はじめに「哲学」って何?
「哲学」と聞いて、あなたはどんな印象を持つだろう。
たぶん多くの人は、高校時代に勉強した「倫理」を連想したり、ソクラテスだのプラトンだのアリストテレスだのといった有名な哲学者を思い浮かべたりするかもしれない。
あるいは「無知の知」とか、「三角形のイデア」とか、例の哲学用語を思いだ出したり、『純粋理性批判』とか『精神現象学』とかいった有名な書物を思い出したりするかもしれない。
すると、人々の感情として、
「哲学=なんだか小難しいもの」とか
「哲学=自分とは無縁なもの」とか
とにかく、哲学に対する「あまりよくない印象」を持つにいたってしまう。
だから、急いで強調しておきたいことがある。
それらを全部「哲学」ではない。
あえて言えば、それらは全部「哲学史」なのである。
「ソクラテス」とか「イデア論」とか「純粋理性批判」とかを覚えることは、言うまでもなく哲学の本質なんかじゃない。
「哲学」というのは、本来もっとおもしろくて、スリリングで、ちょっと恐ろしいもので、つまるところ、ずっとずっと魅力的なものなのだ。
この記事では、そんな哲学の主要テーマについて紹介したい。
今回扱うテーマをざっくりと言えば、
「記憶って正しいの? 過去は本当に存在したの?」
といった問いである。
「記憶」と「時間」
これらは哲学で頻繁に議論される主要テーマだ。
では、最後までお付き合いください。
「記憶」は「過去」の証拠になる?
突然だが、あなたはどんな小学生だっただろう。
ちょっと、自分自身の小学生時代を思い出してほしい。
…
……
………
…………思い出せただろうか。
もし、僕があなたのそばにいれば、あなたの思い出話を存分に聞きたいことろなのだけど、残念ながらそれができなそうなので、逆に僕の思い出話をあなたに聞いてもらいたい(すみません)。
――僕は小学生のころ、とてつもなく目が悪くて、メガネをかけていた。 メガネにまつわる記憶には、ロクなものがない。 クラスメイトからはメガネを取り上げられたり、隠されたり、壊されたり。 メガネ姿をからかわれ、「メガネザル」という安直なあだ名をつけられ、悲しい思いをした。 あの頃の辛く悲しい経験は、大人になった今の僕を形作っているといえるし、大人になった今の僕は、あの頃の「過去」を笑い話にすることもできるようになった。 とはいえ、ふと当時の「記憶」を思い出し胸が痛むこともあって“いじめ”が人の心に与える影響について考えたりもする――
以上が、僕の「記憶」であり「過去」である。
きっとあなたにも、ありありと思い出せる「過去」があるだろうし、当時の「記憶」を思い出し、懐かしんだり、悲しんだり、温かい気持ちになったりするだろう。
さて、ここで「哲学」に(擬人化して「哲学君」として)登場していただこう。
「哲学君」は思い出話をする僕たちに、こんなことをいう。
「君たちのその過去さ、そもそも本当に存在していたの? メガネザルって呼ばれた過去? そんなもの本当は存在していなかったんじゃないの?」
かなり挑戦的な「哲学君」
これを聞いて、僕たちは次のように反論したくなる。
「いやいや、そりゃ昔のことだから“記憶違い”ってことだってあるさ。だけど、その記憶のもとになった出来事は確かに存在していたよ。存在していたからこそ、こうして過去を思い出して語ることができるんじゃないか。こうした記憶があることが、過去があったっていう確かな証拠だよ」
すると「哲学君」はいう。
「違う違う、僕は“記憶違い”なんて話をしているわけじゃない。文字通り、君の過去は“無かった”って言ってるんだ。メガネを壊されたり、メガネザルって呼ばれたり、そうした小学生の君は“存在していない”って、そう言っているんだよ。たとえ記憶があったって、それが過去があったことの証拠になんてならないさ」
さて、困った、「哲学君」は一体なにが言いたいのだろう。
きっとあなたも「?」で頭がいっぱいだと思うので説明を急ごう。
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世界は「5分前」に生まれた?
