考察『フルハウス』(柳美里 )―父の真の目論見は 一体なにか―

文学
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作品のあらすじ

『フルハウス』というタイトルから、楽しげな家族のだんらん風景なんかを想像する人もいるかもしれない。

それはきっと、あのアメリカのコメディドラマを思い出すからかもしれない(まあ、今の若い人は分からないと思うけど……)

だけど、本書はそういった、にぎやかな家族モノとは全くの真逆の作品で、うす気味悪さや、陰鬱な空気が、ずっーとただよっている。

以下に簡単な あらすじをまとめてみたい。

  • 主人公は20代の女性「私」
  • 名前は素子(もとこ)
  • 父、母、素子、妹の4人家族で、一家はすでに離散
  • 父が5000万の家を買う。
  • 父はそこで、もう一度「家族」と暮らしたいらしい。
  • だけど、母と妹はそこに寄り付こうとしない。
  • ある日、父から素子のもとへ「明日新しい家に来てくれ」との電話が入る。
  • 素子が家に行ってみると、父に招かれた4人のホームレス家族が住んでいた。
  • 父、素子、ホームレス家族の、奇妙な交流が始まる……

と、こんな感じなのだが、すでに この時点で狂気じみたものを感じると思う。

この作品には、象徴的、暗示的な描写がちりばめられていて、それを読者がどう解釈するのかによって、作品はその表情を全く変えてしまう。

とても奥行きが深い作品なのだ。

いろんなテーマを掘り下げることができる。

たとえば、

  • 「家族と、ホームレス家族との共通点」
  • 「素美と、ホームレス少女 かおるとの共通点」
  • 「タイトル『フルハウス』が意味しているもの」

などなど。

実際、これらについて考察したいし、その他に書きたいことも山ほどある。

だけど、涙を呑んで、ここではテーマをたった1つにしぼりたい

そのテーマとは

いったい「父」の真の目論見は何だったのか

である。

この記事では、以下5つの章にわけて、このテーマについて考えていく。

  1. 素美と家族の関係
  2. 素美と父の関係
  3. 素美に起こった事件の真相①
  4. 素美に起こった事件の真相②
  5. 父親の目論見は何か

素美と家族の関係

改めて素美の家族を紹介するとこうなる。

父 ……パチンコ店経営。気性が荒く、義母の顔面を殴り前歯を折った過去を持つ。

母 ……水商売先で知り合った男性と駆け落ち。いまでも父に金をせびりに現れる。

妹 ……アダルト映画女優。犯された挙句に殺される役を演じた。

こう書けば、誰であろうがすぐに分かると思う。

この家族はグチャグチャに壊れ果てている。

上記以外にもいろいろある(おなか一杯だと思うけど、もうちょっと)

