「谷崎潤一郎」人物・人生・代表作の解説―反自然主義・耽美派とはー

作家
はじめに
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谷崎潤一郎は、日本を代表する文豪だ。

純文学に限らず、ミステリー、サスペンス、歴史小説など、あらゆるジャンルの作品を書いた彼は、世間や文壇から「大谷崎」と呼ばれ、ノーベル文学賞の候補に何度も上がった。

正真正銘、日本近代文学におけるレジェンドである。

ただ、世間で「谷崎」が語られるとき、その文脈は大抵「卑猥」な文脈が多い。

マゾだ、サドだ、足フェチだ、変態だ……

まぁ、それも間違ってはいない。

その奇抜ぶりが高く評価されて(?)彼の文学的立場は「悪魔主義」と呼ばれている。

では、彼は一体どんな人物で、どんな作品を世に残したのだろうか。

この記事では谷崎の人生をまとめていくが、主に次の点に焦点をしぼりたい。

  • 谷崎の作風……反自然主義とはどんな立場か
  • 谷崎の性癖……マゾだのサドだの、本当なのか
  • 谷崎の女性観……3度の結婚や「妻の譲渡事件」について
  • 代表作……とはいえ谷崎はすぐれた作品を書いた

ではさっそく、谷崎の人生を年表でまとめよう。

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谷崎潤一郎の年表

1886年(0歳)
…東京都に誕生

1892年(6歳)
…坂本尋常小学校に入学

1901年(15歳)
…府立第一中学校(現・日比谷高校)に入学

1902年(16歳)
…学費を稼ぐため、家庭教師をする

1905年(19歳)
…第一高等学校に入学

1908年(22歳)
…東京帝国大学・国文科に入学

1910年(24歳)
…第二次「新思潮」創刊
…『刺青』

1911年(25歳)
…授業料未払いで退学

1915年(29歳)
…千代と結婚

1917年(31歳)
…母が死去

1919年(33歳)
…『母を恋ふる記』

1920年(35歳)
…大正活映に入社、脚本家になる

1921年(36歳)
…大正活映を退社

1923年(37歳)
…関東大震災にあい、関西へ移住

1924年(38歳)
…『痴人の愛』

1928年(39歳)
…『卍』
…『蓼喰ふ虫』

1930年(44歳)
…千代と離婚
※のちに千代は佐藤春夫と再婚(譲渡事件)