まるで僕たちにイチャモンをつけるかのような「哲学君」の主張だが、残念ながら彼の主張に反論することは難しい。
哲学における「過去」に関する議論の1つに「5分前世界創造仮説」というものがある。
文字通り「世界は5分前に生まれた」とする仮説だ。
今のあなたにとって「5分前」と言えば、ちょうどこの記事を読み始めた辺りということになるだろうか。
となると、この記事を読み始めた瞬間に、この世界は誕生したということになる。
こう聞くと、当然、こう反論したくなる。
「いやいやいやいや、そんなことないでしょ! だって30分前に僕はご飯を食べていたんだよ? それに昨日メチャクチャ上司に叱られたせいで、いま思い出しただけで胸糞が悪いんだ。そのことを先月できた彼女にメールで愚痴ったのだって1時間前のこと。それ以前の問題として、高校生、中学生、小学生、幼稚園の出来事だって、僕はそれなりに覚えている。……あ、そうこう言っているうちに彼女からの返信が届いた。なになに? “ 大丈夫だよ、元気出して♡ ”か。ああ、やっぱ最高の彼女だわあ。こんな幸せだって、僕の中で過去1だぞ」
と、こんな風に、僕たちには確かな「記憶」があって、それゆえ「確かに過去はあった」という強い実感を持っている。
「5分前に世界ができた」なんて言われたって、僕たちに「記憶」がある以上、そんな仮説は到底受け入れられたものじゃない。
だけど哲学君が言った通り、「記憶」は「過去」の存在を保障するものではないのだ。
なぜなら、5分前に世界ができたとき、その「記憶」も一緒に作られた可能性を否定できないからだ。
30分前のご飯についての「記憶」も、1時間前に彼女にメールで愚痴った「記憶」も、昨日上司に叱られた不愉快な「記憶」も、高校生から幼稚園までの断片的な「記憶」も、それら全部と共に、世界は5分前に作られたかもしれないのである。
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「5分前仮説」に反論できない?
ただ、こう聞いても、まだまだ僕たちに反論の余地はありそうだ。
「なるほど、確かに、それなら5分前仮説は成り立ちそうに思える。だけど、現に今僕のもとに、こうして彼女からの返信が来たじゃないか。1時間前に送った僕のメールに、こうして返信してくれる彼女が存在しているじゃないか。いや、それだけじゃない。歴史の教科書を開けば、歴史上の人物も、事件も、きちんとそこに記されているじゃないか。図書館に行ってみろよ。そこには過去の存在を証明するような大量の本が収められているじゃないか。それでも、世界は5分間にできたって言えるの?」
これもまた、真っ当な反論である。
「過去」の存在を証明するのは、僕たちの「記憶」だけじゃない。
「過去」について記された本、「過去」についての人々の言説、「過去」につながる遺跡、自然環境、地層に含まれる化石……
言い出せばキリがないくらい、この世界には「過去」にまつわる物事であふれている。
だけどこうした反論も、残念ながら次の1言で一蹴されてしまう。
「それらもぜーんぶ、そうした状態で、そうした姿で、5分前に作られたんだよ」
さて、こうなってくると、「過去」に関するあらゆる情報というのは「5分前世界創造仮説」の反証には全くならない。
たとえ、「過去」にきちんと整合性が取れていて、「過去」を人々と矛盾なくすんなり共有できたとしても、「そうした状態で、5分前に世界は作られたんだよ」と言われてしまえば、それに反論することは僕たちにはできないのだ。
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存在するのは「今」だけ?