たとえば、

父は、収集癖があって、近所のゴミを拾い集めてきていたし、

母は、熱を出した娘を放っておき、愛人と不倫をしていたし、

妹は、高校を中退して、素美とともに万引きを繰り返していたし、

素美は、学校の用務員小屋に火をつけた。

当然、彼ら1人1人にとって、「家族」は安らげる場とは程遠い

ただ、父と母は 自分たちの逃避先を作ればそれでうまくやっていける。

仕事に没頭すればいいし、外に愛人を作ればいいし、夫婦が壊れれば離婚してしまえばいい( し、実際そうしている)。

逃げ場はないのは子どもたちだ。

幼い素美と妹にとっては、グチャグチャであろうと「家族」が世界の全てであり、そこから逃げたくても、無力な彼らにはそれができなかった。

結局、彼らが、両親から離れて独り立ちするのは20歳を目前にする頃である。

が、結局は万引きを繰り返すなど、問題行動が絶えない。

グチャグチャの家族の一番の被害者は、まちがいなく逃げ場のない素美と妹だった。

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素美と父の関係

さて、本書の最大の問いは、

「結局、父は何をしたかったのか」

である。

「家族」を取り戻そうと買った5000万の高級住宅には、返済のあてがない。

なんなら、自らの死亡保険金で、一括払いしようという腹らしい。

そして、半ば支払いを踏み倒す形で、彼は単身で新居に引っ越す。

カギをもらえていないので、裏口からしか出入りができないし、電気とガスも通っていない。

そんなところで、果たして理想的な「家族」を、彼は取り戻すことができるのか。

だれが考えたって不可能だ。

にもかかわらず、まるで「再び4人が集結できる」とでも言わんばかりに、彼は家族全員の名前が記された表札を 新居に掲げている。

さらに、彼は別れた妻に遭い、

「もういちど、一緒にくらしてみないか」

と提案までしている。

しかも、家族がいつでも暮らせるように、日用品もかなり充実させているのだ。

彼は、いったい、何がしたいのだろう。

その疑問を解決する糸口を探すため、ぼくはこの作品をもう一度読み直してみた。

すると、あったのだ。

背筋がぞっとするような結論を 導くような糸口が。

それを今から説明しよう。

まず、父と素美の関係を端的に言い表した箇所を引用してみる。

私はこれまでただの一度も父とふたりで はなしたことはない。私だけでなく 父もまた巧妙に避けてきたのだ

(P33より)

2人の間に、一般的な親子らしい交流はなかったことが分かる。

だけど、素美の妹は、それとは真逆の趣旨の発言をしている。

あたしは棲むつもりはないからね。それにお父さんはお姉ちゃんが棲めればそれでいいの。むかしからかわいいのはあなただけなんだから

(P44より)

さて、2人の認識のギャップはいったい何なのだろうか。

「新居に棲め」という父に対する態度も、素美と妹とでは違う。

妹がきっぱりと拒絶しているのに対し、素美は拒絶できず、ズルズルと新居に居続けている。

父と素美は 、つまり、どんな関係なのだろう。

結論から言ってしまおう。

物語でははっきりとは書かれていないけれど、素美は父から虐待を受けていた思われる

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素美に起こった事件の真相①

次に、素子が遭遇した、ある事件について確認をしてみよう。

彼女が小学1年生ころの話。

家族が誰もいない家に、1人でいた素美。

突然あらわれた男から性的な被害を受けてしまう。

だが、不幸中の幸いといおうか。

母と妹が帰ってきた音を聞いて、男は行為の途中で逃げ出していく。

果たして、この男は誰だったのか

作品では 明かされていない。

だけど、ぼくは、この作品を読み返すうちに、

「あれ? ひょっとして、こいつ、父親だったんじゃないか?」

と、思うようになった。

しかも、その仮説を立てて、ページを繰ると、そう読める節はいたるところに散らばっているのだ。

そもそも、この事件に関する素美の記憶はあいまいだ。

この事件が回想されたすぐ後で、

「夢だったのかもしれない」

という、素美の心の声も記されている。

一般的な話であるが、人間の心には「防衛機制能力」が備わっているという。

その人の心が到底耐えられない出来事に遭遇したとき、

「こんな現実、直視したくない」

と、無意識に、それを抑圧したり、記憶を改変したりする。

現実を直視して自分が壊れてしまわないように、心が守ってるというわけだ。

素美の心に起きているのも、まさにこの防衛機制なのではないだろうか

実際に、それをうかがわせるシーンがある。

素美と父、2人の夕食シーンだ。

チャーハンを食べながら、父は素美にこう切り出す。

「素美もおとなになったからいうんだが」

まるで塀の上をつま先立ちで歩くような話の切り出しかただ。私はひきずりあげられないように両手で椅子の背もたれをつかんだ

(P33より)

この、素美の反応は、理性や感情よりも早く、体が反射的に動いていると言って良い。

素美の体から恐怖が湧き上がっているのだろう

父が切り出した話は、「お母さんが家を出たのは、自分のせいじゃない」という自己弁護だった。

「お母さんに暴力をふるったことなんて一度もない」

というのだ。

それから、

「わたしはきみたちを虐待をしたことはない」

と続けた後に さらにこう付け加える。

きみに性的虐待もしていない。おぼえがあるか」

三杯目でスプーンを置き、記憶に蓋をして静かに首をふった。

「わたしもおぼえがない」

(P35より)