1931年(45歳)
…丁未子と結婚
…『吉野葛』

1932年(47歳)
…『春琴抄』『陰影礼賛』

1934年(48歳)
…丁未子と離婚

1935年(49歳)
…松子と再婚

1939年(53歳)
…『源氏物語』現代語訳

1943年(57歳)
…『細雪』執筆開始後、掲載禁止

1948年(62歳)
…『細雪』完結

1949年(63年)
…文化勲章受章

1965年(79歳)
…腎不全・心不全のため死去

谷崎の作風

反自然主義

文学史を語る際に、よく「〇〇主義」とか「〇〇派」といった言い方をする。

これは基本的に、その作家の「文学に対する考え方」を表している。

それでは、谷崎潤一郎の主義は何かというと、彼は「反自然主義」の作家である。

ただ、反自然主義と一言でいっても、一般的にそれは更に次の4つに分類される。

  • 耽美派
  • 白樺派
  • 理知派
  • 余裕派

谷崎はこの中の「耽美派」に位置している。

そもそも「反自然主義」とは、どんな立場なのだろう。

シンプルに言えば、

自然主義に対するアンチ的立場

ということになるのだけど、これじゃ何の説明にもなっていない。

そこでもう少し説明しようと思うのだが、そのためにはまず「自然主義」について紹介しなければならない。

自然主義とはおよそ次のことを理念としている。

  • 作家の主観を極力排除する
  • 作家の生活をありのままに暴露する
  • 主人公や語り手を「私」として描く
  • 私小説・告白小説の体裁をとること

谷崎が作家として歩み出したころ、文壇を支配していたのがこの「自然主義」だった。

島崎藤村や田山花袋なんかがその重鎮である。

彼らの作品で描かれるのは、作家自身の日常や生活や経験ばかり。

若き谷崎は、その作風や文学的理念に批判的だった

「生活をありのままに書くとか、まったくつまらん」

ということで、彼の作品には「奇抜な設定」や「異常な性癖」や「狂気的な人物」なんかが多く登場し、それらがフィクション性高く仕上げられている。

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耽美派

谷崎潤一郎の「文学観」をよく表した言葉を引用しよう。

私にとって、第一が芸術、第二が生活であった。

これは谷崎が30歳の頃に書いた『父となりて』の一節である。

自然主義の作家たちがこだわった「生活」なんて二の次、1番大切なのは「芸術」だというわけだ。

そんな彼の処女作は、24歳の頃に書いた『刺青』である。

ある彫り師が美しい女性の肌に「女郎蜘蛛」を彫っていく、という短い小説なのだが、その文章はぞっとするほど美しい。

これが24歳の筆かと、とても信じられないくらい、彼の筆は神がかっているのだ。

“言葉の芸術”とは、こういう作品のことを言うのだろう。

そして、その芸術的な文体で描かれるのは、魅惑的な「女」の姿と、その美しさに翻弄される「男」の姿である。

ここに自然主義に見られた「生活臭」は微塵もない。

あるのは、究極までに追及された「美」と「芸術」だといっていい。

こんな風に、反自然主義の中でもとりわけ「美」を徹底的に追及した連中というのがいて、彼らのことを「耽美派」(美に耽る連中の意)と位置付けているわけだ。

谷崎はその「耽美派」の極北である。

悪魔主義

彼の作品に『悪魔』という作品がある。

そこには、とてつもない性癖の男が登場するのだが、ちょっと次の文章を読んで欲しい。

此れが鼻水の味なんだ。何だかむっとした生臭い匂いを舐めるようで、淡い、塩辛い味が、舌の先に残るばかりだ。しかし、不思議に辛辣な、怪しからぬ程面白い事を、おれは見つけ出したものだ。人間の歓楽世界の裏面に、こんな秘密な、奇妙な楽園が潜んでいるんだ。

『悪魔』より

おわかりだろうか。

これは「はなみず」をなめて味わっている場面を描いたものである。

『悪魔』という小説は、主人公の男が従妹のはなみずがついたハンカチをこっそり所有する物語だ。

右のシーンは、そのハンカチの匂いを嗅いだあと、「犬のようにペロペロ舐め始め」た場面。

谷崎が追及した「美」の世界とは、当時の社会通念をはみ出した非道徳的な世界だった。

それらは、恐怖や戦慄にも似た名状しがたい恍惚感を( 一部の人たちに )与えた。

そして、この作品のタイトル『悪魔』も手伝って、いつしか人々は谷崎の作品を評してこう呼ぶようになった。

「悪魔主義」

ということで、谷崎潤一郎の文学をまとめると次のとおり。

反自然主義
……これまでの自然主義を越えて、

耽美派
……美や芸術をとことんまで追及して悪魔主義
……世間が戦慄するほどの世界観を描いた。

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作風の変化

ただ、谷崎の中期作品や、晩年の作品になると「悪魔感」は次第に消え、さっぱりと、ゆったりと、淡々とした作風へと変化していく。

その転機となったのは「関西への移住」が大きい。

実は、谷崎はある種の「引っ越し魔」で、生涯で40回以上も引っ越しをしたといわれている。

それは、彼が作品を書くために「小説と同じような生活」を送る習性があったからだった。

そんな引っ越し魔の彼を魅了した地、それが関西地域だった。

谷崎が関西に引っ越してきたのは37歳の年。

この年、関東大震災が起き、谷崎が住む横浜も壊滅的な打撃を受けた。

そこから逃げるように移住してきた関西で、谷崎の心境に変化が生まれる。

大阪や京都や奈良の古い日本が、知らぬ間に私を征服してしまった。

   (中略)

