「生きづらい人」文学の名手
いま、世の中で生きづらさを感じている人たちは本当に多い。
そりゃ昔に比べれば、今の社会は「少数派」に対して寛容になりつつある。
が、一部の心ない議員たちの「差別発言」にも見て取れるように、まだまだ生きづらさを強いられている人々は多いと思う。
それが証拠に、ここ数年の文学は「生きづらい人」を描いた作品が多い。
ともに芥川賞受賞作品である、村田紗耶香の『コンビニ人間』や、宇佐見りんの『推し、燃ゆ』なんかを読んでいると、「こういう作品が生まれ出てくるのも、時代の必然なのだ」と思わされる。
「普通」という名の暴力、排除の原理は、いつの世も存在している。
ぼくは、文学からいつもそれを学んでいる。
そして、その「普通」という名の暴力や、それによって生きづらさを感じる人たちを書かせたら、右にでるものはない天才肌の作家がいる。
それが、今村夏子だ。
今村夏子 について
アルバイト先の事務所で「明日休んでください」と言われた日の帰り道、突然、小説を書いてみようと思いつきました。
これは、作者 今村夏子の太宰治賞受賞のことばである。
バイトをクビになり? 思いつきで書いた小説は、半年そこらで完成させてしまったという。
そして、生まれたのが『あたらしい娘』のちに『こちらあみ子』と改題され出版された。
さらに数ヶ月後、『こちらあみ子』は三島由紀夫賞も同時受賞するという快挙をなしとげる。
こうして作家今村夏子は華々しいデビューをかざり、沢山の文学ファンを魅了している。
その後『あひる』(河合隼雄賞受賞)、『星の子』(野間文芸新人賞)と、立て続けに芥川賞の候補となり、2019年『むらさきのスカートの女』で芥川賞を受賞した。
【 関連記事はこちら 【本当におもしろい】おすすめ芥川賞作品5選 ー初級編①ー】
こうして書くと、やっぱ、とんでもない経歴の作家だなと改めて思う。
ちなみに、今村夏子はあまり精力的に書くタイプではないらしく、一時期は筆をたつこともあったらしい。
そんなとき、担当の編集者は、「あなたのペースで書いてくれれば大丈夫です」と、今村夏子が再び描くまで、辛抱強く待ってくれたらしい。
このエピソードからも、今村夏子の才能がうかがえる。
彼女は決して、小難しい言葉や不可解な修辞を使うことはない。
そして多くを語ることもない。
だけど、彼女の作品にはいつだって「普通」への強烈な問題提起と、生きづらい人たちの悲痛な声が、色濃く表れている。
そして、彼女の代名詞とも言える「不穏な空気」が、どの作品にも立ちこめている。
読んでいて、ゾクゾクと身震いするような感覚も、今村夏子の作品の魅力だと言える。
今回は、今村夏子作品を、その出版順に紹介していきたい。
こちらあみ子
オススメ度 (5 / 5)
今村夏子のデビュー作にして、最高傑作。
太宰治賞と三島由紀夫賞のダブル受賞で、選考委員の町田康大絶賛。
主人公「あみ子」は、風変わりな女の子。
あみ子の愚直なまでの純粋さは、家族や、憧れの男の子を不快にさせていく。
どんなに相手を大切に想っても、相手を喜ばせようと振る舞っても、なぜか相手は自分を嫌いになっていく。
そんな、「生きづらさ」を感じているひとにオススメ。
自分っておかしいのかな? 自分って変わりものなのかな? とか
どうして自分は嫌われ者なのかな? どうして自分は人を怒らせるのかな? とか
そんなどうしようもない思いにかられているひとは、ぜひ読んで欲しい。
ぼくは、不器用ながらも一途に人を愛そうとするあみ子の姿に、人としての美しさがあらわれていると思う。
【参考記事 考察・解説『こちらあみ子』(今村夏子)― 純粋という美しさ ― 】
あひる
オススメ度 (4 / 5)
あひるを飼うことになった家族と、学校帰りにあつまってくる子どもたち。
一瞬幸せそうな日常なのだが、そこに不穏さと不気味さと危うさが差し込んでくる。
文章はとっても平易。
淡々と物語が描かれていく。
なんてことのない日常の1コマが切り取られるのだが、その行間には常に言葉にできない不穏な空気と不気味さが底流している。
この絶妙の空気を描けるのこそ、今村夏子の魅力だ。
「心がざわつく」とは、本書の帯のキャッチコピーだが、この作品の魅力を語るには十分。
「書かずに書く」とはおそらく作家の腐心してやまないことだと思うのだが、今村夏子は毎度のことながらそれをうまくやってのける。
ことばでは、不気味さを全く表現していないのに、なぜか読んでいて不安になってくる。
芥川賞候補にもなった本作、河合隼雄物語賞を受賞している。
ゾクゾクとした読書体験をしたい人にオススメ。
星の子
オススメ度 (3.5 / 5)
新興宗教を信じる両親への疑問、抵抗、嫌悪を抱く思春期の少女の内面が描かれている。
会話文が多用されたライトな独白体で、これもまた多くを説明することなく、淡々と描かれていく。
やはり、今村夏子の魅力である「不穏な空気」は、ここにも確実に流れている。
人間の欲望といおうか、人間の悪意と言おうか、人間の狂気といおうか。
いずれにしても、なんだか不気味な作品であることはまちがいない。
ただ、あまりにもライトすぎることと、説明を加えないことと、多くのことを保留することもあって、どこか捉えどころがない作品でもある。
デビュー作『こちらあみ子』のような差し迫った凄みがないのは、個人的に残念。
とはいえ、芥川賞の候補にもなり、野間文芸新人賞も受賞しているので、純文学として高く評価されている作品である。
