はじめに「古典文学の最高峰」
日本で最も有名な古典作品は?
そう尋ねられたとき、おそらく、ほぼすべての日本人が「源氏物語!」と答えるに違いない。
それくらい、源氏物語は、もはや日本の古典文学の代名詞ともなっている。
だけど、そんな源氏物語の内容を知っている人となると、案外少ない。
だから、
源氏物語の何がすごかったの?
とか、
源氏物語は、なぜここまで読み継がれてきたの?
とか問われても、ほとんど多くの人が答えることができない。
そこで、この記事ではそれらについて、どこよりも詳しく解説をしようと思う。
解説のポイントは、次の2つ。
- 源氏物語の凄さ
- 源氏物語が読み継がれた理由
お時間のある方は、ぜひ、最後までお付き合いください。
源氏物語の何が凄かったのか
紫式部の先見性と独自性
源氏物語の凄さを言い出せばきりがない。
ざっと挙げただけでも、これだけある。
こうして書いただけでも、とてつもなく本格な文学作品だという印象を持つ。
実際に、源氏物語は、多くの論者から
「本格的な近代文学と比べても遜色がない」
と評されている。
ちなみに、西洋世界で本格的な近代文学(要するに、上記のような性格を持つ文学)が描かれたのは、フランスでは17世紀ころ、イギリスでは18世紀ころといわれている。
一方で、わが国日本では、それが11世紀、つまり今から1000年も前に完成していたのだから、作者の紫式部の先見性や独自性は、目をみはるべきものがあるといっていい。
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当時の物語の“集大成”
さらに、源氏物語の成立過程を知ると、源氏物語という作品の登場が、いかにセンセーショナルなものだったかが見えてくる。
ここからは、そんな源氏物語の成立過程から、そのすごさを解説しよう。
さっそく、次の図を見てほしい。
これだけでは、チンプンカンプンだと思うので、もう少し解説を加えておこう。
まず、日本で現存する最古の物語は『竹取物語』と言われている。
そこから、様々な物語が生まれていくことになるのだが、その流れは大きく2つに分かれていた。
さらに、両者の特徴を簡単にまとめると、次の通り。
こんな感じなので、前者の「歌物語」を読んでみると、ストーリー自体はたいして面白くないのだけど、そのみずみずしい詩情や抒情性に惹きつけられるし、逆に、後者の「作り物語」を読んでみると、詩情や抒情性はそこまでではないが、そのストーリーの面白さに惹きつけられる。
そうなってくると、当然、読者としてはこう思う。
「歌物語の長所と、作り物語の長所をかねそなえた無敵の物語が登場しないかなあ!」
そこ、まさにそこなのだ。
源氏物語というのは、まさに、そうした両者の長所を完璧にかねそなえた無敵の物語だったのである。
源氏物語のストーリーについては、ざっくりと次の通り。
こんな感じで、とにかく、メチャクチャおもしろいのである。
そこに、紫式部の巧みな筆致と深い教養が加わる。
要するに、抒情性にあふれる表現や、優れた和歌が存分に盛り込まれるのである。
『源氏物語』に登場する和歌は、全54帳中なんと「795首」を超えるという。
後述するが、この「和歌の多さ」もまた、『源氏物語』が読み継がれた大きな理由の一つとなる。
ということで、『源氏物語』の性質は、次のようにまとめることができるだろう。
ストーリー性(エンタメ的)+ 詩情・抒情性(文学的)
こうした特徴を見てみれば、この『源氏物語』という作品が、当時の物語の“集大成”ともいえる作品だったことがわかる。
以上を踏まえて「源氏物語の一体なにが凄かったのか」をまとめると、次のようになる。
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源氏物語が読み継がれた理由
まずは結論
ここからは、
なぜ『源氏物語』が1000年以上もの長きにわたって読まれ続けてきたのか
これについて解説をしようと思う。
さっそくその結論を、以下の表にまとめてみる。
時代 | 主な読者層 | 読んだ理由 |
平安時代 | 貴族 | 宮中で評判だったため |
鎌倉時代 | 歌人 | 歌の創作力を養うため |
室町~戦国時代 | 武士 | 戦にむけ団結力を高めるため |
江戸時代 | 庶民 | 娯楽にふれるため |
明治~大正時代 | 富裕層 | 教養を身に着けるため |
昭和時代 | × | × |
現代 | 生徒 | 教養を身に着けるため |
以下、それぞれ具体的に解説をしよう。
平安時代
作者の紫式部は、宮中に出仕する「女房」だった。
当時の女性は、基本的には読み書きの力に乏しく、ましてや、公の学問である「漢文」に関する知識など、ほとんどの女性には皆無だった。
にもかかわらず、紫式部には深い漢文への教養と卓越した文才があった。
そんな彼女が描いた源氏物語は、またたくまに宮中で評判になる。
はやく続きが読みたい!