以上が「5分前世界創造仮説」の全貌である。
これはイギリスの天才哲学者「バートランド・ラッセル」によって提唱された説である。
もちろんラッセルは「5分前に世界ができた」ことを“真理”だと言いたかったワケじゃない。
彼が言いたかったのは、
――「記憶」を始めとしたあらゆる物事は、「過去」をまったく保障してくれない――
ということだった。
記憶されているできごとが実際になかったとしても、そのような記憶は生じうる。
そもそも「過去」が存在していなくたって、そのような記憶は生じうる。
現在、そして未来において、たとえどんなことが起ころうとも、そのことが「過去」の証明になることは論理的にあり得ない。
「過去」についての知識と呼ばれるものの全ては、過去とは100%独立したものなのである。
そして、僕たちが「過去」を語ろうとするそのとき、それはあくまでも「現在」における分析内容でしかない。
さて、ここまで読んで、勘のいい人は分かったかもしれない。
そう、「5分前の過去」だって、その存在はもはや証明できないのだ。
それは4分前だって、3分前だって、2分前、1分前だって変わらない。
今、そうたった「今」、世界は作られたかもしれないのだ。
僕たちは、どうあがいたって「過去」を体験することはできない。
「過去」に戻れない以上は、僕たちにとって「過去」の存在を確かめることは絶対にできない。
では「今」だけは、確かなのだろうか。
「今」だけは、信頼してもいいのだろうか。
実は、全くそんなことはない。
突き詰めて考えると、この「今」の世界も、まったく信用できないことが分かってくる。
その辺りのことは以下の記事にまとめてあるので、興味のある方はぜひ参考にしていただきたい。
【 参考記事 意識、実在、他者、独我論ー 哲学のテーマ・主題をわかりやすく解説!ー】
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おわりに「哲学」は“薬”にならない
以上、哲学のテーマ「記憶」と「過去」をとりあげ「5分前世界創造仮説」について解説をしてきた。
にわかには信じられない、この恐るべき仮説。
もちろん「5分前に世界ができた」ことが信じられなくてもいいし、信じる必要だってない。
ただ、この仮説に対して、僕たちは原理的に反論できないという話なのである。
どうだろうか。
なんだが、今まで当たり前だと思ってきたこの世界が、途端によそよそしく感じられてこないだろうか。
こんな風に、「哲学」というのは本来、スリリングで、不気味で、怖ろしいものなのである。
さて、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
記事を読み終えたあたなは、ひょっとしてこんな風に感じたかもしれない。
いや、こんな問題、そもそも答えなんてでないし考えるだけ時間の無駄でしょ
はい、まったくもってその通り。
哲学なんてやったって、時間の無駄なのだ。
病気が治るわけでもないし、出世するわけでもない。
名声が手に入るわけでもないし、お金持ちになれるわけでもない。
いや、なんならこんなメンドクサイことを考えていたら 友だちが減るかもしれないし、彼女にフラれるかもしれないし、社会的な信用を失ってしまうかもしれないのだ。
哲学は「毒」にこそなれ、「薬」になることはない。
だけど、哲学することは、上記の通りとってもスリリングであるし、おもしろいと僕は思う。
というより僕自身、やっぱり不思議でならないのだ。この「世界」ってやつが。
「世界って本当は存在していないんじゃないの?」とか
「時間が“流れる”っていうけど、一体何が流れてるの?」とか
「僕が死んだら、僕は、この世界はどうなるの?」とか
少しでもそうした問いにとらわれてしまったことがある人にとって、哲学はとっても親和性のある世界だ。
この記事を読んで共感していただいた方は、ぜひブログ内の【哲学】の記事を参考にしていただきたい。
あなたの“ワクワク”や“ゾクゾク”のお供になれたなら、とても嬉しく思う。
オススメの本
『哲学の謎』(野矢茂樹)
この記事の多くは、本書を参考にしている。
筆者の野矢茂樹は、日本の哲学界を代表する哲学者。
著書が多く、読みやすいものから本格的なものまで幅が広い。
本書は、中でもとても読みやすい一冊で「対話形式」なので、議論がスッと頭に入ってくる。
小難しい哲学用語は一切出てこないが、本書を読めば「哲学の魅力」を理解することができるはず。
100の思考実験(ジュリアン・バジーニ)
タイトルの通り、100の哲学的な「思考実験が」が収められている。
「思考実験」というのは、現実にはあり得ない状況を想定し、その状況を突き詰めて考えていく「頭の中での実験」のことだ。
中にはデタラメで馬鹿げた実験もあるのだが、それらは例外なく僕たちの「あたりまえ」を覆す可能性を秘めている。
本書は、そんな哲学的議論をコンパクトにまとめ、議論の問題点や、様々な立場を整理してくれるので、哲学初心者から中級者まで楽しめる一冊となっている。
1項目が数ページで完結し、読み切りになっているのも嬉しい。、
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コメント
「5分前世界創造仮説」のキーワードで、こちらに訪問しました。
最近、パラレルワールドに興味があります。
選択の度に分岐するのではなく、はじめからたくさんの世界があり、それらをシフトしているという考えです。
だとしたら、過去の整合性について、納得がいかなかったのだけど、この仮説だとなるほどですよね。
具体的な説明でわかりやすかったです。ありがとうございます。
過去は、今の状況のつじつま合わせなのかもしれませんね。
私は事実うんぬんより、自分が生きやすくなるかどうかが大事だと思うので、仮説大好きです。
みのりさん、うれしいコメントありがとうございます。
パラレルワールドに興味がある、ということで、僕もとても共感します。
現在、哲学だけではなく、物理学の分野においても「パラレルワールド」の可能性について主張する学者もいるようです。
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