この2人の一連のやり取りをちゃんと読むとわかるのだが、「性的虐待」という言葉は、文脈上あきらかに唐突だし不自然だ

父はなぜ、わざわざ性的虐待という言葉を持ち出したのか。

だいたい、

「覚えているか?」という言葉も

「わたしもおぼえがない」という言葉も

あまりに不自然ではないだろうか。

なにより、注目してほしいのは、このとき素美はとっさに「記憶に蓋をしている」点である。

ここからは、素美の防衛反応が明らかに見て取れる

この辺から、ぼくは、「素美を襲ったのは 父なんじゃないか」という考えを強めた。

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素美に起こった事件の真相②

次に、この物語の冒頭シーンを振り返ってみたい。

物語の冒頭は、素美と妹が、父が買った家に泊まる場面から始まる。

電気もガスも通っていない新居で、懐中電灯を頼りに3人で寿司を食うシーンは、ほとんどホラーである。

この辺りからして、ぼくは、

「うーん、なかなか不気味で、陰鬱な話だな」

という感触を強めていた。

それから、その晩の父親の行動も あまりに不可解なので、

「なんだかつかみどころがない作品だなあ」

という率直な感想を持った。

その具体的なシーンというのは、素美が寝静まった和室に、父親が現れるシーンである。

ちょっと長いけれど、要所を引用してみたい。

 スリッパの音が止まった。寝床に入らずに家のなかを徘徊していた父が、気配を消した。なにをしているのだろう。

 急に布団からはみ出た自分の手足が真新しい畳のなかにとけてゆくような恐怖にとらえられ、手足が布団から出ないよう、うつぶせになって布団の端を握りしめた。

( 中略 )

 息遣いを感じて薄目をあけると、父が私の足元に立っていた。微動だにせず私を見下ろしている。しばらくそうしていたが、ふいに枕もとにまわりこみ私の両わきをかかえてぐっとひっぱりあげ、私の頭を持ち上げて枕にのせた。

 そうしてからもじっと見つめている気配が、目をつむり息を殺している私を押しつぶしてゆく。あやうく叫びだしそうになったとき、畳をこする音がして部屋から出ていった

(P19・20より)

と、こういうシーンである。

ちなみに、素美の横には妹が熟睡している。

父の行為は十分大胆なのだけど、この時 彼は何かをためらったのだと思われる

父は素美に 何をしようとしていたのだろう。

はじめて読んだときは全く分からなかった。

だけど、上記の考察のあとで、あれこれ想像をすると、結構鳥肌もんのシーンだなと思う。

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父の目論見は何か

さて、ついに、核心部分に触れていこうと思う。

5000万もの高級住宅を建てた父親の意図は何か。

ぼくは、これが、全然分からなかった。

だって、「理想の家族を取り戻したい」なんて思っているわりに、借金を返せるあてはないし、電気もガスも通してないし、カギさえもらえてない。

彼の言ってることと、やってることはデタラメなのだ。

そうなってくると、

「父には、ほかに目論見があるんじゃないか」

という疑いが生まれてくる。

その疑いに、ある1つの解答を与えてくれるのが、ホームレス家族を招き入れた1件だろう。

この「ホームレス家族」も、相当不可解だ。

それは、素美にとっても同じで、彼女はそうした父親の意図について、こんなふうに推測している。

もしかしたら私が、ここに棲みつくための策略、そうでなくても私が住むことを約束するまでこの一家に断固たる態度をとらないつもりなのかもしれない。たまりかねた私が彼らを追い出せば、ここに棲むつもりはないとはいえないからだ。

(P75より)

この素美の推論には「なるほど!」と思わされた。

これはこれで筋が通っているからだ。

もちろん、

「父は家族に執着するあまり、疑似家族を作り上げたのだ」

というとらえ方もできるだろう。

だけど、それには、ちょっと無理がある。

なぜなら、当の父親自身が、ホームレス家族とあまり交わろうとしていないからだ。

そうなってくると、素美の推論は、ある意味で的を射たものだと思えてくる。

そして ここでもう一度、父親と素美の関係を思い出してみる。

すると、素美の推論の説得力がましていくように思われる。

父親の真の目的、それは、

素美を新居に引き込むこと。

これなんじゃないだろうか。

ひょっとして、そもそも父は家族全員がそろうことなんて、ハナから期待していなかったかもしれない。

必要なのは、素美ただ一人だったのかも。

次に引用するのは、「ホームレス家族以降」の1コマ。

父がこっそり台所に現れるシーンだ。

父はくすり指でこんこんと扉をたたいてから、ふらりと台所に入ってきた。そして見えないガラスでも拭くように目の前で右手をひらひらさせた。きたことを(ホームレス家族に)知らせるなという意味だろうか。「なに?」声を殺して訊きなおすと、父は薄い眉を弓上に曲げひび割れた唇をすぼめ、息だけの口笛に似た声でなにかしゃべったのだが、女の声にかき消されて全く聞こえない

(P73より)