そう思う読者は、男女や身分の上下問わず、沢山いたと言われている。
たとえば『更級日記』の作者である、「菅原孝標女」なんて、
「源氏物語を心ゆくまで読むことができたなら、地位も名誉も権力もいらないわ」
とまで言っている。
ここからは、「源氏物語の人気の高さ」はもちろん、それ以上に「源氏物語を手に入れる難しさ」をうかがい知ることができる。
平安時代には、今とは違って印刷技術がないので、源氏物語を読むためには、運よくオリジナルに出会うか、誰かが書き写した、いわゆる「写本」に出会うしかなかった。
だから、宮中では源氏物語はとにかくもう引っ張りだこで、紫式部は売れっ子作家よろしく、多くの読者から「続きはまだか?」とせっつかれていたという。
こんな感じで、平安時代において『源氏物語』は超人気物語として、宮中に出入りする多くの人たちに読まれていた。
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鎌倉時代
鎌倉時代になっても、『源氏物語』の人気は衰えなかった。
この頃になると、源氏物語は、特にその「詩情」や「抒情性」の高さで評価されるようになる。
というのも、鎌倉時代は「新古今和歌集」が誕生したように、和歌が全盛の時代だったからだ。
もしも、自分が読んだ和歌が注目・評価されることになれば、社会的ステータスは一気にあがり、一家の繁栄を狙うことができる。
勅撰集に乗ることができれば、万々歳である。
そこで、この頃、多くの歌人たちはこぞって『源氏物語』を読み、自らの詩情や抒情性を養うのに必死になっていた。
少しだけ込み入った話になるが、実は、和歌ってのは詠むべき「モチーフ」が、ルールとして決まっている。
たとえば、春なら桜を読みましょうとか、夏なら蛍を読みましょうとか、秋なら月を読みましょうとか、冬なら雪を読みましょうとか、それぞれの季節に「詠むべきモチーフ」が定まっているのだ。
こんな風に歌人たちは、ある種の「縛り」の中で創作をしなければならなかった。
こんな感じなので、平安時代には、大方、すばらしい歌は読みつくされ、鎌倉時代になると「ネタ切れ」状態となっていたという。(しかたがないから、オリジナルを踏まえた“本歌取り”なんて技法が流行ったのも鎌倉時代のこと)
こんな事情があったので、『源氏物語』の詩情や抒情性、もっといえば、教養の深さは歌人たちにとても重宝されていたというワケだ。
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室町~戦国時代
鎌倉時代となり、次第に世の中は、戦乱の時代に移っていく。
この時代になると、源氏物語が読まれる理由は
「宮中で評判になっているから」とか
「和歌の創作力を身に着けたいから」とか
そういう“平和な理由”ではなかった。
この時代、源氏物語は武将たちの「士気の高揚」のために利用された。
ただし、ここでも重要となるのは、「和歌」である。
これを理解するためには、やや込み入った話をしなければならない。
鎌倉時代から室町時代にかけて生まれた歌の形式に「連歌」というものがある。
これは、文字通り、複数の人間で「歌を連ねていく」という様式で、たとえば、
Aさん:五七五 →Bさん:七七 Cさん:五七五 →Dさん:七七 → Eさん……
といった具合に、上の句と下の句を交互に、とにかく気が済むまで詠み連ねていくというものだ。
武士たちは戦に出る際、この「連歌」をたしなむことで軍の士気を高めていたのである。
……と、こう聞くと、
どうして連歌で士気が高まるの?