最後のシーンをどう評価するのか、人によって大きく別れるところかもしれない。
父と私の桜尾通り商店街
オススメ度 (4.5 / 5)
今村夏子初の本格短編集で、6編収録。
表題作は、桜尾通り商店街のはずれでパン屋を営む父と、娘の「私」の物語。
不器用な親子は世間でうまく生きていくことが難しい。
商店街の人たちからも疎まれ、仲間はずれにされている2人。
そんなある日、「私」がコッペパンをサンドイッチにして並べたことで予想外の評判を生む。
相変わらず、なんてことのない日常を描いた作品が並ぶのだが、
今村夏子は、この作品でさらに凄みを増したと思わされる。
きっと作家として何かを吹っ切ることができたのかもしれない。
まちがいなく、芥川賞受賞の弾みとなった作品集だろう。
これまでの作品の「不穏な空気」のような曖昧なものではなくて、ありありとした「不気味さや狂気」を存分にまとっている。
描かれるのはふとした日常の1コマなのに、それらは次第におどろおどろした表情を見せるや、気がつけば不可解で共感を拒んだ世界に豹変する。
短編でここまで濃密な世界を描けるのは、天才というほかない。
この作品で、今村夏子はさらに化けた、とぼくは思った。
むらさきのスカートの女
オススメ度 (5 / 5)
2019年、令和初の芥川賞受賞作品。
ぼくは、この本を読んだとき、「これ、(芥川賞)いったわ」と思った。
というのもこの作品、ストーリーも、文章も、ギミックも、どれをとっても完璧といえるレベルにあるからだ。
主人公の「わたし」は、近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性のことが気になって仕方ない。
そこで、「むらさきのスカートの女」に近づき、同じ職場へと勧誘する。
物語は「わたし」による語りで進んでいく。
だけど、読者は途中から、どことなく違和感を感じだす。
その違和感は、語り手である「わたし」に原因があるらしい。
なんだろう、この「わたし」何かが変だ。
「わたし」は、本当に信頼して良い語り手なのだろうか。
そんなためらいの思いが、どんどん強まっていく。
最初に感じていた、「むらさきのスカートの女」への不安、その矛先が徐々にズレていく。
異常から正常へ、正常から異常へ、登場人物に抱いていた印象は見事に逆転される。
終盤にかけてぐいぐい読ませる展開と、最後にそつなくまとめてしまう手堅さも良い。
この作品を読み終えたとき、きっと誰もがこう思う。
「結局、むらさきのスカートの女って、だれだったのか?」
驚きの結末を、ぜひ味わってほしい。
【参考記事 解説・考察『むらさきのスカートの女』―「語り手」を信じてよいか― 】
木になった亜沙
オススメ度 (4 / 5)
亜沙が差し出す食べ物を、だれも食べてくれない。
友達にお菓子をあげても、金魚に餌をあげても、給食で配膳をしても、
だれも亜沙の手から食べ物を受け取ろうとしない。
「食べて、お願い、私の手から」
そんな思いがつのり、亜沙は死後、わりばしに転生する。
と、この発想がとにかく非凡。
表題作を含む3編収録の短編集。
3作には、3様の発想のおもしろさがある。
どの作品にも孤独や絶望が滲んでいて、それでいて救いなのかそうじゃないのかよく分からない結末に行きつく。
今村夏子の代名詞「不穏な空気」が、この作品ではもはや「狂気」のレベルに高まっている。現実感を奪うような、心が乱されるような筆致は相変わらずおみごと。
今村夏子の作品として見ると、新たな境地に挑んだ感があり、作家としての力量と幅を感じさせてくれる作品だと思う。
とんこつQ&A
オススメ度 (0 / 5)
まず、このポップなタイトルと装丁を見た時、
「なんだか今村夏子らしくないなあ」
と、やや、物足りない思いを抱いたのが正直なところ。
が、読んでみると、まぎれもない今村夏子の世界観で大満足。
主人公「今川」は、食堂「とんこつ」で働き始めたアルバイトなのだが、彼女は「自分の言葉」でコミュニケーションをとることができない。
そのため、彼女はつねにおびただしい「メモ」を携帯していて、そこには、シチュエーションごとの「Q&A」が記されている。
メモがなければ「いらっしゃい」も「ありがとうございました」も言えない店員なんて、誰が見たって致命的なはずなのに、とんこつの「大将」も、その子の「ぼっちゃん」も、彼女をまったく責めることはない。
それどころか、「自分の言葉でしゃべれない」今川を歓迎しているようでさえあり、進んで「メモ」を渡して今川をコントロールしようとする……
この作品は、狂気と笑いが絶妙に融合した、今村夏子らしい作品だ。
主人公の今川の姿に「あははは、妙な主人公だなあ」と笑えて来るのだが、それも初めのうちだけ。
終盤になると、きっと多くの人がこう思うはずなのだ。
僕たちは、果たして今川を笑えるのだろうか。
正常と異常の絶妙なあわいが描かれた、読み応えのある1冊。
【参考記事 解説・考察『とんこつQ&A』—笑いと狂気の融合文学— 】
「今村夏子」を”耳”で味わう
今村夏子の作品には【Audible版 】もあり、”耳”で鑑賞するのもおすすめだ。
今、急速にユーザーを増やしている”耳読書”Audible(オーディブル)。
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