とうとう関西に腰を落ち着けることになった。

『東京をおもふ』より

これまで「西洋」に対する憧れが強かった谷崎。

彼の「悪魔的」芸術観というのも、おもに西洋文学から摂取したものだった。

しかし、ここに来て彼は改めて「日本的な美」に見せられていく。

すると、奇抜な作品・狂気的な作品・変態的な作品は次第に姿を消していき、またこれまでの絢爛で流麗な文体にも、少しずつ変化が生まれていった。

こうした中で書かれたのが『吉野葛』であり、そして『細雪』という、谷崎文学における傑作へとつながっていく。

谷崎文学は、こんな風に初期の作風と後期の作風にかなりギャップがある。

どちらが良いかは好みの問題だけど、ぼく個人としては「初期」の狂気的で悪魔的な作品が好きである。

「生い立ち」~「作家デビュー」

「神童」と呼ばれた日々

明治19年、東京の裕福な商家に生まれる。

父はかなりの野心家で、転々と職を変え、色々な事業に手を出すような人間だった。

母は若い頃に「浮世絵」(今でいうグラビア?)に書かれたほどの美人で、谷崎の女性観を形作ったのも母だったと言われている。

彼は後に繰り返し繰り返し母のことを書くのだが、33歳のときに『母を恋ふる記』という作品を残している。

意外に思うかも知れないが、実は谷崎文学のテーマの1つに「母への思慕」というものがあるのだ

6歳で尋常小学校に入学した谷崎は、クラスで1番の秀才だった。

8歳で漢詩を作ったり、仏教書や東西の古典を読んだり、10歳そこそこでカントやショーペンハウアーなんかの哲学を論じたりしたという。

まさに「神童」と呼ばれ将来を期待された谷崎。

ところが、そんな彼に不運が訪れる。

父の事業が失敗するのだ。

このとき谷崎は旧制中学に通っていたが、経済的な理由から通学を続けることが困難になってしまう。

そこで、彼の才能を惜しんだ教師達が、家庭教師の仕事をあっせん。

16歳にして、谷崎は家庭教師で学費を稼ぎながら学校に通うことになった。

が、その家の小間使いに手を出して即刻クビ。

この辺りからすでに性に奔放な「谷崎らしさ」が垣間見える。

だけどなんとか、中学は卒業。

当時のエリートコース【 第一高等学校 → 東京帝国大学 】という道を歩んでいく。

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「作家」としての歩み

ちなみに帝大は国文科を選んだ。

当時の国文科は、学業を怠ける学生が選ぶ学科だった。

このときすでに谷崎は「作家」として身を立てることを決意していた。

勉学には見向きもせずに、創作にのめり込んでいく谷崎。

そうして帝大の学生らと、第二次『新思潮』という同人誌を創刊する。

そこに発表した、谷崎24歳の傑作が『刺青』だった。

ちなみに谷崎は『刺青』をまっさきに、泉鏡花に見せにいったという。

泉鏡花とは妖怪や幽霊を描いた「ロマン主義」の作家だった。

自然主義に反発していた谷崎は、泉鏡花の文学を支持していたわけだ。

実際に、初期の谷崎作品は、泉鏡花の神秘的・幽玄的な作品と似た点がある。

こうして「反自然主義作家」として歩み出し前途洋々の谷崎だったが、彼の実家はといえばどんどん貧しくなっていった。

谷崎の学費がバカにならなかったのだ。

それなのに谷崎は授業に出ようとしないし、一向に卒業する気配もない。

父は家にあるあれこれを売っては金を工面し、谷崎に仕送りを続けた。

そんな父の不安と鬱憤は母へとぶつけられ、母はヒステリーをおこしてしまう。

メチャクチャな家族を尻目に、谷崎は傲然と風俗へ通い、性病をもらってくる始末。

こうした中、谷崎25歳の頃、大学の授業料未払でついに退学処分となった。

だけど、もとより作家一本を志していた谷崎にとっては痛くもかゆくもない。

この辺りのモラルの欠如は、まぁ文豪あるあるといって良い(のか?)。

こうして谷崎潤一郎は、専業作家として創作に打ち込んでいくのである。

谷崎の性癖

奴隷になりたい