なんて疑問を持つ人もいるかもしれない。
だけど、僕たちにもそうした感覚は多少なりともあるはずだ。
たとえば「同じ鍋」をつつくことで生まれる連帯感というものがあるように、当時の人々も「お茶を回し飲み」することで集団の連帯感を高めていたと言われている。
「連歌」の理屈も同じである。
しかも、連歌の場合は「連帯感を高める」だけでなく、完成した作品を神社に奉納することで「必勝祈願」にもなっていた。
もしも、途中で「ごめん! 続きの下の句、思い浮かばねえわ!」なんてことになれば、士気はダダ下がりになるだけでなく、これからの戦に不吉な影を指すことになる。
だから、武士たちは、上手に「連歌」を読むためには、『源氏物語』から「和歌」の素養を吸収していたのだ。
つまり、鎌倉時代で「歌人」が和歌の素養を吸収していたのと同様に、戦国の世にあっては「武士」が和歌の素養を吸収するために『源氏物語』を読んでいたのである。
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・
江戸時代
戦国の世が終わり、世の中に、250年もの長きにわたる太平の世が訪れる。
江戸時代である。
この頃になると、人々の経済力もあがり、多くの庶民が娯楽を求めるようになっていった。
地域では寺子屋が機能し、人々の識字率もどんどん向上していく。
こうなると、
「なんかおもしろい物語を読みてーなー」
と考える人々が増え、源氏物語は、そんな彼らの欲求を満たすのに一役買った。
ただ、ここで難点が。
源氏物語は難しくて、庶民には理解できなかったのである。
それもそのはず。
江戸時代なんて、平安時代から600年もの隔たりがあるわけで、当然、その間に言葉は大きく様変わりしている。
なんぼ、識字率があがったとはいえ、庶民は源氏物語を読み解けるほどの読解力は持ち合わせていない。
そこで役に立ったのが、木版印刷術だった。
つまり、源氏物語に「挿絵」を添えることができたのである。
これにより源氏物語の世界をビジュアルで楽しむことができるようになり、源氏物語は多くの人に愛読されるようになった。
ということで、江戸時代における『源氏物語』の主な読者は、平和な世の中で娯楽に飢えていた庶民たちだったということになる。
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明治~大正時代
明治時代になると、日本は一気に西欧の文化を吸収し「近代化」(要は西欧化)を成し遂げた。
教育制度なんかも整備され、今でいうとところの「小学校→中学校→高校→大学」のように、多くの人たちに「学問」の機会が与えられた。
すると「学問」への思考は、大正時代にかけて、どんどん強まっていく。
こういう時代にあって生まれた風潮、それが「教養主義」と呼ばれるものだ。
要するに、
「勉強できる奴が、もっとも人間的に優れているのだ」
とする価値観である。
その教養主義をもっとも体現した層、それが「富裕層」だった。
いまでこそ「大学全入時代」なんて呼ばれ、日本人の半分以上が大学へ進学するが、明治~大正時代において大学に進学できる人なんて「200人に1人」という超がつくほどの少数派だった。
要するに、大学まで進学できる人なんて、生まれながらに恵まれた文化資本を持つ、一部の選ばれし「富裕層」だけだったのである。
そんな富裕層たちが「教養」とみなしたもの、それが、
哲学と文学
だった。
そして、この文学の中には、古典文学が含まれ、当然、源氏物語も「教養」の対象とみなされることとなる。
こんなふうに、明治~大正時代にかけて「教養主義」が広がる中、源氏物語は多くの富裕層や学生たちに愛読された。
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・
昭和時代
平安時代から、役1000年の長きにわたって読み継がれてきた『源氏物語』
だけど、その歴史の中には、誰にも読まれなかった「暗黒時代」もある。
それが戦時中である。
