作者「伊藤潤一郎」について
1989年生まれ、千葉県出身の哲学者。
本書「誰でもよいあなたへ」を出版現在、新潟県立大学国際地域学部講師を務めている。
著書には『ジャン=リュック・ナンシーと不定の二人称』など、主に「大陸系哲学」に関する著書が多い。
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書評「投壜通信というモチーフ」
上述したとおり、著者の伊藤潤一郎には「大陸系哲学」に関連する書籍が多く、本書「誰でもよいあなたへ」は、そうした大陸系哲学のエッセンスを含んだエッセイである。
副題には「投壜通信」とあり、これが本書全体を貫く大きなテーマになっている。
――海岸に打ち上げられた壜の中に入れられた手紙。
特定の読み手に向けて書かれたものではないその手紙が、偶然、誰かの手に渡ることがある。
本書では、そうした読み手を「不定の二人称」(誰でもないあなた)と呼ぶ。
そして、書物とは、もっといえば「言葉」とは、常にそうした不定の二人称を待ち続けていると説明する。
このことは、いわゆる「読書家」と呼ばれる人には、まちがいなく共感できることだと思う。
本を読んでいるとまれに
「これは、俺のために書かれた本だ!」
と思わずにいられない、そうした経験をすることがある。
たぶん、読書に魅せられている多くの人たちが、多かれ少なかれこうした経験をしているのではないだろうか。(だからこそ、読書をせずにはいられない)
「投壜通信」というのは、まさしく、こうした偶然の出会いをいう。
いや、その出会いは、もはや「必然」といっていいほど当人にとっては劇的で、そして運命的なものとなる。
そもそも、この世界にいったいどれくらいの「言葉」が存在しているのだろう。
人間が一生をかけて読める本などたかが知れているが、そうした限られた言葉の中に、自分の人生を、自分の存在を、自分の世界をガラリと変える言葉が存在している。
そして、その言葉たちは、いつか出会う「不定の二人称」を待ち続けている。
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書評「アーカイブという条件」
運命の言葉との出会い。
その出会いを実現するためには、様々な条件があるのだろうが、本書で取り上げられている一つに「アーカイブ」がある。
つまり、蔵書である。
僕自身も、そこそこの蔵書家で、過去に本の重みに耐えられずに本棚が音を立てて崩壊した、なんてことが複数回ある。
その本の中には、いわゆる積ん読本、つまり、まだ読んでいないものも数え切れないほどあった。
そんな話を人にすると、大抵彼らは口をそろえていう。
「どうせ読まないんなら、さっさと捨てれば?」
だけど、本書『誰でもよいあなたへ』の趣旨を踏まえつつ、僕は次のように反発したい。
「運命の出会いを待っている本があるかもしれないんだから、捨てるわけねえだろ!」
そうなのだ。
投壜通信を可能にする大きな条件に「書籍を捨てないこと」、つまり「アーカイブ」がある。
そこには、いわゆる「積ん読本」だけでなく、「途中で読むのを断念した本」も含まれる。
そうした、まだ見ぬ本たちのなかに、「運命の出会い」があるのだとすれば、それを見す見す捨ててしまうのは愚の骨頂。
「捨ててどうすんだよ、捨てて」って話なのである。
さて、こうしたことを深く自覚していたと思われるのが、フランス現代思想の巨人「デリダ」である。
多くの奇抜なエピソードを持つデリダだが、彼は自分の蔵書はもちろん、自分宛に届いた郵便物も保管をしていたという。
しかも、一度、郵便物を捨ててしまったとき、激しい後悔にさいなまれたとか。
彼は、それだけ言葉の持つ可能性を信じていたのである。
この世界には、「あなた」との運命的な出会いを待ち続ける「言葉」がある。
そうした言葉に出会ったとき、きっと人は、この世界を、そして自分の人生を生ききることができる。
唐突に聞こえるかもしれないが、多くの宗教家、哲学者、文学者、芸術家などは、そうした言葉との出会いを経験して、自らの世界を180度変えてしまった人種なのだろう。
本書には様々な哲学者や文学者、芸術家などの言葉が引用される。
彼らこそ、「誰でもよいあなた」として投壜通信を受け取り、自らの人生を一変させた人たちだったのだと思う。
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