谷崎と言えば「性的倒錯」のイメージが強い。

その倒錯っぷりは、人々を恐怖戦慄させるレベルで、その美的(変態的?)世界観は「悪魔的」と呼ばれたことはすでに見たとおりだ。

それでは彼の「性的倒錯」(以下、性癖)を具体的に見ていきたい。

さっそく結論を言おう。

彼の性癖は次の3つである。

  • 奴隷になりたい 
  • 足で踏まれたい
  • 鼻水を舐めたい

1つ目の「奴隷になりたい」についてだが、谷崎の文学には「美しい女性に奴隷のように仕える男」というのが、たびたび登場する。

『春琴抄』の佐助なんてのが最も有名だが、彼は春琴に痛めつけられれば痛めつけられるほど喜んでいる。

それから『痴人の愛』の譲治も有名だ。

彼もまたナオミに痛めつけられれば痛めつけられるほど喜んでいる。

こんなシーンがある。

譲治はナオミのエロスに誘惑され「自分を馬にして乗ってくれ」と懇願をする。

望み通り馬乗りをするナオミ。

そこで譲治に、彼女への絶対服従を誓わせる。

「此れから何でも云ふことを聴くか」

「うん、聴く」

「あたしが要るだけ、いくらでもお金を出すか」

「出す」

「あたしに好きな事をさせるか、一々干渉なんかしないか」

「しない」

 『痴人の愛』より

こんな風に、谷崎は自らの作品の中で繰り返し「奴隷」の男を書いた。

いやいや、それってあくまで「作品」の話で、谷崎の性癖がそうとは限らないでしょ。

そんな声が聞こえてきそうなので言っておくが、彼はこの『痴人の愛』について、

これは長編であるが、一種の「私小説」である

と、臆面も無く言い放っているのである。

実はナオミにはモデルがいて、谷崎自身、そのモデルの女性に夢中になったという事実がある。(これについては「谷崎の女性観」で後述する)

つまり、谷崎に「奴隷願望」があったのは、自他共に認めるところなのである。

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足で踏まれたい

2つ目「足で踏まれたい」も有名な話だが、有り体に言えば彼は「足フェチ」だった。

まず『刺青』から引用。

彫り師の「清吉」が、真っ白い女の素足にうっとりするシーンである。

鋭い彼の眼には、人間の足はその顔と同じように複雑な表情を持っていた……この足こそは、やがて男の生血に肥え太り、男のむくろを踏みつける足であった。(『刺青』より)

この後に続く「足の描写」もうっとりしてしまう筆致で、「ここまで足をエロく書ける人いる?」ってくらいに官能が凄い。

いやいや、それってあくまで「作品」の話で、谷崎の性癖がそうとは限らないでしょ。

そういう声が再び聞こえてきそうなので、彼が「理想の女性」について書いた文章を引用する。

何よりも足が白くて、華奢であることが必要だ。その他さまざまな美点が相互に等しい場合、悪い性質の女の方に余計魅せられる。『瘋癩老人日記』より

「足が好き!」「悪女ならなお良し!」ということを、これまた臆面もなく言い放っているのである。

ってことで「足フェチ」も自他共に認めるところ。

鼻水を舐めたい

3つ目「鼻水なめたい」は、すでに見た。

「悪魔主義」の名の元になった『悪魔』の記述をもう一度引用してみよう。

此れが鼻水の味なんだ。何だかむっとした生臭い匂いを舐めるようで、淡い、塩辛い味が、舌の先に残るばかりだ。しかし、不思議に辛辣な、怪しからぬ程面白い事を、おれは見つけ出したものだ。人間の歓楽世界の裏面に、こんな秘密な、奇妙な楽園が潜んでいるんだ。『悪魔』より

何度読んでもゾッとするくだりである。

しかし「はなみず」とは急だな

と感じるかも知れないが、考え方によって谷崎の性癖は首尾一貫しているのだ。

「奴隷になりたい」
「足で踏まれたい」
「はなみず舐めたい」
  +
「悪女であればなおよし」

つまり彼は、美しい女性に「虐げられる」ことに性的な興奮を抱くのだろう。

ということで結論。

谷崎潤一郎は、いわゆる「マゾヒスト」なのである。

谷崎の女性観

女は“神”か“玩具”

