察『コンビニ人間』村田沙耶香)ー異常だなんて誰が決めた? ー 】
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【 Audible(オーディブル)HP 】
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『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)や、『むらさきのスカートの女』(今村夏子)や、『おいしいご飯が食べられますように』(高瀬隼子) を始めとした人気芥川賞作品は、ほとんど読み放題の対象となっている。
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