戦時中は、軍部の方針で『源氏物語』は「不敬の書」と認定され、タブー視されてしまう。
では、なぜ源氏物語はタブーとされたのか。
それは、当時の「皇国主義」が理由である。
皇国主義というのは、要するに「天皇は神様! 天皇万歳!」といった風潮のことである。
考えてみれば、『源氏物語』の主人公「光源氏」というのは天皇の息子、つまり「皇族」である。
そんな皇族の光源氏が恋愛スキャンダルを繰り返し、挙句のはてみじめに年老いて、孤独のうちに死んでいくのだから、これほど「皇国主義」に反する物語はないといっていい。
こうして『源氏物語』は「不敬の書」としてタブー視されるようになった。(なお、その代わりに持ち上げられたのが、天皇の神話を描いた『古事記』である)
いまでこそ、誰もが自由に『源氏物語』を読むことができるが、こんな感じの暗黒時代もあったのである。
現代(平成~令和時代)
さて、いよいよ現代であるが、現代において源氏物語は誰に読まれているのか?
現役現代人(へんな言葉だけど)の僕たちには、そんな答えはもう分かり切っている。
正解は、高校生、である。
きっと、多くの人が毛嫌いをした「古文」の時間で、日本の高校生はほぼ例外なく『源氏物語』に触れることになる。
なんのために?
もちろん、「日本文化を理解するため」という大義名分もあるだろうが、実際のところは「大学受験に合格するため」といったことになるのだろう。
ちなみに、数多くある「古典作品」の中でも、『源氏物語』は超がつくほどの難解なテクストであり、多くの高校生から毛嫌いをされているという。
だからこそ、多くのマンガやアニメ、平易な現代語訳が生まれたのだといっていい。
代表的なマンガといえば、ご存じ『あさきゆめみし』だろう。
このマンガの登場が、多くの『源氏物語』ファンを生み出したといっても過言ではない。
それ以外にも、メチャクチャ分かりやすくて面白い「現代語訳」も沢山あるので、源氏物語の世界観を、よりニュートラルに味わうことも簡単にできる。(なお、僕のオススメは最後に紹介したい)
こんな風に、現代では、多くの高校生が国語教育の一環で『源氏物語』に触れることになっており、マンガやアニメ、そして、平易な現代語訳などが多くのファンを楽しませている。
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この記事のまとめ
「源氏物語の凄さ」と、「源氏物語が読み継がれてきた理由」について解説を行ってきた。
最後に結論をまとめて、この記事を締めくくりたい。
【 時代ごとの”源氏物語”の扱い 】
時代 | 主な読者層 | 読んだ理由 |
平安時代 | 貴族 | 宮中で評判だったため |
鎌倉時代 | 歌人 | 歌の創作力を養うため |
室町~戦国時代 | 武士 | 戦にむけ団結力を高めるため |
江戸時代 | 庶民 | 娯楽にふれるため |
明治~大正時代 | 富裕層 | 教養を身に着けるため |
昭和時代 | × | × |
現代 | 生徒 | 教養を身に着けるため |
以上で、源氏物語の解説を終わります。
最後に、オススメの現代語訳や、源氏物語を読む上でオススメのサービスを紹介するので、興味のある方は、ぜひそちらも参考にしてみてください。
それでは、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
オススメの現代語訳
世の中に数多くある「現代語訳」の中でも、僕がもっともオススメしたいのが、角田光代の現代語訳だ。
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そんな彼女の筆による『源氏物語』は、読み応え抜群。
みずみずしい文体はとても読みやすく、人物関係が分かりやすいように書かれているので、初心者でも安心して読み進めることができる。
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