谷崎の女性観には「実母」が与えた影響が大きい

母は「浮世絵」に描かれたこともある正真正銘の美女だった。

その美貌は年齢を重ねても衰えることがなかったという。

谷崎31歳の頃に母が死ぬと、母を作品に書くようになるのだが、その母はいつも必ず美しかった。

母とは、そして女性とは、谷崎にとって美しい存在なのだ

後述するが、谷崎は3度結婚をしている。

当然(?)不倫もしているわけなのだが、やはり相手はみな美しい女性ばかりだった。

参考までに、2人目の夫人「丁未子」の写真を掲載しておく。

ほら。

現代の女優に比べても遜色ない、とっても美しい女性でしょ。

ただ、丁未子との関係は3年と持たなかった。

たしかに彼女は「美しい」のだけど、どうやら谷崎の理想ではなかったようなのだ。

おそらく谷崎にとっては「美しい」だけではダメで、そこには手に届かないような「悪魔的」な魅力がなければいけなかったのだろう。。

彼には、こんな言葉がある。

女といふものはであるか玩具であるかのいずれか

『蓼喰ふ虫』より

世の中の女は二つに分類できる……神かオモチャだ

と、オモチャに分類された女性たちによる暴動必至の問題発言である。

きっと谷崎にとって、結婚した女性たちは「玩具」だったのかもしれない。

そして彼は、私生活において、そして文学において、ひたすら「神」的な女性を求めた。

それは『春琴抄』の春琴として描かれ、『痴人の愛』のナオミとして描かれた。

彼女たちには崇高で畏怖すべき魔性の美しさがある。

ただ、そんな女性、果たして現実世界にいるの?

と、すぐさま疑問に思うだろう。

だけど、谷崎にとっていたのだ、そんな魔性の女が。

それが一人目の妻である「千代」……の妹「せい子」だった。

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細君譲渡事件

これは谷崎の有名な「女性トラブル」事件である。

登場人物は4人。

  • 谷崎潤一郎(本人)
  • 佐藤春夫(友人)
  • 千代(谷崎の妻)
  • せい子(千代の妹)