このとき、結局、父が何と言ったのか素美には聞こえなかった。

ただ、父の不可解な行動は素美の印象にも残ったようだ。

父は台所でなにをいおうとしたのだろうか。

(P75)

と、素美は彼の意図について考えている。

父が素美に何を言おうとしたの、結局だれにも分からない。

「どうだ、あたらしい家族とは仲良くなれたか?」

なんて、素っ頓狂なものでは、まちがいなくない。

ひょっとしたら、

「お前だけでも帰ってこい」

という趣旨のものだったかもしれない。

いや、もっともっと別の、おぞましい何かだったのかもしれない。

それは、読者の想像にゆだねればいいことだ。

ぼくは、自分の立てた仮説が、あながち的外れなものではないと思っている。

『フルハウス』は様々なテーマで読むことができる、奥行きの深い小説だと思う。

そのテーマの一つには、これまで確認してきたように、

「父の娘に対する虐待」とか

「父の娘に対する支配」とか

そういうドス黒いものがあるんじゃないかと思うのだ。

そして、それこそが、このグチャグチャ家族をより一層グロテスクにしている大きな要因だとも思う。

「いや、君、それ深読みしすぎじゃない?」

そう思った方へ、最後に、参考にしてほしいシーンを、1つ引用しておきたい。

素美が新居の「自分の部屋」を開けるシーンだ。

私は階段をのぼって部屋の扉をあけた。父の背中、床に開かれている分厚いアルバムが目に入った。父の手にある1枚の写真がふるえている。

母の写真だろうか。背後からのぞくと、スクール水着姿の私だった

(P76より)

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作家 柳美里について

本当は、こんなホラーっぽい記事にするつもりはなかった。

もっと、もっと、この作品の本質の部分を考察しようと思っていたのだ。

ところで、『フルハウス』というタイトルは、一体なにを表しているのだろう

ポーカーの決まり手なのか。

1990年台に放送されたアメリカのコメディ番組なのか。

あるいはそれ以外の何かか。

ちなみに、この作品が書かれたのは、ちょうどコメディ番組の「フルハウス」が日本でも放送されていた時期に当たる。

だから、ぼくは、タイトルはここから取られたのだと考えている。

「フルハウス」はテレビ番組、つまり、虚構である

「作られた家族」

「演じられた家族」

そんな意味が、本書のタイトル『フルハウス』に込められているのかもしれない。

作者 柳美里は、みんなが信じて疑わない「家族神話」みたいなものに対して、強烈なクエスチョンをなげかけている。

世の中には、家族で苦しんでいる人たちがたくさんいる。

「どうして、自分は家族を愛せないのだろう」

「どうして、家族は自分を愛してくれないのだろう」

「どうして、自分たち家族は苦しめ合わなくちゃならないのだろう」

ぼくは、そんなことを何度も何度も考えてきた。

いまでも、ずっと、こう考えている。

「家族ってなんだろう」

だからこそ、ぼくは柳美里の小説に惹かれる。

ちなみに、柳美里は本書『フルハウス』で芥川賞候補にノミネート、続く『もやし』でもノミネートされている。

そして、続く『家族シネマ』で芥川賞を受賞している。

この3つは、すべて「家族」を描いた作品だ。

「シネマ」とは映画、つまり、虚構。

これも『フルハウス』と同じなだ。

「虚構としての家族」

「演じられた家族」

「偽物の家族」

そんな強烈なクエスチョンが、この作品にも込められている。

柳美里の作品は、読んでいて苦しいものばかりだ。

きっと、柳美里も書いていて苦しかったんじゃないかな。

けれど、彼女の作品は、家族で苦しむ人や、居場所を探す人には、どうしうようもなく突き刺さる。

「人間がちゃんと帰って行ける場所は、どこにあるのだろう」

柳美里は、それを作家として追及してる人なのだろう。

現在、福島県に在住する柳美里。

彼女が経営する書店がある。

その名前もまた「フルハウス」

柳美里は、その名前を、どんな思いでつけたのだろう。

次に読むなら この1冊

『JR上野駅公園口』

全米図書賞を受賞し、話題になった作品。

まるで詩を読んでいるような叙情的な文体で、1人のホームレスの哀切極まる過去が描かれる。

このホームレスの男というのも、「帰る場所を失ってしまった」存在として描かれている。

読後、あきらめに近い空虚感に、深く感じいってしまった。

語り手の設定など、小説としての技巧にもうならされる。

なお『JR上野駅公園口』には【Audible版】もある。

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