谷崎と千代が結婚したのは、谷崎29歳のころ。

千代は「ザ・和風美人」で性格はおしとやかときて、まさしく日本的な「良妻」だった。

だが、谷崎にとって理想の女性は「悪女」である。

良妻の千代は理想の女性ではなかった。

この頃の谷崎はとにかく「西洋」へのあこがれが強く、この点からしても日本的な千代は谷崎の気に入らなかったわけだ。

そんな谷崎の気に入ったのが、千代の実の妹「せい子」だった。

せい子は、その顔も態度も日本人離れしていて、西洋的な雰囲気をまとう女性だった。

先に『痴人の愛』のナオミについて触れたが、せい子こそナオミのモデルとなった女性だ。

その西洋的な見た目に加え、悪女的でサディスティックな魅力を持つせい子。

そしてなんといっても、せい子は「足がきれい」だったのだ。

「せい子の足ほど美しいものはない」

谷崎はそう言って、いよいよせい子に惹かれていく。

そして2人は姦通。

なんの落ち度もない千代は疎んじられるばかりか、谷崎から虐待を受けるようになる。

ここにきて谷崎のゲスっぷりは頂点を極める。

そこに登場した救世主が、谷崎の友人「佐藤春夫」だった。

千代に同情した佐藤は、彼女を気にかけるようになる。

そして相思相愛になる。

4人をとりまく状況は「W不倫」の様相を呈し始めるわけだ。

あるとき、谷崎は「佐藤と千代ができている」ことを知る。

すると、佐藤に対して「おまえに千代をやる」という譲り状を書いた。

我ら三人この度合議を以て千代は純一郎と離縁致し春夫と結婚致す事と相成り

こうしてメデタシメデタシかと思いきや、ことは上手く行かない。

「ぼくといっしょにならない?」

谷崎が改めてせい子に言い寄ったところ、

「勘違いしないで」

と一蹴。せい子にフラれてしまったのだ。

すると、谷崎は前言撤回よろしく、

「やっぱり、おまえに千代はやらん」

と、こうきた。

すると、さすがの佐藤春夫も黙っちゃいない。

激しい口論のすえ、谷崎と佐藤は絶交。

あろうことか、谷崎はこの模様を小説『神と人との間』にメロドラマ風に書き上げ、世間に発表する( これも文豪あるある )。

「小田原事件」と呼ばれる一連の出来事は、すぐに文壇の話題になった。

それから5年後。

しかし、谷崎と佐藤は和解。

そして、さらに約5年後に、佐藤と千代は晴れて結婚。

10年越しの恋を実らせたわけだ。

小田原事件を含め、ここまでが「細君譲渡事件」のあらましである。

ちなみに、谷崎は千代と別れると、すぐに第2夫人となる丁未子と結婚している。

そして、谷崎夫妻と佐藤夫妻はダブルお花見デートを実現している。

谷崎と丁未子(新妻)

佐藤と千代(元妻)

そこにもう一人「松子」という女性が参加していた。

驚くなかれ。

このお花見デートの約3年後、谷崎はこの松子という女性と結婚するのだ。

つまり、このお花見デートに参加した女性というのは、

  • 元妻
  • 現妻
  • 未来の妻

なのである。

なんというか、もう、笑うしかない。

オススメ作品

以上、谷崎潤一郎の人物や作風について紹介してきた。

谷崎文学に興味を持った人のために、おすすめの本を5つ紹介したい。

『刺青』(初期の作品)

谷崎24歳の頃の処女作。

彫り師の男が、女の背中に女郎蜘蛛を掘る話なのだが、美しい世界観は圧巻。

数十ページの短い話なのだが、作品の濃密さに驚くと思う。

「脚フェチ」とか「奴隷になりたい」とか、谷崎の倒錯した性癖があらわれているのも興味深い。

谷崎といえば「新潮文庫」なので、こちらがオススメ。

『痴人の愛』(中期の作品)

谷崎38歳の頃、中期の作品。

関西へ在住して、少しずつ作風に変化が生まれる過渡期だが、前期のような「マゾ」っ気のある作品で、谷崎らしさは健在。

記事でも触れたが、美しい悪女ナオミは、谷崎が惚れた女性「せい子」がモデルとなっている。

『春琴抄』(中期の作品)

谷崎47歳の頃、これも中期の作品に分類できる。

ここに登場する春琴も悪魔的な美貌を持ち、佐助を虜にしていく。

相変わらず「マゾ」っ気のある作品だが、封建的な日本を描くあたり「日本的なもの」に接近する後期作品の雰囲気を帯びている。

谷崎文学の中で、おそらくもっとも読まれている作品だろう。

なんといっても、ラストの展開が衝撃的。

『陰影礼讃』(中期の作品)

谷崎47歳の頃、「日本的なもの」を論じた評論。

表題からも分かる通り、辺りを明るく照らす「光」よりも、光によって生まれる「陰り」を谷崎はほめたたえる。

谷崎はもともと西洋に憧れていたが、後年になって「日本的なもの」や「東洋的なもの」に惹かれていった。

そんな彼だからこそ、日本文化の本質を見抜くことができたのだろ。

日本は「察しの文化」とよく言われるが、それも谷崎の言うところと通底している。

 

『細雪』(後期の作品)

書き始めたのは谷崎が57歳のころ。

完成したのは62歳のころ。

一読して、あきらかに初期の作品と違うのが、その文体からも分かる。

ドナルドキーンをはじめ、多くの日本文学者に絶賛された、谷崎文学の集大成といえる大長編小説。

谷崎はノーベル文学賞の候補にノミネートされたのだが、間違いなくこの『細雪』が世界に評価されたからだろう。

初期作品を読み終えたら、やっぱリ最後は『細雪』にチャレンジしたいところ

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いま、なぜAudibleが出版業界や現役作家らから注目されているのか。

その辺りのことを以下の記事で紹介しているので、興味のある方はぜひ参考にしていただければと思う。

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